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ランドパワーとシーパワー Vol.2 モンゴル帝国とイギリス帝国——陸と海、2つの覇者の物語

おはようございます!米倉朋良です。

【地政学と歴史の繋がり】へようこそ。

本日は、
【ランドパワーとシーパワー】Vol.2です。

前回は地政学の基本を話しました。

ランドパワー=陸の力。

シーパワー=海の力。

今回は歴史に入ります。

史上最大のランドパワーと
史上最大のシーパワー。

2つの帝国を比較します。


史上最大のランドパワー:モンゴル帝国

13世紀。

チンギス・ハーンが率いたモンゴル帝国は
人類史上最大の陸上帝国を築きました。

東は朝鮮半島から
西はポーランド・ハンガリーまで。

ユーラシア大陸のほぼ全域を支配した。

面積は約3,300万平方キロメートル。
地球の陸地の約22%です。

——

なぜモンゴルは
こんなに強かったのか。

答えは「馬」と「草原」です。

モンゴル高原は
見渡す限りの草原。

遮るものがない。
馬に乗った騎馬軍団は
1日に100キロ以上を移動できた。

当時の歩兵の5倍以上の速度です。

情報伝達も馬で。

兵站(食料・武器の補給)も馬で。

全てが馬を中心に設計されていた。

——

しかし。
モンゴルには「限界」がありました。

海です。

モンゴルは2度、日本に攻めてきました。

1274年の文永の役。
1281年の弘安の役。

いわゆる「元寇」です。

結果はどうだったか。
2度とも失敗しました。

暴風雨(神風)もあった。

しかし本質的な理由は
モンゴルが「海の戦い方」を知らなかったことです。

騎馬民族に
船の操縦はできない。

草原の戦術は
海の上では通用しない。

——

ランドパワーは
海を越えられなかった。

これが歴史の法則です。


史上最大のシーパワー:大英帝国

次は海の帝国です。

19世紀のイギリス。

「太陽の沈まない帝国」と呼ばれました。

世界中に植民地を持ち
地球上のどこかで常に太陽が昇っている。

そのくらい広大な支配圏だった。

——

しかし、イギリスの国土は小さい。

日本の本州より少し大きい程度です。

なぜこんな小さな島国が
世界を支配できたのか。

答えは海軍です。

イギリスは

世界最強の海軍を持っていました。

海を制する者が
貿易ルートを制する。

貿易ルートを制する者が
富を制する。

富を制する者が
世界を制する。

——

イギリスは大陸に大軍を送らなかった。

大陸の戦争にはなるべく関与せず
海上封鎖で敵を締め上げた。

ナポレオン戦争でもそうでした。

ナポレオンはヨーロッパ大陸を
ほぼ制圧した。

しかしイギリスには手が出せなかった。

なぜか。

ドーバー海峡を渡れなかったからです。

トラファルガーの海戦で
ネルソン提督率いるイギリス海軍に
フランス・スペイン連合艦隊が壊滅した。

——

ランドパワーの天才ナポレオンは
シーパワーのイギリスに
最後まで勝てなかった。

海を制する者には
陸の皇帝も敵わない。


2つの帝国の「弱点」

ここで重要なことを整理します。

モンゴル帝国は
陸では無敵だったが
海を越えられなかった。

大英帝国は
海では無敵だったが
大陸の奥深くには入れなかった。

——

それぞれの「力の源泉」が
同時に「限界」でもあった。

ランドパワーは陸が強いから
海では弱い。

シーパワーは海が強いから
大陸の奥では弱い。

これは地理が決めたルールです。

逆らった国は
例外なく失敗しています。

ナポレオンのロシア遠征は
大陸の奥に入りすぎて失敗した。

ヒトラーのロシア侵攻も同じ。

日本の大東亜戦争も
海洋国家が大陸に深入りして
補給線が伸びきった。

——

地理のルールに逆らうと
必ず代償を払う。

これが歴史の教訓です。


あなたの国はどちらか

ここで一つ

考えてみてください。

日本はランドパワーの国か。

シーパワーの国か。

——

答えは明白です。

日本は島国。

四方を海に囲まれている。

海上貿易で富を得ている。

海上自衛隊を持っている。

日本はシーパワーの国です。

しかし——

その自覚がある日本人が

どれだけいるでしょうか。

次回は

この「陸と海の法則」を
理論として体系化した
2人の天才の話をします。

マッキンダーとマハン。

地政学の2大理論です。

——

次回Vol.3

「マッキンダーとマハン——世界を動かす2つの理論」

お楽しみに。


🇯🇵地政学で日本大好きを増やしたい🇯🇵
米倉朋良(よねくら ともよし)

Three Shields Consulting 代表
企業防衛鑑定士 / 現代の墨家

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