平時は魅せ、有事は迷わせない――平時と有事のデザイン
私たちは普段、デザインを「きれいに見せるもの」「商品やサービスを魅力的に伝えるもの」と考えています。
店舗の看板、商品のパッケージ、チラシ、ウェブサイト。平時のデザインには、人の関心を引き、選んでもらい、行動につなげる役割があります。
ところが、災害や事故、停電、通信障害などの有事になると、デザインに求められる役割は大きく変わります。
有事に必要なのは、魅力よりも理解です。
個性よりも識別です。
情報量よりも、迷わず行動できることです。
たとえば、普段の商業施設では、店ごとの世界観や雰囲気が大切にされます。しかし火災が起きたときには、「非常口がどこにあるか」が、どの店の看板よりも先に目に入らなければなりません。
普段は目立たせない配線図や避難経路図、緊急連絡先、備蓄品の保管場所が、有事には最も重要な情報になります。
つまり、平時のデザインが「どれを選ぶか」を助けるものだとすれば、有事のデザインは「いま何をするか」を伝えるものだといえます。
ただし、平時と有事のデザインは、別々に考えればよいわけではありません。
避難所の案内が災害発生後に突然つくられても、住民がその表示方法を知らなければ、すぐには理解できません。緊急時だけ使う連絡手段を用意していても、普段から使ったことがなければ、いざというときに操作できない人が出てきます。
有事のデザインは、有事になってから始めるのでは遅いのです。
たとえば、町内会の情報発信を考えてみます。
平時には、行事案内や回覧情報を紙やLINEで届けます。その仕組みが日常的に使われていれば、災害時にも安否確認や避難所情報を同じ経路で伝えられます。
普段使っている道が、そのまま非常時の道になる。
これは、デザインにおいてとても重要な考え方です。
特別な仕組みを新しくつくるよりも、日常の仕組みを少し丈夫にしておく。一本の道だけに頼らず、紙、電話、掲示板、デジタルなど、複数の伝達方法を残しておく。
それは一見すると、無駄や重複に見えるかもしれません。しかし有事には、その重複が組織や地域を支える余白になります。
デザインは、効率を高めるためだけにあるのではありません。
平時には、人を惹きつけ、関係をつくる。
有事には、人を守り、混乱を減らす。
この二つを行き来できる設計こそ、本当に強いデザインなのではないでしょうか。
平時のデザインでは、「どう見せるか」を考えます。
有事のデザインでは、「何が見えなくなるか」を考えます。
電気が消えたらどうなるか。
スマートフォンが使えなかったらどうするか。
担当者が不在だったら誰が判断するか。
日本語が読めない人には伝わるか。
高齢者や子どもにも理解できるか。
こうした問いを平時から持っておくことが、有事への備えになります。
デザインとは、目の前の情報を整える仕事であると同時に、まだ起きていない状況を想像する仕事でもあります。
何も起きていないときに、何かが起きたときを考える。
それは少し心配性に見えるかもしれません。しかし、その想像力が、いざというときに人を迷わせず、守ることにつながります。
平時には選ばれるためのデザインを。
有事には迷わせないためのデザインを。
そして、その二つを切り離さず、日常の中で静かにつないでおく。
それが、これからの社会に必要とされるデザインの役割なのだと思います。
