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仏教って、結局何の役に立つの?

修行を終えた若僧が、今ようやく出せた一つの答え。

《はじめに》

二十九歳まだまだ未熟な若僧ですが、私なりにこの議題に対する思いを全てぶつけました。
5日もお待たせして申し訳ありません。
私の魂を記事に込めに込めたので
是非一度騙されたと思ってお楽しみください🙇‍♂️


「仏教って、結局何の役に立つの?」

この質問だけは、お坊さんになった今でも、すぐに答えることができません。

「心が落ち着きます。」

「感謝できるようになります。」

「人生が豊かになります。」

そんな言葉はいくらでも並べられます。

でも、どれも私の中では少し違うのです。

むしろ私は、修行を終えた今の方が、答えが分からなくなりました。

それでも一つだけ言えることがあります。

仏教は、私の人生を変えたのではありません。

私の”見方”を変えました。

今日は、その話をさせてください。




第一章 私は、修行を勘違いしていました。


私は大学を卒業後、
二十二歳で修行道場へ入りました。

朝三時半に起き、坐禅をし、読経をし、一日中作務をして、夜は布団に入れば数秒で眠る毎日。

「修行って厳しかったですか?」

そう聞かれることがあります。

もちろん厳しかったです。

でも、今振り返ると、一番厳しかったのは坐禅でも作務でもありませんでした。

自分の考えを壊されることでした。



私が四年目になり、「直日(じきじつ)」という係を任された時のことです。

直日は、坐禅の時間を整える役目です。

姿勢が崩れていれば直す。

眠ってしまえば「警策(けいさく)」という木の棒で肩を打ち、眠気を覚まさせる。

私は一年目の頃から、その姿をずっと見てきました。

少しでも姿勢が崩れれば警策。

少しでも目が閉じれば警策。

張り詰めた空気の中で、一人一人が眠気と戦う。

私は、それが修行だと信じていました。

だから、自分が直日になった時も、同じようにやりました。

いや、それ以上だったかもしれません。

「自分がこの空気を守らなければ。」

その一心でした。



ある日、一人の後輩がいました。

仮にA君とします。

彼は、その日どうしても眠気に勝てませんでした。

姿勢を正しては、また少しずつ前へ傾く。

整えては、また眠気に負ける。

私は、その度に警策を打ちました。

一回。

二回。

三回。

四回。

そして五回目に向かおうとした、その時でした。

隣で坐っていた師匠が、私を呼び止めました。

「なんでそんなに打つんだ!!」

師匠の声が坐禅堂に響きました。

その瞬間、

少し舟を漕いでいた人も、

眠気と闘っていた人も、

一斉に顔を上げ、

視線が私に集まりました。

さっきまで静かだった坐禅堂が、

空気だけは一変しました。

張り詰めた緊張感。

私は警策を握ったまま、動けませんでした。

さらに師匠は続けます。

「そんなことをして、何になる。」



坐禅が終わったあと、私は長い時間お叱りを受けました。

でも、正直に言えば、その時の私は全く納得できませんでした。

「私は間違っていない。」

そう思っていました。

だって、今までそう教わってきたからです。

眠れば打たれる。

姿勢が崩れれば注意される。

緊張感があるからこそ修行になる。

私は、その空気を守ろうとしていただけでした。

それなのに、なぜ怒られるのか。

分かりませんでした。

本気で、

「この道場では、もう修行できないかもしれない。」

そう思ったほどです。



でも、不思議なものです。

一週間ほど経つと、人は少し冷静になります。

私は一人で考えました。

「本当に師匠は間違っていたのだろうか。」

「それとも、間違っていたのは私だったのだろうか。」

そこで初めて、自分が見えていなかったものに気づきました。

私は、A君を見ていませんでした。

見ていたのは、

“修行とはこうあるべきだ”という、自分の理想でした。

警策を打つことが目的になっていました。

でも師匠が見ていたのは違いました。

A君は、悪気があって眠っているわけではない。

眠気と必死に戦っていたのです。

だったら、姿勢を直してあげればいい。

一言声をかければいい。

少し様子を見てもいい。

大切なのは、警策を何回打つかではない。

その人が、どうしたらもう一度坐ろうと思えるか。

師匠は、そこを見ていました。

私は、その時初めて気づいたのです。



「自分が正しい」と思った瞬間、人は人を見なくなる。


