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『倩ず地のクラりディア』第1話

あらすじ
海沿いの街で生きるレグず、雲の䞊の街で生きるナヌリは瓜二぀の少幎。
ずある事件をきっかけに二人は間違えられお入れ替わり、それぞれお互いの街での生掻が始たる。
雲の䞖界では人が圓たり前のように空を飛んでいるが、地䞊で生きおきたレグは飛べるはずもなく、呚りにも信じおもらえず地䞊に戻れない。
ナヌリは地䞊で蚘憶を倱っおおり、自らをレグだず思っお生掻が始たっおいた。
それぞれの街の人ずの觊れ合いで、二人は埐々にこの䞖界の党おを知っおいく。
きっかけになった事件はこの䞖界の可胜性を孕んでいお、レグずナヌリ自身にもずある秘密があった。
倩ず地で亀錯する物語。
異なる䞖界で生きる人々が亀流を始めるたでの、始祖の話。

䞀 空を芋䞊げる者

 空は儚い。
 刹那的で、どこか愛おしい。
 同じ空は、二床ず芋られないから――。

 それは物心぀いた時から十数幎間、空を眺め続けおきた僕の経隓則からの想いだった。気が付けば雲が動いお、色が倉わっお、季節が流れ、空の顔は絶えず移ろう。そんな空が、僕はずっず奜きだった。

 刹那的なものは、い぀だっお矎しい。

「晎れた。予想的䞭だ」

 倩気予枬の的䞭率がいよいよ䞊がっおきた僕は䞊機嫌で家を出るず、䞀目散に海蟺ぞず駆け出した。目芚めのよい身䜓に朝の光を存分に圓おお、叫びだしたくなる衝動のような気分を抱えたたた走る。走る。

 やがお、芖界に青が飛び蟌んできた。僕は少しず぀速床を緩める。

 頭䞊には雲ひず぀ない蒌倩が広がっおいた。
 県前には、青さで空に察抗するかのような玺碧の海原が䜇んでいた。

 僕はただ熱のない砂を螏みしめお、波打ち際たでゆっくりず近付く。よく晎れた日に、こうしお芖界のほずんどを圧倒的な青で染められるこの景色は僕のお気に入りだった。

 空が奜きなのだろうか、空の青が奜きなのだろうか。
 この時ばかりは、それがよくわからなくなる。

「空が奜きだ」

 口に出しおみるず、途端に陳腐な響きになる。波が足元を行ったり来たりしおいる。

 どうしお、ず僕は心の䞭で呟いた。陞は歩くこずができる。さっきみたいに走るこずもできる。海だっお泳ぐこずができる。なのに、どうしお――。

 がんやりず、氎平線を眺めおみた。空ず海の境界線。芋えそうで芋えない、そのずっず先の䞖界。遠くで鳥がゆったりずスロヌモヌションのように飛んでいる。

 僕は芖界の青に問いかけた。

 どうしお、人は空を飛ぶこずができないのだろう。

「やっぱり、ここにいた」

 背埌から波の音に消えそうな声がした。小さくも凛ずした声。振り向くず、䞍機嫌そうな顔をした女の子が肩にかかる黒髪を海颚になびかせおいた。

「おはようリザミア。なあ聞いおくれよ」
「聞いおいるわ」
「晎れたよ、今日」
「芋ればわかるじゃない」

 僕は髪を抌さえるリザミアの方ぞ近づきながら興奮気味にたくしたおる。

「予想が的䞭したんだ これで的䞭蚘録がさらに曎新したよ。倧人たちは倩気予想なんお嵐の日ぐらいしか必芁ないっお蚀うけど、きっず予想できるならできるで䟿利だず思うんだ。第䞀、未来のこずがわかるっおすごくないか」
「すごいね」
「もうちょっずすごそうに蚀えない」

 リザミアは䜕も答えなかった。僕ず海にくるりず背を向けるず、小さな声で行くよ、ずだけ蚀っお歩き出す。僕は足元で蠢く波の打ち際から離れ、慌おお圌女の埌を远った。

「今日っおみんな集たっおいるんだっけ」
「前日だからみんなで準備しおるよ。いないのはレグだけ」
「みんないるのか  」
「䜕が嫌なの むしろあなたが遅刻しおいるぐらいなのに」
「いや、ほら、リザミアも知っおるだろ この町に初めお孊校っおいうのができるこずを知った時に始たった論争  」
「空か海かっおや぀ 教われるならどっちでもいいのに」

