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NI(National Insurance)深掘り:日本の社会保険と何が違うのか

前回の記事では、Income Taxの手取りシミュレーションと物価の現実について話した。今回はIncome Taxと並んで毎月の給与から引かれるNational Insurance(NI)を深掘りする。

「NIって結局何のために払ってるの?」という疑問に答えながら、日本の社会保険との構造的な違いを整理していく。知っているだけで、毎月の給与明細の見え方が変わるはずだ。

NIは何に使われているのか

NIは単なる税金ではなく、主に以下の財源になっている。

日本の「健康保険+厚生年金+雇用保険」をまとめたようなイメージで捉えている人が多い。でも構造は大きく異なる。

日本とUKで「何が根本的に違うのか」

日本の社会保険とUKのNIは、一見似ているようで設計思想がまったく違う。

日本の社会保険:制度が分離している

日本では健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険がそれぞれ別の制度として存在し、それぞれに保険料率が設定されている。健康保険は病気になったときの医療費を賄い、厚生年金は老後の生活を支え、雇用保険は失業時の生活を守る——目的ごとに財布が分かれているイメージだ。

UKのNI:一つの拠出がすべてをカバーする

UKではNIという一つの制度が年金・医療・失業給付をまとめてカバーしている。NIの拠出金は「National Insurance Fund(NIF)」という独立した財源に積み立てられ、そこからState Pensionや各種給付が支払われる仕組みだ。NHSへの財源の一部もNIから拠出されている。

医療の仕組みが根本的に違う

日本の健康保険は医療費の自己負担を3割に抑える仕組みで、保険証があれば全国どこでもすぐに専門医にかかれる。

UKのNHSは原則無料だが、まずGP(かかりつけ医)に登録して予約を取り、そこから専門医への紹介状をもらう仕組みになっている。ロンドンではGPの予約が数週間待ちになることも珍しくない。緊急性がない症状であれば、日本の感覚で「すぐ病院に行く」ことができないケースも多い。

無料であることと、すぐに医療を受けられることはイコールではない——これがNHSの現実だ。

年金の計算方式も違う

日本の厚生年金は「報酬比例」で、収入が高いほど将来の受給額も多くなる。

UKのState Pensionは「拠出年数に連動するフラット型」で、35年払えば全員同じ金額を受け取る。高収入だからといってState Pensionが増えるわけではない。その代わりシンプルでわかりやすい。

NIの税率:逆進的な仕組み

2026/27年度のNI税率(従業員分・Class 1)はこうなっている。

ポイントは£50,270を超えると税率が8%→2%に急落する点だ。年収£40,000の人はNIを8%払い続けるが、年収£100,000の人は£50,270を超えた部分に対して2%しか払わない。高収入者ほどNIの実質負担率が下がる「逆進的」な構造になっている。

一方、日本の社会保険料は標準報酬月額に上限があるものの、ある程度の累進性を保っている。低収入者がより多くの負担を強いられるUKのNIは、日本人の感覚からすると少し不思議に映るかもしれない。

なお雇用主側も「Secondary Class 1」として従業員給与の13.8%をNIとして負担している。これは採用コストとして雇用主に重くのしかかっており、UKの雇用コストが高い一因になっている。

Income Tax+NIの合算で見た「本当の税率」

「UKのBasic RateはたったのX%」という話をよく聞くが、NIを加えると話が変わる。

※Tax Trap(Personal Allowance削減)による

「Basic Rateだから20%」という認識は間違いで、実際には28%が給与から消えている。月収£3,000の人であれば、毎月約£840がIncome Tax+NIとして引かれている計算だ。

これを知っているかどうかで、手取りの計算が大きく変わる。

State Pension:NIを払う本当の意味

NIを払い続けることで積み上がるのが**State Pension(国民年金)**だ。

2026/27年度の数字:

  • 満額受給:週£241.30(年約£12,548、約250万円)

  • 必要拠出年数35年で満額、10年で最低限の受給資格

  • 受給開始年齢:現在66歳(2026〜2028年に67歳へ引き上げ予定)

1年分のNI拠出が増えるごとに、年金受給額が年間約£358増える計算だ。

10年未満で帰国した場合、年金はどうなるのか

気になる人も多いと思う。結論から言うと——10年未満のNI拠出では、原則としてState Pensionは1円も受け取れない。

ただし例外がある。失業中・育休中・介護中などの期間は「NI Credits」として拠出記録に換算される場合がある。また任意でNIを積み増す方法もある(後述)。

在英日本人で「5年しかUKにいなかった」という場合、その間に払ったNIはState Pensionとして戻ってこない。ただし日本の年金制度には戻るため、日本での老後は日本の年金で対応するという整理になる。

State Pensionの試算

拠出年数別の受給額をシミュレーションするとこうなる。

満額でも月約£1,046(約21万円)。日本の厚生年金と比べると控えめな金額だが、NHSによる医療費が無料であることを考えると、実質的な生活保障としては一定の水準がある。

日英社会保障協定:二重払いを防ぐ仕組みと落とし穴

UKと日本の間には2000年に社会保障協定が締結されている。

主な効果:二重払いの防止

日本企業からUKに派遣された場合、原則として派遣開始から一定期間は日本の社会保険に加入し続け、UKのNIは免除される。これは「どちらにも払う」という二重負担を防ぐための仕組みだ。

ただし重要な落とし穴がある。

日英協定には通算(トータライゼーション)規定が含まれていない。これは、日本での年金加入期間とUKのNI拠出期間を合算してState Pensionの受給資格を満たすことができないという意味だ。