第二章 正しさより、大切なもの


修行を終えてお寺へ戻った私は、

「これからは、お寺をもっと良くしていきたい。」

そんな思いでいっぱいでした。

若い人にも来てもらえるお寺。

地域の方が気軽に立ち寄れるお寺。

法事だけではなく、

普段から思い出してもらえるお寺。

そんな場所を目指して、少しずつ動き始めました。

その一つが、お寺のうちわでした。

お寺の雰囲気をうちわから感じ取ってもらい、

暑い中でも生活の一部になるように、

そして何か困ったらうちわに書いてある

電話番号で相談してもらえるように。

デザインを考え、

印刷会社は使わず、スマホのアプリとパソコンを

不器用ながらもなんとか使いこなして

ようやく完成した一枚でした。

私は嬉しくて、

つい、喜んでくれるなら

夏のお施餓鬼用うちわを作って

そこにお経の意味を書いて、

暑い中でも少しでも過ごしやすく、

どこか一緒にお経を感じられる

そんな第二弾のうちわを作ろうと考えました。



そんなある日、

父に相談しました。

父は自室で、少し困ったような、

「まだ分かっていないな。」

そんな表情で私に言いました。

「そのお金は戻ってくるのかい。」

続けて、

「そんなことより、塔婆を早く書きなさい。」

その日は正直、拗ねました。

「自分なりに、お寺のためを思って考えたのに。」

布団に入ってからも、

その言葉ばかり思い返していました。

正直、

悔しかったです。

「なんでそんなことを言うんだ。」

そう思いました。

私は遊びで作ろうとしていたわけではありません。

お寺をもっと良くしたい。

檀家さんに喜んでもらいたい。

その一心でした。

塔婆だって、

少しずつですが毎日書き進めていました。

だからこそ、

父の言葉が理解できませんでした。



でも、

拗ねていても答えは出ません。

「父は何を伝えたかったんだろう。」

そう考え始めた時、

修行道場で師匠に叱られた日のことが、

ふと頭をよぎりました。

あの時も、

私は「自分が正しい」と思っていました。

そして今回も、

私は「自分が正しい」と思っていました。

そこで初めて、

父の景色を見ようとしました。



父は、

うちわを否定したかったわけではありません。

お寺のお金を使うということが、

どれほど重いことかを教えたかったのです。

檀家さんからお預かりした大切なお金。

「お寺のため」という理由だけで、

何でも使っていいわけではありません。

そこには責任があります。

そして、

お施餓鬼を目前に控えた今、

父にとって一番優先しなければならない仕事は、

塔婆を書くことでした。

私は、

「未来のお寺」を見ていました。

父は、

「目の前のお寺」を守っていました。

どちらも、

お寺を守ろうとしていたのです。

ただ、

見ている景色が違っていました。



私は以前、

修行で師匠に言われました。

「そんなことをして何になる。」

あの時は、

その意味が分かりませんでした。

でも、

父との出来事で気づいたのです。

人は、

立場が変わると、

守るものも変わります。

だから、

同じ景色は見えません。

もしあの日、

父に反発したままだったら、

私は父の景色を見ることなく、

「分かってもらえなかった。」

と思って終わっていたでしょう。

でも、

修行で一つだけ身についたことがあります。

それは、

「自分が正しい」と思った時ほど、一度立ち止まること。

父が間違っているのではないか。

ではなく、

「父には父の見えている景色があるのではないか。」

そう考えられるようになったことでした。



今でも私は、

うちわを作って良かったと思っています。

そして父も、

今では応援してくれています。

だから私は、

あの時どちらが正しかったのかを決めたいわけではありません。

大切だったのは、

相手の景色を見ようとしたこと。

その経験は、

お寺だけではありません。

これから結婚し、

家庭を築いていく上でも、

檀家さんと向き合う上でも、

きっと何度も必要になるのだと思っています。


第三章 伝えることより、聞くこと


修行を終えてお寺へ戻り、

私は法話をする機会が増えました。

「少しでも分かりやすく。」

「少しでも身近に感じてもらえるように。」

そんなことを考えながら、

一つひとつ言葉を選んでお話をしていました。



去年のお施餓鬼でのことです。

私は今住んでいるお寺と、

兼務しているお寺、

二つのお寺で全く同じ話をしました。