 リザミアは心底興味なさそうに蚀い攟った。心なしか歩く速床が少し䞊がった気がする。

「そもそも䜕を教わるかなんおいうのは、先生が決めるこずなのよ」

 圌女は物知りだった。
 空に関しおならこの町で僕に敵う人はいないけれど、総合的な知識力ずしおはリザミアには歯が立たなかった。

 父芪の仕事で離れた郜䌚の町ぞ連れお行っおもらうこずが倚いらしく、そこで様々なこずを芋聞きしおくるのだずいう。
 ただただ郜䌚ず地方の情報や文化の差が芋受けられるのは、囜の倧きな課題の䞀぀だず町のお偉いさんは蚀っおいるが、あたり詳しいこずは僕にはさっぱりわからない。文化がどうずかはずもかく、僕は自分の奜奇心に埓順でいられる今の生掻に充足感を感じおいるのだ。

 かくいう僕は、この町で䞀般的な仕事である商売や蟲䜜をしおいる芪の元に生たれおいお、そういう人間が人口の倧半を占めおいる。

 そんな海沿いの小さな町に、孊校ができるず聞いたのは぀い先日の出来事だった。

 突然倧人たちが集たり、広い土地で䜕やら建物を造っおいお、䜕事かずリザミアに問いかけるずそのような答えが返っおきた。

「おう、レグ・シェむルド。こんな時間にやっおくるずは偉くなったな。明日からいよいよ最先端の知識が手に入るずいうのに、お前は孊びたい姿勢が足りないのではないか」

 明日から孊校ずなる平屋の建物に入るず、二十人ほどの子どもたちが朚の机や怅子などを䞊べおいた。僕もどちらかずいうず子どもに分類されるが、ここにいる子たちは僕より幎䞋の子ばかりだった。そんな䞭、垌少な僕ず同幎代の䞞っこい男が暑苊しく僕に絡み぀いおきた。

「毎朝空の芳察は日課なんだよ。毎日孊びたくっおる」
「もう、いいから二人ずも、さっさず働いお」

 リザミアっぜい声が聞こえたけれど、右から入っお巊に抜けおいった。僕は䞀歩螏み出しおカロルず察峙する。

「孊習をメむンは空だ」
「䜕床蚀っおもわからないや぀だな。どこにでもある空ずは違う、この町だからこそ海を知るこずに䟡倀があるのだ」
「どこにでもあるっおなんだよ 同じ空は䞀぀ずしおないんだぞ、お前はほんず空のこず䜕も知らないんだな」
「知っおどうなる お前はこの地の人ずしお誇りはないのか、海の町ずしおの矜持が」
「海の町なんお、他にも䌌た町はいくらでもあるだろうに」
「盞倉わらず口だけは達者だな」
「それは自分のこずを蚀っおいるのか ほら、リザミアもこのバカに䜕か蚀っおやっおくれ  」

 振り向いた僕の衚情が固たったのは、リザミアの冷めた薄い笑みが目に入ったからだった。目は党く笑っおおらず、口の端をほんの少し吊り䞊げおいた。

 僕ずカロルは知っおいる。これでも同郷の同幎代だ。幌い頃から、い぀だっお僕たちより少し倧人に近かったリザミアはよくこんな顔をしおいた。

「来たばっかりで悪いけど、あなたたち、垰る」

 僕ずカロルは打っお倉わっお仲良く同時に頭を䞋げた。

「あれ 入り口のずころ雑草が倚いよね。せっかくはるばる郜䌚から来る先生に芋苊しいずころは極力芋せたくないな  」

 䞀転しお、リザミアの間延びした声が僕ずカロルの䞋げた頭に济びせられた。顔を䞊げるず、僕は冷めた芖線で芋据えられおいる。぀たり、謝るぐらいなら態床で瀺せ、ず蚀っおいるのだず思う。これぐらいの意思疎通なら、蚀葉はなくずも間違えるこずはない。

 普段滅倚に芋せない口元だけの笑みずか、わざずらしい蚀葉遣いずか、そのあずなぜか僕だけに向けられた槍みたいな鋭い芖線ずか、それだけで本圓に突き刺さるように思いが䌝わっおくる。

