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大宗匠の祈りを受け継いで――一盌から Peacefulness Carrying on the Grand Master’s Prayer: From a Bowl of Tea to Peacefulness


今日は、裏千家の大宗匠のお誕生日でした。
昨年はとてもお元気でいらしただけに、あらためてそのお姿を思い出し、胸がいっぱいになります。
そして、これが大宗匠の最後のご本なのだと思うと、なおさら深い思いに包まれます。

大宗匠は、「一盌からピースフルネス」という願いを胸に、世界何十カ国もの人々にお茶を届け、百歳を超えてなお平和のために尽くしてこられました。
そのお姿は、茶の湯を通して祈りを世界へ届け続けた歩みそのものだったように思います。

以前、私は学生たちに献茶式の映像を見せながら授業をしたことがあります。
英語の授業の中で、ハワイでの講義の様子や、富士山での献茶式の映像を紹介したのですが、学生たちはみな、「神聖な感じがした」「とても感動した」と話していました。
茶道には、ことばを超えて人の心に届く力があるのだと、あらためて感じた瞬間でした。
「喫茶去」という禅語があります。
「どうぞお茶を一服」というそのやさしい招きには、人を包み、心を和らげる深いぬくもりがあるように思います。
大宗匠の「一盌からピースフルネス」とは、まさにこの心につながるものなのではないでしょうか。
たった一服のお茶であっても、人と人とが向き合い、心を通わせ、平和への祈りをそっと手渡すことができる。
そんな力が、お茶にはあるのだと思います。

大宗匠には、よく知られたお話があります。戦時中、鹿児島の知覧から飛び立つ特攻隊の仲間たちに、出発の前、お茶を一服差し上げておられたというお話です。
皆、「今度帰ってきたら、またあなたのお茶をいただきたい」と言い、大宗匠は「待っているよ」と答えられたそうです。
けれども、その出撃は帰ることを前提としないものでした。
その話を思うたびに、私は涙を抑えることができません。
大宗匠ご自身もまた、出撃することなく終戦を迎えられたことで、生かされた命として、仲間たちの分まで平和のために尽くしたいという思いを、長く抱き続けてこられたとうかがっています。

その祈りの深さ、その使命の大きさに、ただ頭が下がるばかりです。
だからこそ私もまた、茶人として、そして日本語教師として、自分にできるかたちでその思いをつないでいきたいと願っています。

日本には、美しい文化があります。
日本語には、独特の響きがあります。
母音を中心としたそのやわらかな音の流れは、自然の音にも通じるものがあると言われます。

その音の響き、音霊、言霊の力を、私はこれからも伝えていきたいのです。
大宗匠の祈りに思いを寄せながら、私もまた、自分にできる小さなことを重ねていきたいと思います。
世界の平和のために、私たちが今日できる小さな一歩は、どんなことなのでしょうか。

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