内容は同じ。

話す人も同じ。

違うのは、

聞いてくださる方だけです。



ところが、

終わった後の空気は全く違いました。

今住んでいるお寺では、

笑顔で話しかけてくださる方がいたり、

「今日の話、分かりやすかったよ。」

と声を掛けてくださる方がおられました。

一方、

兼務寺では、

もちろん皆さん真剣に聞いてくださいましたが、

表情はほとんど変わりませんでした。



最初は、

「話が悪かったのかな。」

そう思いました。

「伝え方が良くなかったのかな。」

そんなことも考えました。

でも、

家へ帰る車の中で、

ふと思ったのです。



私は、まだこのお寺のことを何も知らない。



今住んでいるお寺では、

幼い頃から私を知ってくださっている方がいます。

失敗も、

成長も、

修行へ行く前の私も、

帰ってきた私も、

全部知っています。

だから、

話を聞いてくださる前から、

安心感があるのかもしれません。



でも、

兼務寺では違います。

私にとっては大切なお寺でも、

皆さんにとって私は、

「住職の息子さん」

という存在でしかありません。

まだ信頼関係ができていない。

それだけのことでした。



私は、

その時少し恥ずかしくなりました。

どこかで、

「いい話をすれば伝わる。」

そう思っていた自分がいたからです。

でも、

本当は違いました。



人は、

言葉だけを聞いているのではありません。

「この人なら話を聞いてみよう。」

そう思える安心感があって初めて、

言葉が心へ届くのだと思います。



それ以来、

私の中で目標が少し変わりました。

「いい法話をすること。」

ではなく、

「また会いたいと思ってもらえる人になること。」



だから私は、

法事が終わったあとも、

なるべく皆さんとお話をするようにしています。

「何か困っていることはありませんか。」

「暑くなかったですか。」

「喫茶去BOX(お菓子BOX)忘れずにお取りくださいね!」

時には、

「坐禅会やってみたらどうかな?」

そんなふうに、

私の方から教えていただくこともあります。



正直に言えば、

本当の声を聞くのは簡単ではありません。

皆さん、

とても優しい方ばかりです。

だから、

「失礼になるから。」

と気を遣ってくださる。


本音を言わずに帰られることも、

きっとあるでしょう。

だからこそ、

私は一回の反応で判断しないようにしています。

一度で分からなければ、

また次に聞こう。

一年で分からなければ、

十年かけて信頼を築いていこう。



私は、

「イベントを増やしたい。」

から動いているのではありません。

「エアコンを付けたい。」

から動いているのでもありません。

「坐禅会を開きたい。」

からでもありません。



私が本当に作りたいのは、

「安心して本音を話せるお寺」です。

その結果として、

「夏は暑いね。」

という声があれば、

本堂にエアコンを付けられるよう努力したい。

「もっと気軽に来たいね。」

という声があれば、

イベントを考えたい。

「坐禅をやってみたい。」

という声があれば、

坐禅会を開きたい。



私が決めるのではなく、

皆さんと一緒に、

このお寺に合った形を探していきたい。

それが今の私の願いです。



その時、修行道場で師匠に言われた言葉を思い出しました。

「そんなことをして何になる。」

あの時の私は、

「坐禅とはこうあるべきだ。」

という自分の正しさしか見えていませんでした。

今度は、

「お寺とはこうあるべきだ。」

という正しさを押しつけようとしていないだろうか。

そう自分に問いかけるようになりました。

修行は終わりました。

でも、

自分の思い込みに気づく修行は、

まだ終わっていないようです。


第四章 守りたいもの


修行を終え、お寺へ戻り、父と一緒にお寺を守るようになってから、考えることが増えました。

行事のこと。

檀家さんのこと。

将来のこと。

そして、もう一つ。

これから一緒に人生を歩む妻のことです。

来年から私は、兼務しているお寺で暮らす予定です。

そこは、お寺です。

当然ですが、お寺には檀家さんが来られます。

地域の方も来られます。

電話も鳴ります。

急なご相談もあります。

そう考えた時、私は一つの疑問が浮かびました。

お寺は、何時から何時まで仕事なのでしょうか。

そして、もう一つ。

どこからどこまでが、お寺で、どこからどこまでが家庭なのでしょうか。