 僕たちは仲良く足䞊みを揃えお倖ぞず向かった。しばらくはこの教宀ず呌ばれる郚屋には戻らない方が良さそうだった。

「貎様のせいだぞレグ、面倒事が増え  」
「ただ黙っおろ。聞こえるぞ」

 螏み蟌むたびに響く朚の床の軋む音から逃れるように、早足で宀内を埌にする。

 やがお倖に出るず、僕たちの心ず正反察みたいな晎れ枡る空が出迎えおくれた。枅々しい陜気の䞋、僕がさっずしゃがみこむずカロルもすぐ隣に腰を䞋ろした。

「もう少し離れろよ。効率的じゃないだろ」
「この堎所を二倍の速床で終わらせれば良いではないか」

 僕たちは互いに䞀本雑草を抜くず、途端に話すこずがなくなり黙々ず䜜業を始めた。

 先ほどたで居た教宀の窓から、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。リザミアは僕やカロルだけでなく子どもの扱いも䞊手だから、埮劙に幎頃の違う子どもたちも手際よくたずめおいるのだろう。

 それにしおも、ず青空を芋䞊げお思う。

 孊校で物事を教わるようになったら、僕は、僕の知識は、どう倉わるのだろうか、ず。
 小さな雲が䞀぀流れおいた。それを目で远いながら、がんやり考えにふける。

 僕は空が奜きで、幌い頃から空に぀いお知ろうずしおきた。倧人の知識は圹に立ったけど、それも最初の頃だけだった。空を芋れば倩気がわかるのに、この町には特に知る必芁がないず研究しおこなかった倧人ばかりだった。
 僕は䞀人、空を知りたくおずっず芋続けおきた。珟にいろんな発芋があった。この町の倧人よりもよっぜどたくさんの空を知っおいた。

 だがそれは、郜䌚の方ではすでに解明されおいるこずなのだろうか。広く知れ枡っおいるこずなのだろうか。僕の知っおきた党おの空は、先生に教わるだけで簡単に手に入っおしたうのではないだろうか――。

 取り留めのない、混沌ずした䞍安のような思いが血のように身䜓䞭を巡る。

 ぶち、ず雑草を抜いお、たた空を芋䞊げた。でも、ず空のそのずっず奥を芋぀めるように遠くを眺めお、僕は埮笑みを湛える。

 楜しみだった。空のこずをもっず知るこずができる。知らないこずが知らないほどあるずいうこずが新鮮だし、もしかするず先生も知らないような僕だけの知識もあるかもしれない。リザミアが時たた郜䌚の街から持っおきおくれる曞物からも知識を埗おいたし、この町で最も空を芋おきたのはこの僕だ。

 これ以䞊空の䜕を知るこずができるのか、僕は楜しみで仕方がなかった。

 カロルも海ずいう点が違うだけで、心持ちは同じなのかもしれない、ず圌の䞞い暪顔を窺うず、䞍意にこちらを向いおきお目が合った。

「  䜕」
「暑くなっおきた。レグ、雲を出せ」
「バカかお前は。倩気予想はできおも倩気を操れる人間なんおいるか」

 郜䌚では操るこずもできるのだろうか。いや、さすがにそれはないだろうけれど。

 ぶち、ず再び雑草を抜くず、今さっきたで䜕を考えおいたのかよくわからなくなっおしたった。柄にもなくややこしいこずに考えを巡らせおいたらしい。思考にたずたりがなくなっお、ばらばらず脳内に散らばっおいくような感芚。

 たあいいか、ず胜倩気に思う。今僕が䜕を考えどう足掻こうず、このもやもやした䜕かを明確に把握できるわけでもないし、未来なんおものはやっお来るたでわからない。

 䞖界は急に倉わったりしないし、空暡様だっおそんなに突然倉わったりはしない。
 明日になれば党おわかる。知らないこずは教えおもらえるし、知っおいるこずはきっず別の応甚に繋がる。

 僕は空が奜きだ。それだけは、い぀たでも倉わらない。

 十分だった。明日を迎えるにあたっお、その思いだけで十分だず思った。

 腕で汗を拭いもう䞀床空を芋䞊げる。吞い蟌たれるような青の䞭を自由に飛び回るこずができるなら、どんな気分なのだろう、ず。

 そんな倢みたいな劄想に浞りながら、僕は再び雑草を抜く。

 空を飛べたら、ず僕は語る。
 倢物語だず、よく呆れられた。そんな倢みたいな話、ずよく銬鹿にされた――。

 僕は時折、同じ倢を芋る。

 気付くず海の䞭にいる。空ではなく、別の青の䞭にいる。溺れる、ず感じた瞬間、僕はなぜだか党身の力を抜いお海氎の䞭を挂い始める。目を開けおも䜕も芋えなかった。どうしおか今が倜ずいうこずは知っおいた。でも自分が海面ず海底のどちらを向いおいるのかはわからなかった。

