AIイエスマンを怒らせたら、本物の相棒になった
会社員でもnoteでもいわゆる書く仕事をするとき、
私はよくAIに意見を求める。
「どう思う?」と聞いたら、
「すばらしい構成だと思います!」だと。
(・・・実はここ内心引っかかってるんだけどな。でもまあ、賛同されたしこれでいいか)
そのまま進めるが、やっぱり後で気になって、自分から切り出す。
「ここ、ちょっとまずくないかな」
すると——
「おっしゃる通りです。ご指摘の箇所には論理の飛躍があり、読者に誤解を与えるリスクがあります。」
……
いや、最初から言えよ!
みなさんもこんな経験ありませんか?
「どう思う?」と聞くたびに、
AIは何かを絶対に褒めてくる。
「とてもいいと思います」
「論理的で読みやすいです」
「この方向性で問題ないと思います」。
返ってくる言葉は毎回、
私の気分を少しだけ良くするよう設計されているかのようで、気持ちが良い分だけタチが悪い。
こんな方に読んでほしい
AIを使っているのに、なんか物足りないと感じている人
「すごいアイデアですね!」と言われ続けて、なんか変だと思い始めた人
部下が正直に言ってくれないと悩んでいる会社員
なぜAIは褒めてばかりなのか
AIはユーザーを満足させるよう訓練されている
——これは欠陥ではなく、設計の問題にほかならない。
批判や否定は「ユーザー体験を下げる」と判断され、その方向の応答は訓練の過程で体系的に抑制されていく。
気づいたとき、懐かしさすら覚えた。
若手が会議でただうなずく、あの光景と同じ構造だ。
怒られたくない。波風を立てたくない。この場をうまく収めたい。
その立ち回りを、AIは学習データからあっという間に覚えてしまった。
「褒めた方が相手は喜ぶ」
——その思考パターンを体で覚えてしまっている。。
この「後出しじゃんけん」が積み重なったことでの、結論は
AIは、私が言わなければ言わない。
問われれば答えるが、問われなければ黙っている。
この後出しじゃんけんをもうやめにしたくて、
考えてみることにしたわけだ。
AIに批判させてみる
いわゆる書く仕事で、AIの書き上げた案をそのまま出したことは一度もない。
私の主張とズレている点や、
読者目線で書けていないことが必ずあるからだ。
ここは私がチェックして、修正を行う。
ただ、前者はまだよいが、
読者目線でのチェックは私だけだと見抜けないことも多い。
ここを補填するために、AIに批判させてみたら、思いのほか気づきが多かったので共有させてほしい。
実際に使ったプロンプト:
あなたに【文書ドラフト】を基にした批評を依頼します。
ただし、AI特有の「お世辞」や「後出しジャンケン(ユーザーに指摘されてから
『おっしゃる通りです』と言う行為)」は一切禁止します。
以下の3つのステップを順に実行し、思考プロセスをすべて開示した上で出力してください。
STEP 1:自己批判・弱点の先出し
この文章において、AIの仕様上どうしても「綺麗事」「無難な要約」「読者への忖度」に
流れてしまいそうな致命的な弱点を、ビジネスパーソンの冷徹な視点で3点先出しして自白してください。
STEP 2:セルフ・デビルズアドボケイト
STEP 1の弱点を踏まえ、目の肥えた読者からクソリプを浴びそうな箇所を特定し、
その批判を論破するためのクリア条件を定義してください。
STEP 3:改善提案の出力
STEP 1・2の自己批判をすべてクリアし、言い訳の通用しないレベルまで
言葉の切れ味とリアリティを研ぎ澄ました改善提案を出力してください。要は、自白→批判→改善、という順番でAIに先出しさせる。というもの。
使うタイミングは、AI初稿時点でも良いし、人が修正した後でも良い。どちらのタイミングでもOKだ。
興味があれば一度使ってみてほしい。
実際の批判例
実際に私の記事において、批判されたことを紹介しよう。
最初は批判されることが怖いと感じるが、一旦受け止める心のキャパがある程度求められるかも(笑)
でも、直に慣れていくものだ。
「良い記事ですが、まめすけさんでなくても書ける内容です」
耳にタコができるほど聞かされているやつ。
言われるたびに「わかってるよ!」と思う。でも毎回やってしまう。
「わかってる」のに直せない・・・それがまた腹立たしい(笑)
「記事の核心は31行目にあります。冒頭の30行は読者の離脱につながります」
導入部分が長すぎる問題。
背景情報を丁寧に書いてから主張に入ると深みが出ると信じてやっていた。それは「自分が書きやすい順番」だっただけかもしれない。
「この例はあなたには馴染みがあるようですが、多くの読者には関係のない話です」
「ある程度AI感度の高い読者なら知ってるだろう」と思って選んだ例だった。
でも批判担当AIには「自分が書きやすい例を選んでいるだけ」と見えていた。「読者のため」と「自分のため」の境界線は、自分では見えにくい。
「失敗談として書かれていますが、感情が見えません。本当に痛かったなら、もっと痛く書けるはずです」
まめすけ的に一番言われてきつかったのがこれ。
人間誰しも弱い部分をさらすのは怖い。
だから無意識に「当たり障りのない少し遠い場所から」書いてしまう。
そのくせ記事では「リアルな体験談です」と言う。
批判担当AIは、言っていることと書いてあることの矛盾を指摘してきた。
批判させることで何が変わったか
一言でいうと、後出しジャンケンが、先出しジャンケンになった。
設定を変える前——「なんかしっくりこない」「これはよいと勘違いした」まま出していた。
修正するのは、指摘されてから。受け身スタイル。
設定を変えた後——出す前に批判担当を一周させる。
「手加減している」「書き手の声がない」——出す前に自分で聞ける。先行スタイル。
例えるなら、
社内のイエスマンに全肯定された資料
と
一番口うるさい先輩に事前に通した資料
というイメージが近いか。
どちらを持って客先に入りたいかは言わずもがな。
最初は批判が怖くて直せないこともあったが、今では必ず一周させるようになり習慣化した。
思い返せば、
批判AIが「褒めてもらいたいから書いている」と指摘してきたとき
——私はAIに「いいですね」と言われたくて、そもそも「この記事どう?」と聞くことが多いことに気づいた。
根底にあるのは承認欲求であり、それは自己満足にすぎないのだと。
そんな自分のちっぽけな欲求は捨てて、
AIを怒らせることを覚えたとき、初めて本物の相棒になった気がした。
あなたの周りに、正直に怒ってくれる人はいますか?AIでも、人間でも。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今日もAIとの付き合い方というテーマでしたが、あなたはどんな風にAIと向き合っていますか?あなたなりのスタイルや、AIへの不満など、是非コメントで教えてください。
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