【勘違いした】サウナの話し。
もう50年以上前、大学生の頃の話しです。近所に個人のスーパーがあり、その経営者の家と、自分の家は、昔から、とても仲が良く、家族ぐるみの付き合いがありました。
もちろん、うちの母は、毎日のように買い物に行くし、そこのおばさんと、母は、仲もいいし、時々、一緒に出かけたりして、まるで、親戚のようでした。
そして、ある日、母が買い物に行くと、その店のおばさんは、挨拶はするが、そのあと、全く口をきかないのだそう。別に感じが悪いとか、機嫌が悪いとかではなくて、というよりも、何かショックなことがあって、元気がない、という様子だったという。
すると、母は、その元気がないのが、とても気になって仕方なかったという。それというのも、そのおばさんは、いつも明るくて、よくしゃべり、感じがいいのに、こんなに元気がないのを、みたことがなかったからであった。
そこで、母は、あえて、もう一度、声をかけたという。
「今日は、なんだか、元気ないわね。なんか、あったの?」
すると、その母からのやさしい問いかけに、さっきまで、我慢していた気持ちをしばっていた糸が、そこで、ぷつんと切れたかのように、おばさんは、泣きながら、母に、やっと話し始めたという。
それは、昨日の出来事であった。そのおばさんには、姉弟の子供がいて、その息子は、少し帰りが遅かったという。いつもは、そこまで遅くならないのに、どうしたことだろうかと、思っていて、何気なく、
「宏、今日は、帰り、遅いねえ。でも、まあ、大学生だし、別に、そんな心配してるわけじゃないけどね。」
これは、その、すぐそばにいた娘の姉に向かって、自分は、心配してない、と言うつもりの発言なのであった。しかし、内心は、ちょっとだけ心配なのであった。すると、姉から、
「ああ、宏はね。なんでも、友達に誘われて、今日、初めてサウナに行ってるらしいわよ。あっ、しまった、これ、内緒にしてって、弟に言われたんだ。お母さん、聞かなかったことにしてくれない。」
それを聞いて、母は、なぜだか、ものすごくショックを受けたようで、そのあと、口を聞かなかった。
すると、その後、やっと帰ってきた宏。
「ただいま。」
すると、それを、ものすごい形相でにらむおばさん。帰ってきた息子に対して、「おかえり」の言葉も発せずに、その怒りの表情は、言葉がなくても、宏に、伝わるには、充分すぎるものであった。
「宏!あんた、お姉ちゃんから聞いたわよ!あんた、サウナに行ったんだってね!」
すると、宏は、驚いて、
「あ、ああ、お姉ちゃんから聞いたんだね、言わないでって言ったのにな。実はね、、、、。」
宏は、そこまで言いかけたのだが、言い終わる前に、おばさんのビンタが炸裂した。すると、そのすごい攻撃に、宏は、吹き飛んで、
「あんたね、サウナなんて、行くんじゃないわよ!何を考えてる!」
あまりにも、急な攻撃に驚いた宏は、そこで、やっと起き上がって、
「だまって行ったのは、悪かったと思うけど、何もぶたなくても、、、、」
そこまで言った発言の、最後を待たずに、今度は、さらに強い往復ビンタが炸裂した。再び、吹き飛ばされてしまった宏。
すると、おばさんは、そのまま、怒りが収まらずに、
「何を、そんな、いいわけする!」
と言い、その辺を見渡すと、宏が、昔、使っていた剣道の竹刀を、その部屋の隅に見つけて、それを、おばさんが取り上げたかと思うと、
「まだ、言うか!どの口が、言う!一家の恥さらしぞ!」
と、そう言いながら、宏は、竹刀で、めった打ち。これも、昭和ならでは。それも、女性から、こんなことする人は、時々いたのでした。
そして、最後に、
「もう口もききたくない!」
そう言うと、その場を後にしたおばさんは、その後も不機嫌で誰とも口をきかなかったという。そして、時間が経つにつれて、その怒りは、徐々に悲しみへと変わり、憔悴したまま、次の日を迎えて、そのショックから、未だに立ち直れなかったのだという。
母は、おばさんに声をかけて、どうして、そんなに怒ってしまったのかを、慰めてから、少しずつ聞き出そうとして、言葉を選んだという。
