マグロと姉
2つ上の姉がいる。
別に好きでもないし、興味もない。
先日、実家に帰省したとき兄姉と居合わせた。それぞれ実家を離れて暮らしており、両親を含む皆が揃ったのはおよそ10年ぶり。兄とは年に一度か二度は会う機会があったが、姉とは随分久しぶりだ。同じ空間にいて各々が声を発するが、俺と姉は一言も直接会話をしなかった。喋っていないという自覚がある。きょうだいなんてそういうものだろう。
5つ上の兄と比べると、年齢という距離が近い姉のほうが関わりは密だった。先に中学、高校へと階段を上がる兄とは食卓を囲む頻度は減ったが、姉とはほとんど一緒だった。飼っていた2匹の犬の散歩は、俺と姉がそれぞれ担当を決め、同じタイミングで散歩に出かけた。1匹ずつ行くと残されたほうが吠えて吠えてうるさいからな。
小学校、中学校は同じ。集団登校、校舎内、塾、町の行事など、家を離れても目に触れる場面や行動を共にする機会は必然的に多い。望んだことではない。中学の体育祭で姉と団が同じだったのは、教員の差し金だと俺は思っている。姉とフォークダンスを踊るときは地獄だったな。
姉は目立つ存在だった。
小学生のときは児童会副会長、中学生のときは生徒会長だった姉。おかげさまで「会長の弟なん?」「M子の弟」そんなふうに俺は先輩たちから認識された。「お前も生徒会長やれよ」なんて唆されることもあったな。勘弁してくれ。
そんな姉のことを「姉ちゃん」なんて呼んだことは一度もない。「M子」。物心ついたときにはすでに「M子」だった。おそらく両親や兄が「M子」と呼んでいたのを真似したのだろう。
「あっ、M子M子」
親からことづけを預かっていた俺は、中学校の廊下ですれ違った姉に声をかけた。
「クスクス……」「えっ、M子って?」
姉の同級生たちの忍び笑い。
「学校では姉ちゃんって呼べ」
帰宅した姉は大層ご立腹だ。
「嫌やわ気持ち悪い」
「いいけん姉ちゃんって呼べ」
生徒会長としてのプライドだろうか。知らんけど。俺にとってはただのM子だ。当然ながら、以降も「姉ちゃん」なんて呼んだことはない。今思えば、このやりとりが最後の諍いだったかもな。
姉は目立つ存在だった。
文化祭のとき姉は漫才をした。センターマイクを挟んでステージの上に立つ姉。「おい、お前の姉ちゃんやん」近くに座るクラスメイトからの要らぬ報告。「だからなんやねん」「分かっとるわ」という心の訴えは「ゔんっ」とうめき声となって短略された。始まった漫才、内容が脳内に入り込まぬよう空想にふけることに注力した。姉がツッコミであることは理解したが、どのようなネタだったのか、面白かったのか、知らん。観覧席からは時々漣のように笑いが起きていたな。
姉は目立つ存在だった。
およそ10年前、小学生時代のタイムカプセル開封イベントがあった。全校生徒を対象にしたもので、俺は3年生、姉は5年生のときのタイムカプセルだ。姉と共に小学校の門をくぐり、会場である体育館へ足を運ぶ。体育館前で出迎えるのは懐かしい先生たち。ひと学年10人ほどの小さな学校だ。先生の数も知れている。担任のみならず、それぞれの顔と名前は皆一致する。前を歩く姉から距離をとり、ウサギを追いかけるカメのように俺はノロノロと後ろを歩いた。
「あー!M子ちゃん!?」
「おっ、M子か」
「M子ちゃん!覚えてる覚えてる」
姉を見るや否や、M子だと識別した先生たちは次々と懐かしい声を上げる。人数が少ない学校とはいえ、長い教員人生、ましてや小学生以来の対面にもかかわらず顔と名前を一致させるなんて、「先生ってすげーー!」って思った。続いて、やや遅れをとって俺に目を凝らす先生たち。
「あーー誰やったっけー」
「名前が出てこんなぁ、えーっと……」
「M子の弟か」
「あーーM子ちゃんの弟!」
「分かった分かった!」
姉の陰に潜む弟。
