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4回目の『1Q84』で牛河の仕事っぷりに惚れる|焼け石に水日記 No.21

4月頃から少しずつ村上春樹の『1Q84』を読み進めている。読書時間は寝る前の10分〜20分程度なので、読み終えるまでにすごく時間がかかるのだ。

この作品を読むのは今回で4回目ぐらいだと思うけれど、読むたびに感じることが変わるのが面白い。

私がこの小説で好きなパートは、青豆がマンションに身を隠し、天吾が館山の千倉(いわゆる「猫の町」)に滞在するシーンだ。登場人物の動きは少ないが、物語の核心に近づく重要な局面といえる。そんな中でアクセントになっているのが牛河の存在だ。

それまでは青豆と天吾の視点で交互に語られてきた物語が、ここにきて新たに牛河の視点が加わる。ひとつの場所に留まる青豆と天吾に対して、自分の足を使ってゆっくりとだが着実に青豆の正体に近づく牛河。この不気味な存在が、物語に推進力を与えている。

それにしても、この牛河のキャラクターが良い。
目的を達成するためには、苦手とする学校にも足を運ぶ。そして、天吾を監視するためにアパートの一室を借りて1人でずっと見張っている。頭が良いにも関わらず、泥臭い仕事も厭わない姿勢は敵役ながら敬意を抱いてしまう。

一方で、今回読み返して最も反感を覚えたのが柳屋敷の老婦人だ。
正義のためとは言え、個人的な判断で人殺しを行うのは果たして許されることなのだろうか。もちろんDVは決して許される行為ではないし、加害者は相応の罪を償う必要がある。しかし、それは老婦人が決めることではないと思う。

自らの手を汚さずに青豆に実行役を担わせているのも、正直気に入らない。結局この社会は金持ちが一番強いということですか?と言いたくなる。とはいえ、彼女は彼女で相応の痛みを背負っているのは承知しているが。

とまあつい興奮してしまったが、4回目でもこのテンションで読めるのはこの小説が傑作だという証拠でもあると思う。

来月には村上春樹の新刊『夏帆』が発売するようなので、それまでには読破しておかなければ。


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