「宏君も、別に、悪いことをしたわけじゃないんだし、あなたが、外でお風呂に入ることを嫌がるだろうと思って、だまっていただけなのだから、赦してあげたら、どうなの。もう大人なんだし、サウナぐらいは、行きたい年頃なんじゃない。」
すると、訴えかけるように、母にすがって、さらに話し出したおばさんは、
「悪いことじゃないって、そりゃあ、一般的にみれば、そうなのかもしれないわよ。だけども、世間的には、あまり、大っぴらにはしないで、かくれていくものでしょ。でも、かくれて、こっそりでも、行くことは、私はゆるせないな。もう成人したんだし、行きたい気持ちもわかるけど、まさか、宏が、そんなところに興味を持つなんて、おまけに、友達に誘われても、そんな店に出入りするなんて、とても信じられない。うちのお父さんだって、浮気はしたかもしれないけど、そんなところ、絶対に行かないわ。」
それをきいていた母は、なんだか、人に後ろ指でもさされそうなことでもしたかのような、そのもの言いが、ものすごく気になり始めていたという。そして、
「ねえ、だけど、そこまで行ったらいけないというのは、なぜなの?私には、そこまで、いえ、全く悪いことだとは思えないんだけど、だまって行ったことに、怒っているの?サウナなんて、最近、行く人は、増えているらしいわよ。」
母は、そこまで、言いながら、あることに気がついたのだという。
「ねえ、あなた、ひょっとして、サウナをトルコ(現在は、ソープランドと呼ばれている男性の性的なサービスをする娯楽施設であり、当時は、この呼び方であった)と間違えているんじゃない?」
「えええ?サウナって、トルコでしょ?同じでしょ?違うの?」
やはり思った通り!おばさんは、サウナもトルコも同じものだと勘違いをしていたのであった。それというのも、サウナ自体も、まだまだ当時は、男性がよく行く入浴施設という解釈が、どちらかというと一般的であり、若干の印象の違いで、風俗の一種だと思う人が、中にはいたようであり、現在のような、「ととのう」という文化からは、とても遠いものなのであった。
母からの言葉を聞いて、納得したおばさんは、
「まあ、でも、そんな勘違いするような場所に、おまけに、だまって行ったのは、それは、それで、ゆるせないからね。これ以上は、もう怒らないけど、別に謝ったりはしないで、このまま、まだ気がつかなかったことにすることにするわ。私もね、さすがに、かんちがいしたなんて、すぐに言うのは、ちょっとムリムリ。このまま、気がつかなかったことにして、なんとなく、やり過ごしていくわ。」
すると、母は、さすがに、
「それは、かわいそうじゃない。だって、竹刀でめった打ちは、どうするの。それは、ちょっとやりすぎでしょ。」
すると、おばさんは、ちょっと考えて、そのまま、宏の部屋に行った。
そして、程なくして戻ってきたが、それをみて、母は、
「謝ってきたの?」
すると、おばさんは、ちょっとバツが悪そうに、
「サウナもトルコも、お母さんから見たら、おんなじようなもんだからね、って言ってやった。これで、あとは、ほっとけば、うやむやになっちゃうわよ。あたしだって、あんなに怒ったから、なんだか、いまさら、後に引けないし、だいたい、親が子供に謝るなんてねえ。そんな信じられないこと、できないわよ。」
それを聞いた母、このおばさんは、相変わらずなのだと、思った。それにしても、ある意味で、すごいメンタルだ。けっこう、すぐに、早とちりして、暴走する。そういえば、何かあると、すぐに学校に抗議に行くおばさんだ。いわゆる、今流行りのモンスターペアレンツのはしりかもしれない。
しかし、今にして思うと、そんな、理不尽なことは、珍しくなかった。だいたい、当時、家庭での子供に対する暴力は、日常茶飯事だし、悪かったと子供にあやまるのを、親の立場からは、さすがにできないとか、親としての面目まるつぶれだとか、そういうふうに思う人は、割といたのである。当時の親子の関係とは、そのくらいの極端な上下関係が、ある家庭もけっこうあり、親が作った、その家のマイルールが、子供にとっては、ものすごくひどいもので、その中で、育った同級生とかもいて、さすがに昭和を感じるのであった。