姉が持つ陽の力はとても大きなものだった。子どもの頃、それほど姉は明るかった。俺も明るかったが、俺の場合は相手や都合次第。苦手な相手や自分より強い者の前では鳴りを潜めた。小学3年のとき、劇でのミスをキッカケに一部から冷遇されるようになってからは、ひとり注目を浴びるような状況も避けたくなった。姉は俺とは違う。率先して人前に立ち、陽を照らすことができる。雨の日でも雲の上で太陽はずっと陽を灯しているように、きっとずっと同じように明るかった。陽の当たる場所を、人は求めるものだ。
俺が持つ陽の部分は、両親でも兄でもなく、姉が放つ光が伝播したのかもしれない。姉の影響を受けたことの1つは、お笑いだ。俺は漫才を見るのが好きで、特に漫才の頂上決戦であるM1グランプリは、毎年VHSに録画して繰り返し何度も見た。手持ち無沙汰なときは常に流していた時期もあり、ほぼ完コピレベルで覚えたネタもいくつかあった。2003年、2丁拳銃の「ピクルスを抜いて下さいと言うタイミング」というネタを、体育のマラソン中に友達と掛け合いながら走ったりしたなぁ。先に述べたように、姉は自ら漫才をするほどだ。お笑い番組、特にネタ番組が好きだった。そもそもM1を録画していたのは姉だった。爆笑オンエアバトルやM1などのネタ番組を、姉は録画していた。きょうだいでただ一人、自分の部屋を持たない俺の主な居住スペースはリビング。リビングにしかないビデオデッキで姉が見る、つまり俺も見る。いつからか、M1は俺が録画するようになった。大人になっても、M1の放送日は有休消化に充てたり、開始時間に間に合うようシフトを調整した。リアルタイムで見逃したことは一度もない。
反抗期に突入した兄は嫌なやつだった。自分の思い通りにならないと気に食わず、利己的な要求を突きつける度に、あるいは母が叱咤する度に反抗してはよくキレた。実家の内壁には、兄が殴って開いた穴が痛々しく痕を残す。そして、その矛先は度々弟に向けられる。ストレスのぶつけどころとして都合がいいのが弟だ。機嫌を損ねないよう顔色を伺いながら、兄の手となり足となり下僕のように従順した。兄弟なんてそういうものだろう。元々兄と2人部屋だったが、俺を部屋から追放し、立ち入ることも禁じた。兄の怒声、兄の命令、兄の部屋のドアが開く音、兄が階段を降りる音、兄が放つ音や気配に気を張りながら過ごした。地雷を踏まないよう注意を払っても、無作為な時限式爆弾は避けられない。一挙一動に対する非難や嘲笑、対応や振る舞いに不服があれば容赦ない口撃。「〇〇君が弟やったらよかったのに」そんな言葉を友達の前で放たれては、たまったもんじゃない。ひとつ屋根の下にいる間は、伸びやかな気持ちではいられなかった。
姉のことを、優しいなんて感じたことはない。記憶に残す必要のない諍いは何度もあっただろう。しかし、姉に対して警戒心を抱くことはなかった。ただの空気だ。同じテレビを見て、同じご飯を食べ、同じ学校に行く。あの頃は会話も、共に笑うこともあったと思う。俺には真ん中っ子の気持ちは分からない。姉はどんなことを思いながら過ごしていたのだろう。別に好きでもないし、興味もないけど、嫌なやつではなかったな。
俺は中学2年、姉は高校1年、それぞれ階段を上がった。年を重ねるごとに共にする時間も、口数も、徐々に減っていく。きょうだいなんてそういうものだろう。高校生になった姉の生活リズムはそれまでとは異なり、一緒に食卓を囲む頻度は減った。犬2匹の散歩はすでに親が担っており、ちゃんと面倒をみるという約束は、お約束どおり破られた。高校を卒業した兄は実家を離れ、兄の部屋は俺の部屋となった。兄の音や気配が消え、待望だった自分だけの領域。俺はすっかり部屋に入り浸った。誰にも干渉されない空間、誰の顔も見なくていい時間が、英気を養っていく。姉と顔を合わす機会は減り、この頃にはもう顔を合わせても会話はなかった。親の発する言葉にどちらかが対応する程度。だが、そこに隔たりはなかった。姉は姉の、俺は俺の、それぞれの領域を守りながら自分の世界を創っていく。太陽は24時間同じ場所で陽を照らさない。太陽だって沈む、再び陽を照らすために。沈黙の中で備える、陽を照らすために。姉はきっと高校でも変わらず陽を照らしていく、そう思っていた。
