スズメと僕

 喜怒哀楽。人間にはさまざまな感情があることを自覚し始めた頃の記憶。何層も積み重なった奥の奥のほう、化石化した消えない記憶をあなたはいくつ持っていますか? それは、楽しい記憶、悲しい記憶、どちらですか?
 ふと昔のことを思い返してみたとき、どうして悲しい記憶のほうがくっきりと浮かび上がるのだろう。それはどの時代も同じだろうか。例えばそれが、幼い頃の何気ない日常の一コマであったとしても――。

 幼稚園の頃だったかな、5才か6才ぐらいのとき。家族で町の秋祭りへと繰り出すため、玄関の引き戸を開いた。


「あっ……」



 玄関先に1羽のスズメ

 小さな 小さな スズメ



 スズメはじっと動かない。

 近づいても、手に取っても、じっと動かない。小さな両手に収まるほど小さなスズメ。ほんのりと感じるぬくもり、小さな手の中で、一定のリズムで小さくふくらんでは戻る。

 ――生きてる

 誰が何を用意したのか、発泡トレーの中に、水を注いだ小さな器と、ウメモドキの小さな赤い実を添えて、そこにスズメを置いてやった。スズメはじっと動かない。スズメを乗せたトレーを玄関口の片隅に置き、その場を後にした。
 それから車に乗って秋祭りへ向かった。咲き乱れるコスモスに囲まれた秋祭り。たぶんいい天気だったと思う。誰と何をして、何を食べて、何が楽しかったのか、覚えてない。たぶん楽しかったとは思う。

 帰宅して車を降りると、まず向かったのは、

 スズメのもと――。

 何も変わっていなかった。水が入った器も、ウメモドキの赤い実も。スズメもじっと動かないまま。




 ――同じじゃなかった。


 以前にも触れたことがあった。

 あのときも、つめたくて、動かなくて――






「しんどるな」

 誰かが言った。

 姉と2人で、
 庭の花壇の土の中に埋めてやった――。


 ただそれだけのこと。
 みんなにつられて流れるように俺は動いただけだった。でも、覚えてる。あのとき俺を動かしたのは幼い好奇心。そんなものは沢山あったはずだ。それだけじゃない。あのとき芽生えた感情は何だったんだろう。ただ、覚えてる。消えてない。なぜだろう――。


 それはきっと消しちゃいけない記憶。化石化してでも後世に残すべき記憶だから。それにはきっと意味があって。いちいち憂うほどお人好しではないけれど、時々思い出すよ。今ならわかるよ、あのときの感情も、大切なことも――。

 だから、覚えてる。





 スズメを埋めた場所には
 地に根が宿り
 芽吹いた草花が
 天に向かって伸びている


 青く光る空が

 今日もきれいだな



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