「お子さんのこと、少しお話ししたいんです」——その言葉の前で、保育士は何をしているのか
「お子さんのこと、少しお話ししたいんです」この言葉を、私は今までに何十回も口にしてきました。そして、この一言を言うたびに、心臓がバクバクいいます。「はい、何でしょう。うちの子、何かやりましたか」だいたいいつも、保護者の方はこんなふうに返してくれます。警戒しているんです。そりゃそうですよね。私はこの瞬間、あなたにとっては「うちの子を評価する先生」でしかない。それは、わかっています。だから今日は、その「この瞬間」の前に、保育士の中で何が起こっているのかを、きれい事なしで書きます。
伝えるまでに、私は2週間かかる
歳の男の子のことを思い出します。優しくて、記憶力が抜群で、でも集団の切り替えがとにかく苦手な子でした。給食が終わっても遊びをやめられず、手を引くと大声で泣く。気持ちが抑えられなくなると、友達に手が出てしまうこともありました。私はその子を、2週間、ただ見ていました。観察メモは10枚を超えました。職員会議で2回、話題に出しました。園長にも相談しました。「伝えるべきか、まだ待つべきか」。そしていよいよ伝えると決めた日の朝。私は朝ごはんが喉を通りませんでした。これ、本当の話です。
なぜ朝から緊張するのか。理由はひとつだけ。この言葉を伝えたあと、あなたとの信頼関係がどうなるか、私がいちばん怖がっているからです。
「レッテルを貼る先生」に見えるのが、怖い
「先生に言われた」——そう受け取られて、あなたとの関係がギクシャクすることを、私は誰よりも恐れています。何より怖いのは、私に言えることが「現場で見た具体的な場面と行動」だけだということです。保育士は医者じゃないから、診断名なんて絶対に言えません。立場的にも、法律的にも。言えるのは「こんな場面で、こんな様子がありました」——それだけ。つまり私は、いちばん伝えたいこと、「この子は悪くない。ただ、今の環境では困っている」ということを、うまく言えないまま、言葉足らずで誤解されるのが怖いんです。
「あなたの育て方が悪い」なんて、一度だって思ったことはありません。それなのに、言葉が足りなくて、そう伝わってしまったらどうしよう。それでも伝えます。伝えない方が、もっと怖いからです。だって、私が言わなければ、この子の「困っている」を、あなたに伝える人は誰もいない。この子はこれからも「わがままな子」「乱暴な子」と呼ばれ続けるかもしれない。それが、いちばん怖い。
伝えたあとの夜は、いつも胃が痛い
もちろん、うまくいかなかったことも、何度もあります。怒らせたこともあります。「あんたに、うちの子の何がわかるの」と泣かれたこともあります。その夜、私は園の廊下にひとりで立って、「言わなきゃよかったのかな」と何度も思いました。でも、こうも思うんです。言わなかったら、この子は今日も「困っている」のに、誰にも気づかれないままだった。気づかれないまま年長を終えて、小学校に上がって、また同じことで泣く。それを思うと、私はまた、次も言います。
あなたに伝えたいこと
もしあなたが「先生に言われた」側の親御さんなら、今日はこれを読んで、少しだけ肩の力を抜いてほしいです。あの「お子さんのこと、少しお話ししたいんです」という一言の前に、保育士は2週間迷って、職員会議で話し合って、園長と相談して——それでもあなたとの関係を壊したくなくて、どう伝えるかだけを考えています。あれは、「宣告」じゃありません。あなたと、あなたの子どもを、これから一緒に支えていきたいという「お願い」です。最初の一歩なんです。もしあなたが、伝える側の保育士なら。あなたの勇気は、絶対に間違っていません。たとえ今日うまく伝わらなくても、その「気にかける」気持ちは、子どもにも、きっとどこかで届きます。私は今日も、この言葉を言うのが怖いです。でも、明日もあなたに会いたいから、連絡帳を開きます。それは、保育士としての逃げられない仕事だと思っています。
さいごに、少しだけ制度の話
この連載で、グレーゾーンは正式な診断名ではなく通称であること、1歳半・3歳児健診は自治体に実施が義務づけられていること、「できるだけ早期に支援する」ことが国の方針になっていることそんなことを書いてきました。でも、今はこう思います。制度がいくらあっても、大人が「怖い」を抱えたまま動けなくなってしまったら、何も始まらない。いちばん最初の一歩は、保育士が勇気を出して口を開くこと。そして、保護者の方が「言ってくれて、ありがとう」と思えること。その両方がつながったとき、はじめて制度は、その子のところに届くんだ。そう信じています。
私は子どもの10年後、20年後の姿を想像しながら保育をしています。今目の前の子どもから逃げなければ、きっと明るい未来が待っています。無理しないように、ではまた👋
※この記事の事例は、複数の実体験を基に、個人が特定されないよう改変・複合したものです。