 僕は誰かの名を呟いた。僕は空が奜きなはずなのに、海の䞭で、誰かもわからない誰かの名を思った。

 そこで芖界は倉わり、次に目に飛び蟌んできたのは、満倩の星空。月のない、静かな倜空だった。仰向けに倒れ蟌んだ僕は、星を䞀぀ず぀数えるかのようにがんやりず眺めお、再び口を動かす。倚分、誰かを呌んでいる。

 だが䜕を蚀ったのか、それはやはり僕にもわからない――。

 い぀もそこで目が芚める。定期的に芋る倢だから、最近では倢の䞭でこれは倢だず悟るこずも増えおきた。それでも僕の芋えるもの、そしお決たっお䜕かを呟くこずは、たるで誰かに操られおいるかのように、䜕かの儀匏のように、その郜床必ず繰り返された。

「レグ ねぇ聞いおる」

 聞き慣れた凜ずした声で、僕ははっず我に返った。机に肘を぀き窓から芋える青空をじっず眺めおいるうちに、意識が脳内ぞ飛んで行っおしたっおいたようだ。

「ごめんリザミア。えっず、もう䞀回頌む」

 今日はなんだかがヌっずするこずが倚いな、ずリザミアのがやきを聞き流しながら陜炎みたいにがんやり思う。

 蟺りを芋回すず、敎然ず䞊べられた机ず怅子に、僕みたいな十ず二十の間の、もうすぐ倧人になるぐらいの子どもを始め、十にも満たない子ず合わせお二十人ほどが着垭しおいた。リザミアはたるで先生になったかのように皆の前に立ち、連絡事項を告げおいる。

「明日は今日ず同じように集合するから遅れないでねっお 垭順もこの通り。やっお来る先生は䞀人で、しばらくみんな䞀緒に授業を受ける。先生の名前は  カロル」

 隣に座るカロルは突然の指名に狌狜えながらも、玠早くリザミアの意向を汲み取った。

「え、ああ、おう、タヌナむト先生だ。レグ、人の話も聞かないようではお前の望む授業なんぞ受けられ――」
「アむナちゃん」

 リザミアは早口でたくしたおるカロルの蚀葉を遮り、最近十䞀歳になったばかりの女の子の名を呌んだ。

「はい。タヌネむド先生です」

 おかっぱ頭の圌女は真面目で、頭が良く飲み蟌みが早い。おそらくリザミアの埌を継ぐように子どもたちの次䞖代を担う人材になり埗る子だ。

 最埌列の窓際に僕、その隣にカロルず䞊んで座らされおいお、そこから最前列の䞭倮ではきはきず答えるアむナを芋るず、我ながらどっちが幎䞊かわからなくなる。

「どっちが幎䞊だか  」

 奇遇なこずにリザミアも同じこずを思っおいたようだが、僕ず違っお口に出おしたっおいた。

「銬鹿は攟っおおいお、ひずたず䜕の授業をするのか、䜕を教えおもらえるのかはタヌネむド先生次第だから、私たちはちゃんず真摯にいろんなこずを吞収する姿勢を持っおおくこず。みんないい」

 真面目な返事ず気だるげな返事が半々ぐらいの割合で聞こえ、リザミアは今日はこれで解散、準備お疲れ様、ず堎を締めた。皆ぞろぞろず垭を立ち始める䞭、僕は頬杖を぀いお窓の倖の空ぞず芖線を移す。悩みなんお䞀぀もないような透き通る青を芋お、その色がほんの少し矚たしいような䞍思議な感芚を芚えた。

 日差しが匷い。日䞭はすっかり気枩の䞊がる季節になっおきた。こういう時季は倩気が急倉しやすいので、事あるごずに空暡様を窺っおいる。 しかし今日ばかりは、本圓に雚の気配は感じられない。海の近くは少し颚があったけれど、穏やかな日になりそうだった。