そんな姉は、高校を度々休むようになった。
あの姉が――。
高校2年になる頃には休む割合が高くなり、やがて完全に行かなくなった。
あの姉が――。
病欠ではないようだった。勉強についていけない、そんなことで挫折するような姉ではないはずだ。弟が言うのだから信憑性は高い。あの姉が不登校になるなんて、理由はおそらく、1つ。
俺の無感心にしこりを残す出来事があった。俺が中学2年のとき通っていた塾でのやりとり。姉が通う高校は中高一貫校、そこの中学に通う1つ上の先輩、姉の1つ後輩にあたる。その先輩とはそもそもの接点はなく、塾で顔を合わす間に会話をする仲になった。
「お前の姉ちゃん、M子なん?」
あまりに唐突だった。遅れて現れた先輩は見つけ際に聞いてきた。いい意味ではない、そんな気がした。先輩の顔に不適な笑みが浮かんでいたから。
「うぅん、そうやけど」
「ええーまじでぇ!? そうなんやぁ」
不適な笑みが大きくなる。
「なんで?どうしたん?」
誰かが聞いた。
「いやいやいや、ちょっとまぁ、そうなんやぁ、ひひひっ」
別に興味ない。詳しくは聞かなかった。聞けなかった。別に興味ない。なにがおかしくて笑ってんだ。それから間もなくして、姉は学校を休むようになった。姉は姉の人生、俺には関係ない。
口が開いた。
「M子なんで学校行ってないん?」
母は答えた。
「しんどいんよ」
たった一言に集約された。それ以上に適した言葉はきっとなかった。母が搾り出した一言に込められた思いを、俺は汲み取らなければならない。それ以上は踏み込まなかった。踏み込めなかった。
足が動いた。
姉の部屋。漠然と見渡していると、枕元の本棚に並ぶ1冊の漫画が目に留まった。吸い込まれるように手に取りパラパラとページをめくる――いじめの標的となり不登校になったヒロインが、自分の夢を見つけ、いじめを克服していく物語。受け取った卒業証書を舞台上で破り捨ててみせるヒロインの勇ましい姿、すべてを払拭した表情がとても印象的だった――時間を巻き戻すように1巻読み切りの漫画を本棚に直した。確証はない。偶然かもしれない。漫画なんてフィックションだ。しかし、読み手の立場や心情によってはそれは非現実的な現実、誇大的な現実になりうる。
「学校いかんか!こらぁあ!」
地鳴りのような父の怒鳴り。
「行きたくないんよ!もぉ!ほっといてぇぇ!もぉーーー!!」
断末魔のような姉の叫び。
父は、姉の惨状を放ってはおけなかった。単身赴任で家に居ない期間のほうが多い父にとって、我が子との距離が遠い父にとって、1つの大きな試練だったろう。昭和の男だ、器用に説得なんてできないさ。廊下を挟んで向かいにある姉の部屋から、閉じたドアも、壁をもすり抜けて、初めて耳にする地鳴りのような父の怒鳴り声と、断末魔のような姉の叫び声。これが我が家での出来事なのか。俺は何も聞いてない。何も聞こえない。俺には関係ない。
自宅内で姉と顔を合わす機会はめっきり減った。顔を合わせても会話はない。そもそも会話なんてなかった。しかしそこには、それまでにはなかった明らかな隔たりがあった。何層にも重なった深く暗い雲に覆われ、沈んだ陽。世界は陰り、時に雨に濡れ、時に雷鳴が轟く。植物の発育を阻み、湿気で淀んだ空気によって繁殖するカビやダニは人体にアレルギー反応を引き起こす。消えた陽の光がさまざまな弊害を及ぼしていく。陽のない場所を、人は求めない。
姉がどうなろうと俺には関係ない。俺は俺の、いつもの日常を今日も明日もめくるだけだ。
「あたしが学校に行ってないこと言うな」
釘を刺された。
「あぁ」
言わねぇよ。
俺は高校生になった。姉とは違う高校。姉はもう完全に不登校だった。もう慣れた。野球部だった俺は朝練のため早くに起き、帰宅は22時を越えることもしばしば。新たな環境で疲弊困憊、縦の関係が厳しくなった先輩、自分のことでいっぱいいっぱい。姉のことなんて気にもかけない。
「姉ちゃん学校行ってないん?」
