月影堂クロイツェル
古書店街の一廓にある書肆月影堂の奥の間ではあまたの雑誌書籍古書が電子回路のように微細な光を走らせめくる頁の縁から手のひらへ青白いデータの粒が零れ落ちる。ラテン語の古文書は黄褐色の膜を帯びサンスクリット語の文字はネオン管の線のように瞬き触れるたびに微弱な電流が指先に伝わる。書棚の背骨は鋼鉄の梁と透明なケーブルで支えられており梯子はリニアのごとく磁力で宙空に浮遊する。椅子は超合金の関節を自在に曲げながら無人の空間で自律的に微振動サーカスを繰り返す。テーブルの隅に置かれたサンスベリアの葉脈は光ファイバーのようにデータを導きサボテンの針先は微細なセンサーと化してナノ秒の膜の変化を拾う。蔦はケーブルのように壁や書棚に絡まり触れるたびにバイオルミネセンスのごとく微粒子の光がスパークする。美少女を模した球体関節人形は金属の膝関節にLEDが埋め込まれ股間を晒したままバイオメカノイドのように周囲を照らしながら立ち尽くす。シーラカンスのオブジェの表面はホログラフィックに層を分け見る角度によって擬態魚のように七色のウロコの形状を変える。アンモナイトの化石は右巻きであれ左巻きであれ精緻な構造で光を屈折させ、過去の時間をエレクトリックシグナルとして放電する。店内に据えられたママチャリの車輪は空気の抵抗を計算しながら回転し回転軸に仕込まれた小さなドングリがカラカラと無限の振動を刻むたびに時間が過去へと遡る。天井から照射されるプロジェクションマッピングの銀杏並木が極彩色に明滅しぎんなんの殻の微細な溝は蛍光灯を乱反射する。カウンターに飾られたピンクのコスモスは光速で花弁を振動させ風に乗った花粉は微弱な電磁波を空気中に送る。花瓶に活けられたススキは一本一本がセンサーになりあたりを通り過ぎる客やネズミの秋の気配を察知して記録する。レジの奥の卓上の富有柿は赤い果肉の中にツブツブのナノチップが埋め込まれており皿の上の二十世紀梨は薄皮の表面に電位差を生じ籠の中の天津甘栗は渋皮の繊維がシブく自己発光する。シャインマスカットのひと粒ひと粒に数百万冊のデータが蓄積されており表通りの朽ちかけた屋台の石焼き芋の白煙は螺旋を描きながら空気の層をかき混ぜ甘いノスタルジアの粒子となって秋空に飛散する。薄暮の残光はビルの谷間から差し込みホログラフィーのアキアカネ乱舞する書肆の奥にフラクタルな網目を描く。店主も客も誰もいない空間は電磁波と微振動と遺伝情報に満たされ古書も椅子も植物もすべてが列島本来の太古の四季の変化を取り戻そうとあまたの電子的な呼吸とともにバイオリズムに沿って未来へと曳航してゆく。📚️🍁
