谷崎潤一郎「刺青」
谷崎潤一郎作・「刺青」の朗読です。(※AIではなく、一応、生声で収録しております)
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【谷崎潤一郎について】
谷崎潤一郎(たにざき じゅんいちろう、1886年〈明治19年〉7月24日 - 1965年〈昭和40年〉7月30日)は、日本の小説家 で、東京市日本橋区に生まれた 。
明治末期から昭和中期まで、戦中・戦後の一時期を除き終生旺盛な執筆活動を続け、国内外でその作品の芸術性が高い評価を得た。
祖父の代に商家として財を成したが、16歳のとき、父の事業が苦境に陥り、潤一郎は築地精養軒の主人北村宅の書生となる。その後東京帝国大学国文科へ入学するも強度の神経衰弱に陥り 、24歳のときに、小山内薫、和辻哲郎らと第二次『新思潮』を創刊 した。この同人誌が『刺青』発表の舞台となる。
初期は耽美主義の一派とされ、過剰なほどの女性愛やマゾヒズム的な作品について語られることが少なくないが、その作風や題材、文体・表現は生涯にわたって様々に変遷した 。漢語や雅語から俗語や方言までを使いこなす端麗な文章と、作品ごとにがらりと変わる巧みな語り口が特徴 である。関東大震災の後、関西に移住し、これ以降ふたたび旺盛な執筆を行い、『痴人の愛』『卍』『春琴抄』『細雪』など代表作を次々に発表した。私生活では、妻・千代を友人の佐藤春夫に譲った「細君譲渡事件」(当時世間を騒がせた)や、三度の結婚でも知られる。日本芸術院会員、文化功労者、文化勲章受章者。ノーベル文学賞候補者 にもなった。
【刺青について】
『刺青』(しせい)は、谷崎潤一郎の短編小説で、谷崎本人が処女作だとしている作品である。1910年(明治43年)11月、同人誌の第二次『新思潮』第3号に掲載された 。単行本は、翌1911年(明治44年)12月に籾山書店より刊行された 。
発表媒体の『新思潮』は芥川龍之介や久米正雄らによる東京大学(東京帝国大学)系の同人誌 であった。一方、単行本を出した籾山書店はどちらかというと三田派(慶應大学出身の作家)を扱うことの多い出版社であったが、これは谷崎の作品を三田派の主要作家であった永井荷風が絶賛したことによるもの である。この単行本は橋口五葉の蝶模様の表紙から「胡蝶本」と呼ばれる、木版刷りの美しい装丁 でも知られている。
本作は、皮膚や足に対するフェティシズムと、それに溺れる男の性的倒錯など、その後の谷崎作品に共通するモチーフが見られる初期の作品 である。
物語の骨格としては、「世の中が今のように激しく軋みあわない時分」、多くの人々が刺青をしてその意匠を比べ合っていた中に、清吉という元浮世絵職人の彫り師がいた。清吉は美女の体に己の魂を彫り込みたいという宿願を持っていたが、満足する女を見つけられずに過ごしていた 。そこへ理想の女が現れ、清吉は麻酔をかけて彼女の背中に女郎蜘蛛の刺青を彫り込む。
このデビュー作を機に、谷崎は永井荷風とともに、当時全盛だった自然主義文学の対極とも言える耽美派を牽引する代表的作家となった。 作品自体は短いながら、女性の美への絶対的な崇拝、支配と被支配の逆転(清吉が女に「彫る」立場から、最終的に女に「支配される」立場へ転じる構図)といった、谷崎文学に生涯通底するテーマが凝縮された一編として評価されている。