部活の先輩に聞かれた。先輩は中学時代の姉の同級生。中学の文化祭ではコントを披露した明るくて楽しい先輩だ。姉と親しかったことは俺もなんとなく知ってる。そんな先輩に聞かれてしまった。聞かれて気がついた、聞かれたくなかった……ってことに。すでに周知の事実だ。
「はい、そうなんです」
そりゃ広まるよな。
「まじで?なんでなん?」
そりゃ驚くよな。
「僕も詳しいことは分からないんです」
「まじかぁ……えぇ……なんでなんやろ……」
そりゃ気になるよな。
自分の口から誰かに打ち明けたのは初めてだった。先輩の表情が物語る、ここまで雲が広がっていることを。見たくなかった。まるで曇った写し鏡のようだった。
姉は、完全な引きこもりには至らず、時々出かけていたようだった。保健室登校でもしていたのか、どこで何をしていたのか、知らない。聞く気もないし、興味もない。姉は高校を卒業したのか、中退したのか、知らない。そんな姉は実家を離れ東京へ上京した。父は納得していないようだったが、それでも止めることはできなかった。俺が父の立場でもそうだろうな、姉が自ら一念発起したのだから。何を目指し、何をしていたのか、知らない。ただ必死だったんだろう。まわりには見えなくても、姉の胸中には線香花火のような小さな光の蕾がジリジリと、ずっと宿っていたのかもしれない。落ちて朽ちるか、光を放つか、そんな瀬戸際で、もがいていたのだろうか。どっちでもいいけどな。
こうして隔たりを残したまま
空白のページがみるみる増えていった
高校を卒業した俺は大阪へ上阪する。入れ替わるように、2年の時を経て姉は実家に戻ってきた。姉が使っていた冷蔵庫や洗濯機など、家電の一部を引き継ぐ。おさがりを頂戴するなんて、きょうだいみたいだな。姉は地元で職に就き、いち社会人として人生を歩んでいるようだった。実家に帰省したとき、顔を合わせても会話はないし、顔すら合わさず帰路につくことも当たり前。そういう関係だ。連絡を取り合うはずもない。きょうだいなんてそういうものだろう。
そこから先の姉にまつわる話を綴ろうと、記憶の引き出しを何度も漁るが、出てくるのは塵のような話。何年もの時を重ね、隔たりは強固なものとなり、もはやなくては成立しないもの。空白のページは不要のまま話はとうに完結していた。もう関係ない。血は繋がっていても他人とさほど変わりない。俺は俺の、姉は姉の、それぞれの人生を創る。それでいい。
大阪に上阪した俺は専門学校を卒業後、リラクゼーションサロンに就職。その後、国家資格取得のため専門学校の夜間部に再入学し、勤労学生となった。猪突猛進がごとく一念発起した俺に学費を納められる貯えはなく、奨学金ですべて補った。あっ、奨学金借り入れの保証人の1人を姉にお願いしたな。それが唯一の連絡だった。
空白のページに再び筆が下りたのは
そのおよそ1年後だった
「M子が結婚する」
「結婚します。結婚式は◯月◯日……」
何年も前から交際相手がいたのは知ってる。帰省したとき、お相手の車が自宅前に停まっているのは何度も目にしたし、挨拶を交わしたこともある。
M子が結婚か……。
結婚式前日、俺は実家へ帰省した。式の準備で忙しない姉はその夜、少しばかり実家に顔を出した。
「結婚おめでとうございます」
「ありがとう」
儀礼的な挨拶を交わす姉と弟。労のねぎらいや明日の段取りの確認などで騒々しく言葉を交わす両親と姉。静観したり、部屋を移動したり、家族団らんの場が俺はなんだか落ち着かなかった。みんなソワソワしてるな。
ようやく落ち着きを取り戻した頃、リビングの向かいにある畳部屋で俺はひとり佇んだ。ここは母の書斎部屋でもある。戸窓から見えるのは、敷地に生い茂る草木花、ほとんど人が通らない町道、連なる田んぼや山。カエルの大合唱、ホタルのイルミネーション、スズムシやコロオギのオーケストラなど、四季折々の風景を拝める場所。そこで母と、そして姉と一緒になった。
「いま夜に学校行きよるん?」
「あぁ……」
姉から話しかけられたことに違和感を感じるなんて、おかしな話だな。
「そうそう……」