正直に言えば、私はまだ答えを持っていません。

でも、一つだけ決めていることがあります。

私は、

家族を犠牲にしてまで、お寺を守りたいとは思いません。

この言葉だけを切り取ると、

「お坊さんなのに。」

と思われる方もおられるかもしれません。

でも、私の考えは少し違います。



家族を守れなければ、お寺も守れない。

私はそう思っています。



私の妻は、

お寺に嫁ぐことを選んでくれました。

それは決して簡単な決断ではなかったはずです。

休みと仕事の境界が曖昧で、

地域との関わりも多く、

普通の家庭とは少し違う暮らしになります。

そんな中で、

「ここなら安心して暮らせる。」

そう思える場所を作ることは、

私の責任です。

だから私は、改築を考えています。

贅沢をしたいわけではありません。

立派な家が欲しいわけでもありません。

ただ、

家族が安心して笑える場所だけは作りたい。



もちろん、お金の問題があります。

父とも、これから何度も話し合うことになるでしょう。

お寺のお金は、

私たちだけのものではありません。

檀家さんが守り続けてくださったものです。

だから簡単には決められません。

父の考えもよく分かります。

私の考えもあります。

きっとぶつかることもあるでしょう。

でも、

私は逃げずに話し合いたいと思っています。



修行道場で師匠から教わったことがあります。

「正しさ」を押し通すのではなく、

相手には相手の景色がある。

そのことを忘れない。

父にも、

妻にも、

檀家さんにも、

それぞれ守りたいものがあります。

だから私は、

「どちらかを選ぶ」のではなく、

どうしたら両方を守れるのか。

その答えを探し続けたいのです。



もしかしたら、

そんな都合のいい答えはないのかもしれません。

それでも私は、

諦めたくありません。

家族も守りたい。

お寺も守りたい。

檀家さんにも安心していただきたい。

地域にも必要とされたい。

欲張りだと言われるかもしれません。

でも、

それが今の私の本音です。



修行中の私は、

「正しいこと」を探していました。

今の私は、

「みんなが笑顔でいられる方法」を探しています。

この違いは、

私にとってとても大きな変化でした。



ふと考えることがあります。

もし、修行へ行かなかったら。

もし、あの時師匠に叱られなかったら。

もし、父とぶつからなかったら。

もし、檀家さんとの反応の違いを感じなかったら。

きっと私は、

今でも「自分が正しい」と信じ続けていたでしょう。



修行とは、

坐禅を組めるようになることでも、

お経を覚えることでもありませんでした。

人の景色を想像できるようになること。

それが、

私にとって一番大きな修行だったように思います。


最終章 だから私は、今も仏教を学んでいます。


ここまで読んでくださった方の中には、

「結局、仏教って何の役に立つの?」

そう思われた方もおられるかもしれません。

私は、その問いに今でも胸を張って答えることはできません。

なぜなら、

修行を終えたからといって、

悩みがなくなったわけではないからです。

父とも悩みます。

檀家さんとも悩みます。

これから家庭を築いていくことにも悩みます。

そして、

きっと十年後も、

私は違うことで悩んでいるでしょう。



昔の私は、

「正しい答え」を探していました。

修行にも正解がある。

人との接し方にも正解がある。

お寺のあり方にも正解がある。

そう思っていました。

でも、

修行を終えて思うのです。

人生は、

正解を知っている人が強いのではありません。

正解が分からないまま考え続けられる人の方が、強い。

私はそう思います。



師匠は、

私に警策の打ち方を教えたかったのではありませんでした。

父は、

うちわを否定したかったわけではありませんでした。

檀家さんは、

法話の上手さを求めていたわけではありませんでした。

妻は、

立派なお寺を望んでいるわけではありません。

私は、

ずっと「答え」を見ていました。

でも皆さんは、

「人」を見ていました。

そのことに気づくまで、

私はずいぶん時間がかかりました。



ある日、妻と食事をしていた時のことです。

何気ない会話の途中で、妻が突然言いました。

「修行へ行く前と比べて、変わったね。」

「どこが?」

私がそう聞くと、

少し考えてから、妻は笑いながらこう言いました。

「枝だった人が、幹になった感じかな。」