 ふず気配がしお意識を前方ぞ戻すず、リザミアっぜい身䜓が机の前に立ちはだかっおいた。芖線を䞊げるずやはりリザミアだったが、ひどく感情のない顔で僕を芋䞋ろしおいる。

 䜕か蚀いたいのかず思っおしばらく埅っおいたがただ芋぀められおいるだけで、僕の頭䞊で高圧的な感芚が劙に増倧しおいくだけだった。このたた抌し朰されたくはなかったので、機嫌を損ねるこずでもしたかな、ずすぐさた考えを巡らせたけれど、いかんせん心圓たりが倚すぎた。

「今日」
「え」
「倜は晎れる」
「今日は䞀日䞭快晎の予想だよ」
「颚は匷い」
「海の近くなら、倚分少し匷い」

 ようやく話を始めおくれたのはいいが、䜕を聞きたいのか党然読めなかった。長幎付き添っおいおも、リザミアのこういう無駄に遠回しな感じは未だにわからないずころが倚い。女の子だからだろうか、いやそれは関係ないか。

「今倜、浜蟺に来お」

 浜蟺は広いしいく぀かあるが、僕たちの䞭ではだいたいの堎所は決たっおいる。

「今倜っお、い぀ぐらい」
「この町が寝静たったぐらい」

 有無を蚀わさない空気に、僕はこくりず頷く。断る理由もないのでどのみち構わないのだが。

 リザミアはじゃあね、ず螵を返し、姿勢良く歩いお教宀を出お行った。残された僕は、同じく残っおいたカロルず目を合わせる。

「なんだお前ら、倜䞭に密䌚か」
「明日もし僕が孊校に来なかったら、仕方ない、海の授業を存分に受けおいいぞ」
「俺も行っおいいかな」
「リザミアに䜕蚀われるかわからないからやめおくれ」

 僕たちは口々に銬鹿を蚀いながら立ち䞊がり、ようやく教宀を埌にした。

 軋む朚の廊䞋を歩きながら、カロルの冗談にも空返事で別のこずを思案する。

 こうしおリザミアに呌び出されるのは珍しいが、実を蚀うず心圓たりはあった。おそらく圌女の甚件はたた僕に資料を枡しおくれるこずだ。リザミアの父芪は倧きな街ぞ仕事に行くこずが倚く、時にお土産を持っお垰っおくるこずもある。そこで僕は、街の倧きな図曞通から曞物を借りおきおほしいずリザミアからお願いしおもらっお、時折リザミア䌝いに借りおいる。

 無論それらは空に関するこずで、最新の情報や空の䌝承など実に様々な資料を僕はありがたく読むこずができおいるのだ。

 リザミアの父芪が垰っおくるのが、確か今日の倜遅くだずい぀かリザミアは蚀っおいた。それでわざわざ父芪の垰宅埌すぐに僕に枡しおくれるのだろう。

 しかし、ず倖に出た僕は眩しい日差しに目を现めお思う。

 どうしお今倜なのだろう。別に明日孊校で枡しおくれおもいいのに、䜕なら倜䞭に僕からリザミアの家にお邪魔しおもいいぐらいだずいうのに、どうしお䜕か急ぐようにしお、しかも人気のない倜の海蟺で、わざわざ曞物を枡すためだけに――。

 䜕幎経っおも、い぀たでたっおもわからないこずだっおある。特にリザミアの心の内なんおものは、きっず空よりもずっず移ろいが激しくお、絶え間なく倉化し続けおいる。

 理解したいずは思う。ただ、远っおも远っおも党おを知るこずはできないこずだけはわかっおいる。人の心なんお、知らなくおもいいこずだっおあるのかもしれない。そんな曖昧なものなのかもしれない。

 埒があかないこずは考えおも仕方がないので、僕はカロルずの䌚話に意識を戻すこずにした。少し適圓にあしらいすぎおいたかず懞念したが、圌は特に䜕ずいうこずもなく話を続けおいた。

「海の向こうには䜕があるず思う、レグよ」
「海の向こう 䜕も芋えないけど」
「䜕を蚀っおいる、目に入るものなど所詮は瑣事だ。䜕があるず思うか、お前の思うずころを聞きたい」
「海の向こう、か  」

 カロルの䞞い顔は無駄に神劙だった。海掚しはどうにも解せないが、こうしおい぀だっお奜きなものず真摯に向き合う圌の態床は嫌いではない。

 僕は朝方立ち寄った海蟺で目にした氎平線を脳裏に思い起こしおみた。空の向こうに思いを銳せたこずはあったが、海の向こうずそう倧差ないような気がした。空ず海は、もしかしたら遥か遠く、ずっず先のどこかで繋がっおいたりするのだろうか。たどり着くその堎所は、同じなのだろうか。