「何年通うん?」
出会ったばかりの友達の友達に話しかけるときのような、抑揚のついた口調で姉は話しかける。
「4年やね」
当たり障りのないやりとり。
「マッサージしたらんけん」
母が言った。
「えぇ……」
余計なことを。お節介ババァめ。
「結婚式の準備で腰がしんどいんよねぇ」
うわぁ、めんどくさ
えぇ……
もぉ……
「あぁ分かった、やるわ少し」
2人きりになった空間
気づかれないようにゆっくり息を吐く
うつ伏せになった姉の背中に
弟の手が
触れる――
姉が背負ってきたもの、抱えてきたものが、自身に与えた負担。何年もの積み重ねによって形成された硬いかたまり。不登校だった姉。当時、時々出かけていた姉が何をしていたのか、本当は少し知ってる。東京に上京した姉が何を目指していたのか、本当は知ってる。母から聞いた。本人から聞いたわけじゃない、だからそれは知らないのと同じだ。潤滑だったはずの流れに滞りを生み出した硬いかたまりを、少しずつほぐしていく。これまでマッサージした客に比べれば大した凝りじゃない。けど、俺が知るなかでいちばん硬くて重い。厄介だな。
「はい、もうおわり」
10分少々で大した変化はない。
「ありがとう、ラクになったわ」
けど、無駄でもないな。ただもう二度としたくない。
結婚式当日、帰省した兄や遠方から訪れた親戚も合流し、挙式会場に足を運んだ。姉が挙式会場に選んだのは、なんと!地元の道の駅だった。「道の駅で挙式なんてできんの!?」前日に聞かされたとき、思わず驚嘆の声が噴き出た。挙式会場は、ショッピングフロアやフードコートが入った建物と、伝統工芸品などが展示される建物の間に併設されたアーチ型の屋根が付いた屋外イベント会場。駐車場の延長線にある。つまり、一般客が自由に観覧できるのだ。「見られまくるやん!」前例はあるのか?少なくとも、俺ならそこを挙式会場には選べない……。親族と数人の友人だけを招いたこぢんまりとした式だが、大きな式だ。
中央を挟んで、新郎側と新婦側に並べられたパイプ椅子の最前列に俺は座る。
空を仰ぐ
今日は晴天
いよいよ挙式
まずは新郎の入場。そして、
「新婦M子さんの入場です」
パーテーションから姿を現したのは、ウェディングドレスに身を包んだ姉と、モーニングコートに袖を通した父。そしてなんと、
“アァーメーィ♪ ズィーングレーイス……”
合唱団の生演奏!?
祭壇下に並ぶのは地元の合唱団。アメイジング・グレイスの生演奏が静寂な青空に響くヴァージンロードを、腕を組んだ姉と父が、これまでの軌跡を辿るように一歩ずつ、ゆっくり、ゆっくり、前へ進む――。
――やばっ!
嘘だ。姉の結婚式ごときで。嘘だろ。違う違う違う。そんなわけない。これは曲の力だ。込み上げてくるものを必死で堪えた。姉の結婚式ごときで、そんなわけない。周囲を見渡すと、俺の斜め後ろに座る叔母はすでにハンカチで目を覆っていた。ふぅー耐えたー。
あとはお約束どおり誓いを交わし合ったり、姉がフラダンスを披露したり、フラダンス教室の子どもたちがフラダンスを披露したり、青と白の風船を空に飛ばしたり、往来する一般客が拍手を送ったり、そんな挙式だった。
続いて披露宴。場所を料亭に移し、和装にお召し替えされた新郎新婦。披露宴のメインイベントの1つといえば……
そう!新郎新婦初めての共同作業だ。
「これより、新郎新婦お二人による初めての共同作業を行いたいと思います!」
共同作業の重役を担うのものといえば、ウェディングケーキ。ウェディングという名の付くケーキを拝めるのはこのときだけだ。それはもう新郎新婦に匹敵するほど主役級の存在感。結婚式はウェディングケーキのためにあると言っても過言ではない。甘くて美味しいもんなぁ。さぁ、ケーキ入刀だ。
「しかしですねぇ、お二人に共同作業して頂くのはウェディングケーキ……ではございません。
なんと!マグロでございます!」
「はっ?マグロォ!?」
前日に聞かされたとき、噴き出た驚嘆の声は天井を突き抜けた。マグロって、あのマグロ?まじかっ!
