大河ドラマ 豊臣兄弟の 賤ヶ岳の決闘 まとめ 

賤ヶ岳の戦い――「賤ヶ岳の決闘」をどう見るか


――秀吉・勝家、そして戦国の「次の主役」を決めた戦い――


私は賤ヶ岳の戦いを、単なる「羽柴秀吉と柴田勝家の合戦」として見るべきではないと考えている。


1582年、本能寺の変で織田信長が倒れると、織田家には大きな権力の空白が生まれた。


そこで浮上したのが、


【柴田勝家】

信長時代からの重臣・宿老



【羽柴秀吉】

中国大返しによって信長の仇・明智光秀を討ち、急速に政治的発言力を高めた武将


という対立だった。


私は、この戦いの本質を、


「信長亡き後、誰が織田家の主導権を握るのか」


を決める戦いだった、と考えている。


■ 戦いの基本構造


     織田信長

       │

    1582年 本能寺

       ↓

    「織田家の権力空白」

       │

   ┌────┴────┐

   ↓        ↓

  柴田勝家     羽柴秀吉

  北陸方面     中国方面

   │        │

   └────┬─────┘

       ↓

     主導権争い

       ↓

   ★ 賤ヶ岳の戦い ★

       ↓

     秀吉勝利

       ↓

   秀吉が天下人への道へ


■ 私が注目する「佐久間盛政の突出」


賤ヶ岳の戦いで重要なのは、柴田軍の猛将・佐久間盛政の動きである。


1583年4月20日、盛政は秀吉軍の砦を攻撃した。


この攻撃は一時的に成功する。


ところが、ここから戦況が大きく変わる。


秀吉が急速に戦場へ戻ってきたのである。


私はここに賤ヶ岳の最大のポイントがあると思う。


【柴田軍】


佐久間盛政

  ↓

秀吉軍を急襲

  ↓

一時成功

  ↓

「さらに攻める」

  ↓

部隊が前進

  ↓

しかし――

  ↓

秀吉が帰還

  ↓

盛政隊が危険な位置に取り残される


つまり、盛政は「戦場で勝とう」とした。


一方の秀吉は、「時間」で勝とうとした。


私はここが秀吉という武将の怖さだと思っている。


■ 秀吉の「美濃大返し」


秀吉軍は別方面から非常に速い行軍で湖北へ戻った。


これが一般に「美濃大返し」と呼ばれる動きである。


イメージすると、


   美濃

    ●

    │

    │

    ↓

   木ノ本

    ●

    │

    ↓

   賤ヶ岳

    ★


「秀吉がいない」と思って攻撃した佐久間盛政の前に、


「もう秀吉が戻ってきた」


という状況が生まれた。


この時間差が戦況を一気に変えた。


■ そして「賤ヶ岳の決闘」


大河ドラマで非常に印象的なのが、


【加藤清正 VS 佐久間盛政】


という構図である。


これはドラマとして非常に分かりやすい。


若武者・加藤清正と、歴戦の猛将・佐久間盛政。


まさに、


「若い時代」VS「古い時代」


という象徴的な対決として描ける。


ただし私は、ここを史実の勝敗そのものと混同してはいけないと思っている。


賤ヶ岳の勝敗を決めたのは、一騎討ち一つではない。


実際には、


佐久間盛政の攻撃

   ↓

秀吉軍の急速な帰還

   ↓

盛政隊が孤立

   ↓

秀吉軍の反撃

   ↓

柴田軍の戦線が崩れる

   ↓

前田利家らの離脱

   ↓

柴田軍の退却

   ↓

柴田勝家、北ノ庄城へ

   ↓

勝家自害


という「連鎖」である。


■ 私が最も興味深いと思う「前田利家」


私は賤ヶ岳を考えるとき、前田利家の存在を非常に重要視している。


利家は柴田勝家側の武将だった。


しかし戦況が決定的になると、利家は戦線を離脱した。


ここを単純に、


「前田利家が裏切った」


と見るだけでは、私は不十分だと思う。


戦国武将には、


「主人への忠義」


だけではなく、


「自分の家を残す」


という現実的な問題があった。


前田利家にとっては、


柴田勝家への忠義

   VS

前田家の生存


という選択だったと私は見る。


そして結果的に前田家は生き残り、後の加賀百万石へつながっていく。


■ 私の「賤ヶ岳の決闘」総括


私は、この戦いを次のように整理している。


【第一の決闘】

織田家の後継者争い


   ↓


【第二の決闘】

柴田勝家 VS 羽柴秀吉


   ↓


【第三の決闘】

佐久間盛政の攻撃 VS 秀吉の機動力


   ↓


【第四の決闘】

柴田方武将たちの忠義 VS 自家存続


   ↓


【第五の決闘】

旧・織田政権 VS 新しい秀吉政権


だから私は、「賤ヶ岳の決闘」という言葉を、


「二人の武将が刀で決着をつけた戦い」


という意味だけでは捉えない。


むしろ、


「信長亡き後、誰が次の時代をつくるのかを決めた決闘」


と捉えている。


■ 私の結論


賤ヶ岳の戦いで秀吉が勝った最大の理由は、単純な兵力や武勇だけではない。


私は、


「政治」

「情報」

「人脈」

「機動力」

「時間」


を総合的に使ったことが大きかったと考えている。


佐久間盛政は勇猛だった。


柴田勝家も織田家屈指の重臣だった。


しかし秀吉は、


「敵がどう動くか」

「味方がいつ動くか」

「どこへ兵を集中するか」

「いつ戦場に到着するか」


まで含めて戦っていた。


そして賤ヶ岳の戦いに勝ったことで、秀吉は織田家中で決定的な優位を獲得する。


その先には、


賤ヶ岳

 ↓

柴田勝家滅亡

 ↓

織田家中で秀吉の優位確立

 ↓

徳川家康との対決

 ↓

関白

 ↓

天下統一


という道が開けていく。


私は賤ヶ岳を、


「秀吉が天下人になった戦い」


というより、


「秀吉が天下人になることを止められる勢力が、一気に減った戦い」


と表現したい。


そして大河ドラマの「賤ヶ岳の決闘」は、清正と盛政という二人の武将の激突を入口にして、


「古い織田政権の武将たち」と「新しい秀吉の時代」の交代を描く場面として見ると、より深く楽しめると思う。

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