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📚知らぬが仏じゃ済まぬ仏教第6弾 2位「お坊さんって本気で信じてるの?」


お世話になっております。
記録と闘う修行僧です。

これまでこのシリーズでは

お布施や参拝の作法、戒名など、
仏教に関する様々な疑問についてお話してきました。

その中で、こんな疑問をいただきました。



お坊さんって本気で信じてるの?

・悟ってるの?
・疑わないの?
・悩まないの?

これは正直、

絶対に直接は聞けない質問だと思います。

だからこそ今回は、
私なりに正直にお話してみたいと思います。




🪷悟ってるの?


まずここからです。

「お坊さんって悟っているんですよね?」

もし悟っている人がいたとしても、

👉「私は悟っています。何でも聞いてください」

そんな話ではないと思います。



私の解釈では、悟りというのは

運動や勉強で言うところの
“コツ”のようなものに近いのではないかと思っています。

一生懸命続けていく中で、

あるきっかけを元に
一気に理解が進む瞬間がある。

そんな感覚です。



仏教には

👉 「衆生本来仏なり」

という言葉があります。

私たちはもともと
仏としての心を持っている。

それに気付いていきましょう、という教えです。



例えば

生まれたばかりの赤ちゃんは

・迷いなく泣く
・興味のあるものにまっすぐ向かう

そんな

👉 とらわれのない素直な心

を持っています。

これが、悟りに近い状態なのではないかと私は思います。



ただ、現実はそう簡単ではありません。

成長していく中で

出会い
別れ
喜び
苦しみ
怒り
迷い

様々な経験を通して
私たちは“自分なりの考え”を作っていきます。



物理学者の アルベルト・アインシュタイン はこう言っています。

「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである」



私たちが持っている常識は、

👉 それぞれ違う“自分の常識”

です。

だからこそ、

人と人との間で
すれ違いが起きる。



でもそれは悪いことではなく、

👉 違いがあるのが当たり前

なのだと思います。


🪷疑わないの?悩まないの?


結論から言います。

👉 疑いますし、迷います。



むしろ、

疑うことや迷うことが
いけないことのように感じてしまう方もいるかもしれません。

でも私たちは

👉 人間です。

欲もありますし、迷いもあります。



般若心経には

お釈迦様の智慧、
つまり悟りの境地が説かれています。

私もすべて理解できているわけではありませんが、

一言で言うと

👉 「物事にとらわれすぎない心」

これがとても大切なのではないかと感じています。



欲を無くすことはできません。

でも

欲を持つ自分
とらわれる自分

それを

👉 一歩引いて見つめる



その上で

・このまま進むのか
・考えを変えるのか



👉 淀みのない心で選んでいく



それが

自分を救い
他人をも救う

👉 自利利他の生き方

なのではないかと、

未熟ながら私は考えています。


🪷信じているの?


これも難しい質問です。

正直に言うと、

👉 信じている側なのだと思います。



なぜなら

仏教は

何百年、何千年と
受け継がれてきたものだからです。



・先人が残した言葉
・今も続く寺院
・檀家さんとのつながり
・守られてきた仏像

これらはすべて

👉 信じる心によって繋がれてきたもの

だと思います。



ただ、

👉 これが絶対だと決めつけるつもりはありません。



今の時代は

様々な考え方があります。

だからこそ

仏教の教えを大切にしながらも、

👉 他の意見にも耳を傾ける



その中で

👉 自利利他の心で生きていく

それが今の自分の在り方です。


🪷最後に


お坊さんも

👉 悩みます。
👉 迷います。
👉 考え続けています。



だからこそ、

同じように悩んでいる方と

👉 一緒に考えていけたら嬉しいです。


🧭よろしければ教えてください


・実はずっと気になっていたこと
・今回の記事の感想
・ランキングの中で気になるテーマ

皆さんの声をもとに
このシリーズを続けていきたいと思っています。

今週もありがとうございました。

皆様が気になる核の部分だったかと存じます。

きっと他の和尚さんに聞いてみたら、また違ったもっと素敵なお話を聞けるかと思います。

20代の若僧の呟き程度に思っていただけたら幸いです。

10年後は、もっと社会を学んでいて、もっと的の得たことを言えていたらいいなぁと欲をかいたりしております笑

また来週もお楽しみくださいませ!

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