(ショート小説)剣士の夢③

 こんな夢をみた。

 顔を上げると、青々とそびえる山の姿を望むことができた。
 私は、なだらかな砂利の山道を駆けていた。私のほかに数人の男——浪人——も一緒だったが、うち一人は侍ではなく10歳位の少年だった。
 私たちは、この少年を殺さねばならない。
 近いうちに大きなわざわいが村を襲う。禍から村を救うためには、少年を人身御供として山の神々に捧げる決まりになっていた。
 あの山の向こうに儀式の祭壇が設けられている。そこまで少年を連れていくのが私たちの役目であり、また少年を殺した後、私たちも祭壇で腹を斬る、そういう段取りになっていた。

「さあ、急げ」
 先頭を行く仲間が振り返りながら叫んだ。
「早くしないと、追いつかれるぞ」
「わかっている」
「早く、早く」
 お互いに声を掛け合う男衆たち。
 私の右少し後ろに少年がいた。面を被ったように感情が読めないその顔を見て、自分が生贄になるのを理解しているのか、それとも他の事を考えているのか、知る由もない。
 ただ少年が無言のまま私の手を握っていることに、今さら気付く。まだ小さい手だと思った。
 ーーこの子を斬らねばならんとは
 見ず知らずの少年に対し、僅かばかりの情が胸の奥に生じる。しかし、お役目なのだから、仕方ないと自分に言い聞かせる。

 先頭を走っていた仲間の姿が、ふいに消える。霞と化したように。
「襲撃だっ」
 別の仲間が叫ぶ。
「敵はどこから襲ってきた!?」
 また一人、仲間が敵の攻撃を受けて消える。
 続けてまた一人、いなくなる。 
 誰の遺体も残らない、最初から居なかったように。
 しかし、襲ってきた敵の姿も見えない。
 矢や弾が飛来した音も無い。
 もちろん、私の目にも敵の姿は写らない。見えないのに、なぜか相手の動きは分かった。
 残されたのは、私と少年と仲間の浪人が二人——合計四人だった。
「この子を頼むっ」
 少年を仲間に預け、私は一足で見えない敵に接近した。まず右にいた敵に左下から抜きつけた――左斬り上げ。
 刃を通じて手に肉を斬った感触が伝わってくる。
 そのまま刀を頭の上で旋回させ、とどめの左から袈裟斬り。
 相手がもんどりうって倒れるのが分かったが、血は流れない。
 今度は正面の敵に対し、一歩踏み出すのと同時に刀を右下から振り上げ、肩口まで斬った。
 この一撃が致命傷だったのか、敵が倒れ伏すのがわかった。
 二人の敵を倒すのに何秒も掛かっていない。
 ――あと何人だっ!?
 私は内心焦りつつ、気配を放つ敵の数を数えた。
「あと四人だっ!」
 仲間が鉄製の棒手裏剣を投擲とうてきしながら知らせてくれる。
 反転した手裏剣が見事、敵の額に突き刺さっていた。
 私は躰を斜め横に捌きつつ、上から斬りかかってきた敵の一撃を受け流した。体が至近距離になった瞬間、柄頭を相手の水月に叩き込んだ。体勢が果然に崩れたところで、背中から刃を突き入れて抜いた。
 やはり血は一滴も無かった。

「俺は……もう……だめだ」
 少年を守っていた仲間が息絶え絶えに言う。
 もう一人の浪人は敵と相討ちになって、すでにいない。
「この子を……頼む……」
 そう言い残して、最後の仲間も何も残さず消え去った。
 敵の襲撃を受けて生き残ったのは、私と少年のみ。
 私は急に死ぬのが怖くなった。
 お役目を捨てて、このまま少年を連れてどこかへ去ってしまいたかった。
 少年が私を見上げた。その顔には、「僕はどっちでもいいよ」と書いてあるように思えた。
 目的の山は、まだ遠く先に見えていた。


(了)


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