“飲食”は、世の中と自分をつなぐ接点。音楽で果たせなかった「世界」を飲食で獲る
「飲食と、ともに。」は飲食店経営者、従業員など "飲食"とともに生きる人の人生にフォーカスするnote連載です。過去の経験から生まれた考え方、経営や仕事へのこだわり、外食産業へのメッセージを届けることで、外食産業をともに盛り上げていくことを目的としています。今回は、株式会社Tune UP 代表取締役 岩城辰彦さまに話を伺いました。

音楽を続けるため、飲食での独立を決意
岩城さんの人生の軸は「音楽」にあった。中学で吹奏楽部の強豪校に入り、高校もバンドが一番上手い学校に進学。入学後はリハーサルスタジオとバイトの毎日で、学校という枠にはまることが、あり余るエネルギーの無駄遣いのように感じ、高校3年生の時に学校を中退。それからは中学からの仲間と組んだバンドに心血を注いだ。
バンドにすべてを捧げる傍ら、生活のために始めたのが飲食店でのアルバイト。8年ほど勤めたある日、居酒屋での社員を打診された。これまで何度も断っていたが「逆に何だったら社員になれる?」と聞かれ「バンド最優先で、今と同じ働き方でもいいのであれば」と認められないと思って発した一言があっさりと承諾され、社員になった。
やるからには中途半端は許せない岩城さんは、自分がいない日も現場が回るよう全ポジションの指示書を書き上げたり、気づけば実質的な店長として売上を上げ続けることに努めていた。ここで気づいたのは、飲食店の売上を上げる方法は、店に行けばすぐに見つかるということ。一方で、自分のバンドを“売る”ことは「自分がやりたいこと」が先行してしまうことから難解だったため、音楽を続けるための食い口を作るために、30歳を目前にして独立を決めた。

創業当初から「現場に入らない」を貫くワケ
1店舗目をオープンさせる際、岩城さんはある異例の決意をした。自分は現場には入らないというのだ。独立当初の本来の目的は、バンドを続けていくためであり、3店舗展開をめざしていたので、組織化するためにはオーナーは現場に入らない方がいいという考えがあったのだ。そのため、1店舗目から運営に徹し、現場は信頼できる仲間に任せる。当時を振り返ると、何の実績もない僕の賭けにのってくれた仲間には今でも感謝しかないという。
創業当初の計画は3店舗運営。しかし気づけば今では、子会社を含む25店舗を運営する規模にまで成長した背景には、スタッフの「次はどこに出店しますか?」の言葉がきっかけだった。自分が音楽の片手間で飲食を続けているままでは、全スタッフの未来を背負えない。自分に関わってくれている子たちが付いていきたいと思える存在になりたいという想いが、3店舗に留まらず店舗を増やす覚悟を決めたのだ。

枠の中で既成概念を壊す、岩城さんの“飲食”
「僕は、驚くほどブレる人間」と自身の性格を分析する岩城さん。ただ昔から変わらず根本にあるのは、人と違う道を歩むという信念だ。音楽はカテゴリーにとらわれない個性こそに価値があるが、ビジネスはカテゴリーに属さないと成立しない。だからこそ、あえて飲食というフレームの中に身を置きながら、その内側でいかに既成概念を裏切るかに心血を注ぐことが今の岩城さんのモチベーションとなっている。見せ方は変われど、岩城さんの根底にあるのは、独自の航路を切り拓こうとする意志だ。

仲間と共に、未踏の頂をめざす
36歳で20年間のバンド活動にはピリオドを打ち、今では飲食に熱を注ぐ岩城さん。目の前の人が喜んだり、驚いたりする反応を直接受け取ることができるのはライブと一緒で、岩城さんにとって飲食は、世の中と自分をつなぐ接点となっているのだ。
これからは会社をより組織として育て上げたい。バンド時代に世界レベルのトップアーティストと自分を比べていたように、飲食では誰もが知る会社にまで成長させることが岩城さんの次の夢だ。共鳴する仲間にかっこいい背中をみせるため、未踏の頂へと挑み続ける。