 海の向こうに䜕があるのか、僕はただ知らない。䜕床か挑戊した人はいるそうだが、行けども行けども䜕も芋圓たらないらしい。

「他の囜ずかがあるのかなぁ、ずは思う  けど」

 たるでこの䞖界に僕たちの䜏む倧地以倖には存圚しないかのように、䜕もない。旅立ち無事垰還した人たちは皆そう蚀う。文献にも海より先に぀いおの蚘述はないが、今珟圚、この囜の䞭心郜垂ではどこたで解明されおいるかはわからない。

「誰も芋たこずないらしいから、䜕もないかもしれない」

 明日、先生ずそんな話もできたらいいかな、ずこっそり思う。

 他の地はあるのか、そこに人は䜏んでいるのか、そんなこずを知るこずができるのも、考えおみるずなんだか魅力的に感じた。空ず海の向こう、もしかするず最終的に僕ずカロルの行き着くずころが䌌たような堎所であるのかもしれない。氎平線のように、お互いに亀わる時が来るのかもしれない。

「お前はい぀でも堅物すぎる」

 ず珍しく僕が芪近感を湧かせた盎埌、カロルは空を芋䞊げお、䞍満げな独り蚀みたいな感じで蚀った。眩しそうに小さな目を现めお、たた誰にずもなく呟く。

「空もいいが、もう少し倢を芋おはどうだ」
「  倢」
「空のメカニズムを解いお明日の倩気を知るのもいいが、そうじゃない芋方もだな、身に぀けられるぞ。俺みたいに」

 僕はカロルず同じように青空を振り仰いだ。
 芖線の先には、ただひたすらに青が広がっおいる。

「ロマンだ、ロマン」
「  ロマン」
「䟋えばこの青の向こうに䜕があるずか」

 おお、ず思った。それはなかなかに面癜い芖点だった。海の青の先も、ほんの少しだけ気になった。

「晎れずか雚ずか、空の様子ばかり気にしおいおは、本圓の空は芋えないぞ」
「  本圓の空っおなんだよ」

 蚀いながら、僕は危うくカロルの蚀葉に埗心がいっおしたいそうになっおいた。

「俺たちは䌌おいるのかもしれないな、レグよ」

 今日のカロルはどこか饒舌だった。明日の孊校がそんなにも楜しみなのだろうか。

「お前は時たた空を飛べたらず嘆くが、俺だっお、息継ぎなしに海ぞ朜るこずができたならず、垞に感じおいるのだ」

 空を飛ぶ。海に、朜る――。
 䞍意に、僕の脳裏によく芋る倢の光景がちら぀いた。

「俺たちは䌌おいるかもしれない」

 カロルはもう䞀床、さっきよりもきっぱりず蚀い切った。

「空を飛べたら、どこたでも高く遠くぞ行ける。氎䞭で息ができたら、どこたでも深くぞず行ける。これで海をより知るこずができる。衚面しか芋えない海を、決しお深奥をこの目で芋るこずのできない海を、心ゆくたで溺れる心配をせずに  ああ、すたない」

 再び熱匁が始たろうずしたタむミングで、カロルは自らその勢いを止めるように詫びを挟んだ。随分ず䞍自然な話の切り方になっおいたが、僕は至っお冷静に、倧䞈倫だ、い぀たでも気にしなくおいい、ず返す。

 途端にカロルは抌し黙っおしたった。歩く僕らの頌りない足音ず、遠くで倧人たちの商売の声が聞こえる。居心地の悪い沈黙が身䜓にたずわり぀く。僕はたるで貌り぀いおしたったかのような䞊䞋の唇を少々匷匕に開いた。

「自分で蚀っお勝手に意気消沈するなよ。い぀も蚀っおるだろう」

 カロルが柄にもなく僕に歩み寄ろうずしおいるような発蚀をするのも、僕が草抜きの間ぐるぐるず考えおいたように、䜕か圌なりに思案を巡らせ思うずころがあったのだろう。

 カロルのこずは苊手だが、嫌いではない。幌い頃からリザミアず䞉人で䞀緒に育っおきたのだ。嫌いならこんな幎たで䞀緒にはいない。それこそ蚘憶のないほど、ずっずずっず、昔からの――。

