“母の真心”が空間づくりにおける原点。飲食で「好き」を表現した先にめざす世界
「飲食と、ともに。」は飲食店経営者、従業員など "飲食"とともに生きる人の人生にフォーカスするnote連載です。過去の経験から生まれた考え方、経営や仕事へのこだわり、外食産業へのメッセージを届けることで、外食産業をともに盛り上げていくことを目的としています。今回は、株式会社十七商店 代表取締役 伊奈修平さまに話を伺いました。

「飲食」を通して自身が創りたい空間を表現
幼少期から社長になる夢を持っていた伊奈さんは、愛知県で社長を多く輩出していた名城大学の法学部に進み、サークルとアルバイトに明け暮れた。ピザ屋、焼き鳥屋、レストランなど、どのバイト先でもすぐにリーダーになり「飲食は自分に向いている仕事」という手応えが自然と芽生えていた。
就職活動では、メーカーや商社を志望し内定も手にしていたが、内定先の先輩との飲み会で、耳に入ってきたのは愚痴ばかり。「この会社に未来はあるのか」と疑問が募った伊奈さんは、社長になる最短ルートはどこかと自問したとき、答えは好きだった「飲食」にあった。そこで就職活動をすべて辞め、内定を取り消し、アルバイトしていた1店舗の焼き鳥屋へ飛び込んだことが、伊奈さんの“飲食人生”のはじまりだった。
人生初の挫折が、武器を創るカギに
23歳で焼き鳥屋の店長を任され、最高の仲間と最高の営業を重ねる充実した日々。しかし1年が過ぎた頃、伊奈さんはふと強い焦燥感に駆られる。「楽しさの裏で、自分は何も成長していない。このままでは、焼き鳥屋しかできなくなってしまう」と感じ、成長と変化を求め、ガブリチキンなどを手掛ける「ブルームダイニングサービス」に転職した。しかし、そこで待っていたのは人生初の挫折だった。
これまでの経験が一切通用しない環境で、伊奈さんは泥をすするようにもがき続けた。「理不尽に思える環境も、すべては自分に実力がないからだ」と自責思考に切り替え、誰よりも早く出勤して冷蔵庫の中身を丸暗記したり、自身の武器を作るため、営業後にチョコペンアートの技術を磨き上げたりした。こうして半年が経った頃、同僚の態度や環境が一変し、最終的には現場のあらゆることを伊奈さんに委ね、頼られるまでに成長したのだ。自分の努力次第で、環境も、周りの人も変えられることを、 自身の行動で証明した。

フリーターながらも、実力で400人の頂点に
ブルームダイニングサービスでの伊奈さんは、少しの休息も考えて、あえて社員ではなくフリーターという道を選んだが、周囲がその才能を放っておくはずがなかった。伊奈さんの実力と人間性に惚れ込んだ当時のエリアマネージャーの後押しもあり、アルバイトという肩書でありながらも、新店舗の立ち上げメンバーに抜擢されたのだ。その快進撃を象徴するのが、年に1回開催される社内表彰イベント。正社員やアルバイトなど、総勢400人の頂点に立ったのは、なんとフリーターの伊奈さんだった。その後も3年連続で栄冠に輝き、名実ともに会社で圧倒的な存在となった。こうした功績が認められ、最終的には業態が異なる7店舗の新店舗立ち上げに携わった経験が、伊奈さんの店舗展開における揺るぎない土台を築きあげていった。
現場で培った実力と、世界で磨いた感性
同時期に私生活ではバックパッカーとして世界を放浪していた伊奈さん。複数の飲食店を掛け持ちして稼いでは、貯金が尽きるまでバックパックひとつで海外を旅する。そんな破天荒なサイクルで12カ国を巡り、異国の混沌とした酒場やストリートで五感に焼き付いたインスピレーションが、伊奈さんの“店づくり”の引き出しを増やしていった。
こうして現場で培った圧倒的な実力と、旅で磨き上げた感性を武器に、27歳の頃、100万円を握りしめ、8坪のバーからついに独立を果たす。その後、名古屋での成功を引っ提げ、2025年には念願だった東京への出店も実現。名だたる有名店がひしめく大都会での成功は、これまで積み上げてきた自信が、揺るぎない確信に変わった瞬間だった。
伊奈さんの原点は「母の真心が込められた“おもてなし”」
伊奈さんの「おもてなし」の原点は、幼少期に見た“母の巾着袋”にある。 当時、家に友人を招く前夜、母に友達の名前を伝えると、一人ひとりのためにお菓子袋を用意してくれた。驚くべきは、その袋に友達の名前が一つずつ刺繍されていたことだ。翌日、自分の名前が縫い取られた巾着を手にした友人たちが、嬉しそうに使い続けている姿をみた。この原体験こそが、伊奈さんが手掛ける空間づくりの礎となっている。全席、どの角度から見ても「美しい」と感じられる設計で、記憶に残り続ける“ひとつ先の感動”を仕掛ける。この顧客視点こそが、多くのファンを魅了し、次なる店舗展開を成功に導く最大の原動力となっているのだ。

飲食は、自分の"好き"を表現できる場所
伊奈さんにとって飲食は、「自分の好きを表現できる場所」。
しかし伊奈さんの視線は、自身の成功だけに向いているわけではない。 労働環境や給与問題などから飲食業界を去っていく仲間を見るたび、悔しさと胸が締め付けられるような痛みを覚えてきたからこそ「飲食は最高にかっこいい職業だ」と自身の背中で証明したい。東京進出を果たし、自身の力で自信を確信に変えた瞬間のように、今度は飲食業界全体の価値を底上げしていく覚悟なのだ。
挑戦の先に見据える最終地点は「ホテル」の開業。衣食住のすべてが交わる場所で、伊奈さんの“好き”を表現し尽くす舞台は、ここからさらに、どこまでも広がっていくだろう。