「それではマグロに登場して頂きましょう」
開かれた襖から登場したのは、どこぞの大将と台に乗せられた大きな大きな一本マグロ。新郎新婦の前に運ばれる……ウェディング……マグロ……。
「うぉぉ」「えへーっ」「ほほほー」ざわめき立つ会場。
「どうぞ皆さま、前のほうへ」
俺が知る共同作業の光景は、新郎新婦のもとに詰め寄った友人たちが虹色の声をあげながらシャッターを切る、というものだ。しかし今、目に映るのは、ギャラリーの前線に立つ中年おじさんたち。ある者は腕を組み、ある者は直立し、鈍色の眼差しを送る。そんな珍景を俺は座席から見守った。おもろっ。
「それでは皆様、お二人のお手元にご注目下さい」
「新郎新婦、マグロ入刀です!」
マグロ入刀、なんじゃそりゃ。
どこぞの大将が胸ビレを持ち上げ、マグロ包丁を入れる位置を示す。「3人の共同作業になっとるがな」心の中で俺はツッコんだ。ケーキのようにスススーッと刃が通るわけない。ギニャギニャとマグロ包丁の刃を入れていく新郎新婦。「あははは」会場は笑いに包まれた。
「俺ら結婚式するときケーキとか普通のもの切れんなぁ」
「牛やな、牛」
笑いながら軽口を叩く兄と弟。そして、誰より笑顔を見せていたのは、姉だった。上げきられた口角が歯を開かせ、声を出しながら姉は笑う。
マグロの切り身をお互いの口へと運ぶ新郎新婦。その後、どこぞの大将によって繰り広げられるマグロの解体ショーを、おじさんたちが銀色の眼差しで見つめるのであった。一人一人に配られたマグロの切り身は、そりゃあ美味しかったよ。美味しかったけどね、本音を言えば、俺はケーキが食べたかったなぁ。
心の中でうごめく不思議な感情
濃い余韻を残しながら式は終幕へと進む
さらに心が揺れる出来事があった
それは花嫁の手紙のなかで
姉が語った文章
「私は両親に大変な苦労をかけてしまいました。それは私が不登校になり引きこもってしまったことです」
それを堂々と言えるんだ……。
当時の姉にとっては、苦々しく消し去りたい現実だったはずだ。姉は分かっているんだ、そう、すべてが繋がっているということを。あれがあったから、今があることを。不登校となり確かに一時は引きこもりになった姉だったが、行動することをやめなかった。その意志は東京まで足を運ばせた。姉はきっと分かっていた。自らが動かなければ、状況は何も変わらないということを。すべては自分次第であることを。姉は変わっていなかった。きっとずっと光は消えていなかった。驚きばかりの結婚式は姉らしさが光っていた。ケーキよりもマグロのほうが姉には似合ってる。紆余曲折を経て、光り輝く幸福の陽。燦々と降り注ぐ陽の光を浴びて、まわりには笑顔が咲く。誰かの元気は、誰かを元気にする。
結婚式の間、姉は笑顔を貫いた。花嫁の手紙さえ、笑顔でハキハキと読みあげた。きっと心に決めていたのだろう。
だが、俺は思った
そこは泣けよ……と。
* * *
先日、実家に帰省したとき兄姉と居合わせた。両親を含む皆が揃ったのはおよそ10年ぶり、姉の結婚式以来だった。兄の嫁と息子2人、姉の息子1人、伯母、従姉妹も集った。姉の息子に最後に会ったのは3年前、まだ2歳ぐらいだったかな。
「おい、俺のこと覚えとるかぁ?トミカ買ってあげたの覚えとる?」
甥は首を傾げる。
「ほら、この前写真見せたやん。一緒にシャボン玉で遊んでもろたやろ」
姉が言った。
俺と姉は一言も直接会話をしなかった。きょうだいなんてそういうものだろう。別に好きでもないし、興味もない。
汗だくになりながら甥っ子3人の遊び相手をして、俺はひと足先に実家を後にした。
帰りの電車の中でLINEが届いた
姉からだった
《今日は子供らの相手おつかれ!大好きになったと言ってるよ、ありがとね〜》
ふふふ
俺はLINEを返す
《よかったわい!また🖐️》