最初は、その意味が分かりませんでした。

妻は続けました。

「大学生の頃は、

もちろん優しかったけど、

どこかフワフワしていた。」

「今は、心に余白というか、

余裕みたいなものがある。」

「それが姿勢や態度にも出てる。」

自分では全く気づいていませんでした。

でも、一番近くで見てきた人がそう言うのなら、

少しは変われたのかもしれません。

怒ることもあります。

失敗もします。

落ち込むこともあります。

自分では修行前と何も変わっていないように思っていました。

でも、

こうして振り返ってみると、

一つだけ変わったことがあります。

以前より、自分を疑えるようになりました。

「本当にこの考え方だけでいいのだろうか。」

「相手には違う景色が見えているのではないか。」

そんなふうに立ち止まる時間が増えました。

もし、

それを「成長」と呼んでくださるなら、

それは私が坐禅をしたからでも、

お経を覚えたからでもありません。

たくさん失敗して、

たくさん怒られて、

たくさん悩んだからです。



修行道場で、

師匠に叱られた日。

父とぶつかった日。

法話をして、

思うような反応が返ってこなかった日。

その時は、

どれも苦しかった出来事でした。

でも今思えば、

あの日々が、

私の「当たり前」を少しずつ壊してくれていたのだと思います。



仏教には、

二千五百年以上の歴史があります。

でも、

私はその長い歴史が続いてきた理由は、

「正しい答えが書いてあるから」ではないと思っています。

人は、

時代が変わっても、

迷います。

悩みます。

怒ります。

誰かを傷つけます。

そして、

後悔します。

二千五百年前も、

きっとそうだったのでしょう。

だから、

今でも多くの人が、

仏教の言葉に耳を傾けるのだと思います。



私にとって仏教は、

人生の答えではありません。

人生と向き合うための智慧です。

そして、

その智慧は、

「こうしなさい。」

と教えてくれるものではありません。

「本当に、それだけだろうか。」

と、

静かに問いかけてくれるものです。



だから私は、

これからも迷うでしょう。

父とも話し合います。

妻とも話し合います。

檀家さんから教えていただくことも、

きっと数え切れないほどあります。

でも、

それでいいのだと思います。



この記事を書き始めた時、

私は、

「仏教って、結局何の役に立つの?」

という問いに答えを書こうとしていました。

でも、

書き終えた今、

思うことがあります。

もしかすると、

この問いには、

一つの答えなんてないのかもしれません。

十年前の私なら、

違う答えを書いたでしょう。

十年後の私は、

また違う答えを書くでしょう。

それでも、

その時その時で真剣に考え、

真剣に悩み、

真剣に人と向き合っているなら、

それで十分なのかもしれません。



修行へ行く前の私は、
枝のように揺れていました。

今も迷います。
今も失敗します。

それでも、
少しだけ幹に近づけているのだとしたら、

それは、
坐禅を組んだからでも、
お経を覚えたからでもなく、

人と向き合い、
自分の思い込みを何度も壊してきたからです。

だから私は、
明日もまた学びます。

仏教を学ぶというより、

人として生きることを学ぶために。


もしこの記事を読んでくださったあなたが、

今日一日だけでも、

誰かの言葉に腹が立った時、

「もしかすると、相手には違う景色が見えているのかもしれない。」

そう思い出していただけたなら、

私は嬉しく思います。

それが、

今の二十九歳の私が思う、

「仏教が役に立つ瞬間」だからです。



お世話になっております。

記録と闘う修行僧でした。


《あとがき》

本当に大変お待たせいたしました。

待たせすぎだ!そう思いますよね。

なかなか記事に取り掛かることが難しかった今回の議題。

言葉にできるようでできないこの歯痒い難しくも何とか訴えたい。

今の全てをぶつけるのに5日も無断欠勤しました。
本当にすみませんでした!

次回からは通常ペースに戻せるよう努めて参ります!

どうかまた見守ってくださると大変嬉しいです!
感想、質問等コメント欄に是非いただけましたら幸いです🙇‍♂️

梅雨がそろそろ明けますね。
体調に気をつけながら今日も明日もコツコツ頑張って参りましょうね🙏🙏

ありがとうございました🙇‍♂️🙇‍♂️

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