例えばアメリカと日本の間には通算規定があり、日本で10年・アメリカで10年働いた場合に両国の年金受給資格を得られる。しかし日英間にはこの仕組みがない。

※日本の厚生労働省の発表(2024年1月)によると、日英社会保障協定は「二重払い防止」のみで、通算規定は含まれていない。

具体的な影響

  • UKでのNI拠出が10年未満の場合、日本での年金加入期間を足してもState Pensionの受給資格は得られない

  • 日本に帰国後は日本の年金制度に戻るだけで、UKでの拠出はそのまま宙に浮く(10年未満なら受給ゼロ)

「日本でも年金払ってたから合算できる」と思っている人は注意が必要だ。これはUKに長期滞在する在英日本人が知っておくべき最重要ポイントの一つだ。

任意でNIを積み増す方法

UKを離れた後もState Pensionの受給資格を守るために、任意でNIを拠出する方法がある。

  • Class 3任意拠出:週£18.40(2026/27年度)

  • 年間約£957で1年分の拠出記録を買える

  • 申請はHMRCにCF83フォームを提出

費用対効果を計算すると

£957を払って1年分を積み増すと、年金受給額が年間£358増える。約2.7年で元が取れる計算だ。老後20〜30年受給することを考えれば、条件が合う人には有効な選択肢だ。

ただし2026年4月からルールが厳しくなった。海外からの任意拠出はClass 3のみとなり、以前より割安だったClass 2は廃止された。また新規申請には「UK在住10年以上」または「UK在住中に10年以上のNI拠出」という条件が追加されている。

副業・フリーランスのNI(Class 2・4)

会社員以外のNIについても簡単に触れておく。

副業収入がある場合、Self Assessmentで申告するとClass 4のNIが発生する。副業の利益が£12,570を超えると課税対象になるため、Salary Sacrifice等の節税と合わせて計画的に管理する必要がある。

State Pensionは「拠出額」ではなく「拠出年数」で決まる

ここで重要な原則を確認しておきたい。

State Pensionの受給額は**「何年払ったか」だけで決まる。「いくら払ったか」は一切関係ない。**

つまり:

  • 年収£25,000の人が35年払う → 満額£12,548/年

  • 年収£200,000の人が35年払う → 同じく満額£12,548/年

高収入者はNIをはるかに多く払っているのに、受給額は同じです。これは日本の厚生年金と根本的に異なる点です。

日英年金の受給額比較

日本の厚生年金は「報酬比例」なので、現役時代の平均報酬月額と加入年数で受給額が決まります。

※日本の厚生年金は標準報酬月額に上限(65万円)があるため、年収1,600万円以上では頭打ちになる ※UK State Pensionは35年フル加入の場合。1£=200円換算

この表から見えること

低収入帯(年収500〜800万円相当)ではUKの方が受給額が多い。一方で高収入帯(年収1,200万円以上)では日本の方が多いという逆転現象が起きている。

UKのState Pensionはフラット型なので、高収入者ほど「払った割に少ない」という感覚になる。その分をISAや職域年金(Workplace Pension)で補う戦略が、高収入の在英日本人には特に重要になってくる。

物価調整済み:年金で実際に生活できるのか

受給額の数字だけ見ても意味がない。「その年金で実際に生活できるか」を物価を加味して比較してみる。

前提:月額生活費(独身・家賃込み)

  • ロンドン:約£2,500/月(Numbeo 2026年調査)

  • 東京:約22万円/月

結論は明快だ。

日本もUKも、公的年金だけでは生活費を賄えない。

UK満額のState Pension(月£1,046)はロンドン生活費(月£2,500)の半分以下だ。円換算すると月約21万円になるが、東京の生活費(月約22万円)とほぼ同額で余裕がない。

日本の厚生年金も、年収1,600万円超でフル加入しても月14万円程度。東京の生活費には遠く及ばない。

どちらの国の公的年金も「老後の一部を補う」程度の水準であり、それだけで豊かな老後を送れる設計にはなっていない。これは日英共通の現実だ。

UK拠出年数別のState Pension受給額

在英年数が限られている場合の参考として:

まとめNIはState Pension・NHS・各種給付の財源。「払い損」ではないが、構造は日本の社会保険と根本的に異なる

  • 医療はNHSで「無料」だが、すぐに専門医にかかれるわけではない

  • Basic Rate帯では所得税20%+NI8%で**実質28%**が給与から引かれている

  • State Pensionの受給額は「拠出年数」のみで決まる。いくら払ったかは関係ない

  • 高収入者ほどNIの「コスト対受給額」が合わなくなる——フラット型の宿命

  • State Pension満額には35年のNI拠出が必要。10年未満では1円も受け取れない

  • 日英社会保障協定は二重払い防止のみ——日本での年金期間との合算はできない

  • 物価を加味すると、UK・日本どちらの公的年金も老後の生活費を単独で賄えない

そこで、ISAという選択肢が浮かび上がる。

公的年金が老後の「一部」しか賄えないという現実は、日英共通だ。ただしUKには日本にない強力なツールがある。

年間£20,000まで投資でき、利益・配当・売却益が永久に非課税のISAだ。

NIを35年払っても月約21万円のState Pensionしか受け取れない。一方でISAに毎月£500を積み立て続けると、20年後には非課税で約2,050万円の資産が積み上がる可能性がある。

NIは払い続けながら、ISAで自分の老後資産を作る——これがUKで豊かな老後を設計する唯一の現実的な戦略だ。

次回はCGT(キャピタルゲイン税)とDividend Taxの深掘りと、ISAで完全非課税にする具体的な方法を解説する。

📚 このシリーズの記事一覧 → https://note.com/dear_dove3093/m/me6837977cac2

🇬🇧 ロンドン移住のリアルはこちら → https://note.com/dear_dove3093/m/m194d061b0ad3

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※投資判断はご自身の責任で。本記事は情報提供を目的としており、税務・投資アドバイスではありません。個別の相談は専門家にご相談ください。

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