発達障害の私が2年後に見つけた弱さとは?
弱さを抱えたまま、前へ──不安とプレッシャーの中で見つけた新しい私
忙しさに追われ、部屋に倒れ込む。意識が遠のいた瞬間、私は心のどこかにある“ホテル”のロビーに足を踏み入れていた。
そこには、私のネガティブな感情が待っている。
「久しぶりだな」
”ネガティブ”は私ににやりと笑いかけた。

心のホテルで再会したネガティブ
2025年7月、私は自宅の床に倒れていた。
頭の芯がジンジンと痺れ、目の前が真っ白になる。
アート展、講演、複数のプロジェクト……。
充実した日々とは裏腹に、胸の奥のプレッシャーが私を押し潰した。何かが遠くに引きずらるような感覚──
意識が戻った時、私は古びたホテルのロビーにいた。
しまった。来てはいけない場所だったのに。
21歳で、うつのどん底でオープンした心の中のホテル。
ホテルの奥には、決して再会したくない「彼」がいる。
そこには、私が最も恐れるコンシェルジュが立っていた。
「おや、お客様、お久しぶりですね?」
その声は、なぜか耳の奥で不気味に響く。
コンシェルジュはにこやかな笑顔のまま続けた。
「2年ぶりですか? ネガティブさんがとても寂しそうにしていましたよ。話を聞いてあげてくださいね」
狼狽える私に、コンシェルジュは追い討ちをかける。
「何を狼狽えてるんですか?久しぶりの再会じゃないですか。楽しんでくださいね。ほら、来ましたよ、彼が」
ガタッ──足音が近づく。
彼──私の”ネガティブ”が、再び目の前に現れた。

押し寄せる波、深まる不安
ネガティブは、いつものように背中を丸め、低い声でつぶやいた。
「随分忙しそうにしているな。そんなに多くのものをお前が抱えきれるはずがない」
その瞬間、胸の奥がざわついた。
まるで静かな湖面に小石が落ちたように、私の心に波紋が広がる。
アート展の準備、NPO法人での講演、その他にも同時進行しているプロジェクトは数え切れない。
カレンダーは予定で埋まり、日々目まぐるしく過ぎていく。
今、私は人生で一番忙しく、充実しているように見えるだろう。
でもーー
やりたいこと、やるべきことは山のようにあるのに、胸の奥で何かが重く沈んでいく感覚。
2年前、初めてのアート展。
当日の朝、「誰も来なかったら」と不安に駆られながらも、その一日をやり過ごすことで精一杯だった。たとえ来場者が少なくても、「自分一人で何とかなる」程度の責任しかなかった。
それが今では──。
アート展は4回目を迎えた。
会場準備、制作、広報戦略まで、チームと綿密に話し合う。時にはスポンサーとのやりとりもある。
一つひとつ最終決定を下すなかで。
「これで本当にいいのか」
「もっと他に良い方法があるんじゃないか」
迷いながらの判断の連続は、体力よりも精神をすり減らした。応援してくれる人が増えれば増えるほど、
「期待を裏切りたくない」
「失望させたくない」
という思いが強くなった。
その思いはやがて巨大なプレッシャーとなり、私の心を締め付けた。

涙で走る私、気づいたこと
活動が広がるにつれて、心ない言葉に傷つくことも増えた。
「そんなに頑張る意味あるの?」
「やっても無駄だよ」
くたびれた私に、コンシェルジュが営業スマイルを見せる。
「おやおや、大変そうですね。たまには休みませんか?」
その笑顔は、私を不安に陥れる。
気遣いある言葉に見せて、棘を含んだたった一言が、深く心に刺さる。
一度刺さった言葉はなかなか抜けず
夜、眠ろうとしても、その声が反響する。
私は水面上では笑顔を見せながら、必死にバランスを取っていた。
しかし、その足は震え、いつか崩れ落ちてしまうのではないかという恐怖に怯えていた。
ある夜、机に向かって作業をしていたとき。
ふと窓の外を見ると、街灯の光が滲んでいた。
その瞬間、私は初めて頬を伝う雫に気づいた。
「私、泣きながら走っているんだ」
「前へ進もう」と強く願っているのに、心はどこかで泣き続けていた。
涙に気づいた時、私は私を変えようと思った。

弱いままでも、前へ
まずは、体を鍛えよう。
ジムに通わず、毎朝10分間のピラティス。
呼吸を意識して体を動かすと、心拍数が整うのがわかる。
そしてもう一つ、「スリーグッドシングス」を再開した。
うつがひどかった頃、心を保つためにやっていた習慣だ。
その日にあった良いことを3つ、日記に書く。
朝、空がきれいだった
友人からの短いメッセージが嬉しかった
作業中に流れた音楽で心が落ち着いた
新しい日記を開き、ペン先が紙を走る音に耳を傾ける。
頭の中のざわつきが、少しずつ整理されていくのを感じた。
こうして改めて思った。
私は、自分の弱さを知っている。
この2年間で自信がついたように見えても、本質は変わらない。
でも──それでいい。
弱いままでも、前へ進める。
それが、過去の私が知らなかった新しい生き方だ。

チェックアウトは、まだ先
心のホテルで、コンシェルジュが鋭い目を向けてきた。
「昔とは違いますね、あなた。何があなたを変えたのですか?」
私は少し微笑んで答えた。
「ええ、笑顔です。ある女性の笑顔を」
初めてアート展を開催した鎌倉で、花束が届いた日のこと。
そのアート展は、正直なところ商品すらなかった。
それなのに、花束が届いた。
最後、一人の女性がじっと私の絵を見つめていた。
そして言った。
「魂を揺さぶる絵だ」と。
その瞬間、私は決意した。
傷ついても、それでも前へ進もうと。
コンシェルジュはあきれた顔をした。
「あらら、口も達者になって。インフルエンサー気取りですか? 他の人よりできない発達障害のあなたが」
私は少し苦笑し、はっきりと返した。
「変わらないよ。よりみちしているだけ」
するとホテルの照明が薄暗くなった。
コンシェルジュの声だけが冷たく響く。
「お客様、そろそろチェックアウトの時間のようです。ですが、この先にもご予約がございますことをお忘れなく」
ネガティブが横から口を挟む。
「おいおい、勝手にあいつを帰すストーリーを進めるなよ」
コンシェルジュは人差し指を口元に当て、静かに言った。
「しっ、今はほっておきましょう。やがて転落するのを……ごほんあら、いけない、本音が。また会える日を楽しみにしていますね」

それでも、前へ進む理由
これから先も、私はもっと泣くだろう。
転落する日も、きっと来るだろう。
それでも、前へ進みたい。
私を突き動かす笑顔と、「魂を揺さぶられた」という声が、この胸に宿っているから。
そして、長年連れ添ったネガティブとも向き合っていくと決めたから。