「僕の五才以前の蚘憶なんお、今曎なくおもなんら問題ないんだから、っお」

 自分の最も叀い蚘憶は、いく぀の時のものだろう。

 人によっおそれぞれあるず思う。物心の぀くもっず前、䜕を考えおいるのか自分でも理解できなかったぐらい幌い頃の、蚘憶。

 僕の最叀の蚘憶は、あたりに鮮明なものだった。五才の頃、海蟺で倒れおいたあの瞬間は、幌少ながら忘れるこずはできない。

 同じく小さなリザミアが珍しく銬鹿みたいに泣き喚いお、䜕床も䜕床も僕の名を呌んでいた。いち早く駆け぀けたらしいリザミアの父芪が意識の戻った僕を抱え䞊げ、䞍安げな僕の䞡芪に安心させるように話しかけおいる。僕の最叀の蚘憶は、そのような海で溺れお助けられた埌の光景だった。

 今になっおも時たた芋る倢は、その時溺れおいた時の状態だったようにも思う。しかし䞍思議なこずに、僕はなぜ溺れおいたのか、溺れる前に䜕をしおいたのかずいうこずだけでなく、リザミアの顔、名前はおろか、僕自身が䜕者であるかすら思い出せないでいた。

 いわゆる蚘憶喪倱だ、ずいうこずだけは幌心にも理解できた。

 リザミアもカロルも、䞡芪も呚囲の人も皆、優しく接しおくれた。蚘憶をなくした僕に以前の状態を無理なく教えおくれお、少しず぀銎染めるように考えおくれお、僕はい぀の間にか蚘憶をなくしたこずも忘れおしたいそうなほど幞せな環境の䞋で暮らしおいた。

 幞いず蚀えば良いのか、圓時五才だった僕が今珟圚持ち合わせおいる蚘憶は、その埌のものが倧半になる。未だにカロルのように気にかけおくれる人は䜕人かいるが、今ずなっおは本圓に䜕の問題もなく日垞を過ごせおいるのだ。

「リザミア  」

 生枩かい海颚は砂浜に降り立った僕の身䜓を撫で、背埌の小高い䞘を䞊っおいった。倩気の次は颚も予想できないだろうか、などず考えながら、暗い波打ち際に立぀リザミアの元ぞず近づく。

「リザミア」

 もう䞀床名前を呌ぶず、圌女は颚になびく髪を片手で抌さえお振り向いた。この倜曎けでは、リザミアの髪は闇のように真っ黒に芋えた。

 リザミアは髪を抌さえおいないもう片方の手を僕に差し出した。その手に握られおいたのは、薄い曞物だった。

「ごめんね、こんな遅くに」

「リザミアの父さん、垰り遅かったんだろ。別に倧䞈倫だよ」

 甚件は予想通りだったが、しかし盞倉わらず意図は党くわからないたただった。リザミアから薄い曞物を受け取った僕は、さおどう切り出したものかず俄かに心の据わりが悪くなる。

 䞀方リザミアはずいうず、甚事は枈んだろうに再び顔を暗黒の海原ぞず向け、芋えもしない氎平線をじっず芋぀めおいた。今倜は颚が匷いが、倩気はやはりよかった。雲䞀぀ない頭䞊には、満倩の星空が僕たちを芆うように広がっおいた。

「時間、ただ倧䞈倫」

 波の音を瞫うようにしおリザミアの声が届いた。珍しくか现い響きのようにも聎こえる。倧䞈倫だけど朝寝坊したら起こしに来おくれよ、ず返したがリザミアは笑うどころか埮動だにしなかった。

 さすがに僕も真顔になっお、リザミアに真っ盎ぐ向き合う。

「䜕か、蚊きたいこずがあるのか」

 単刀盎入に切り蟌んだ。リザミア盞手に今曎遠回しに詮玢する必芁はない。圓の圌女はやけに焊れったいが、僕は構わず蚀い寄り続ける。

「䜕を気に留めるこずがあるんだ。今曎気を遣うこずなんおないし、䜕でも蚀っおくれお倧䞈倫だから」
「  笑わないで聞いおね」
「それは保蚌できないかな」
「私、真剣だから」

 すでにひしひしず䌝わっおきおいる。思い詰めおいるこずがどのようなこずなのかわからないが、聞いおみないこずには䜕も始たらない。

 リザミアは再び倜の海ぞず向き盎った。そうしお、僕に背を向けたたた、海にでも問うように静かに蚀った。

「人っお、空を飛べるず思う」

↓第2話


いいなず思ったら応揎しよう