Difference = Value【ななつぼしマラソン:02.21】
01|あの日のひと言
「星七の地元でマラソンを開催したい!“ななつぼしマラソン”はどうでしょうか?」

昨年度主将の田中悠登さんが、去年(2025年)3月8日の祝勝会パーティー後にそう言ったあの瞬間のことを、私は今でもはっきり覚えています。
その言葉も、勢いのあるひと言のように聞こえた人が多かったかもしれません。
でも私は、その言葉をどこか本気で受け取っていました。
田中さんは、本気と冗談の境界線を軽々と越えてしまう人だと大学3年間を共に生活してきてそう信じています!
周りが「さすがに無理でしょう」と思うことを、本当に形にしてしまいそうな力を持っている人です。
だからこそ、私はあの言葉を心のどこかにしまっていました。
いつか、もしかしたら。
そんな淡い期待とともに。
02|1年前に書いた夢
星七の訃報を聞いた日のことは、今でも鮮明です。
現実を受け止めきれずにいましたが、私は彼の訃報を聞いてから2ヶ月後の4月にあるひとつのnoteを綴り、投稿しました。
そこに私は、こんな言葉を残しています。
『さらに、私にはある夢ができた。
その夢とは前年度主将の田中(悠登)さんが言ったことの実現である。
それは「せなの地元でマラソンを開催したい!“七つ星マラソン”はどうでしょうか?」という、彼を偲んだレースを、彼の地元である大阪で開くこと。
さすがに規模が大きく、無理だろと思う人もいるだろう。しかし、田中さんならどこかやりそうな力を持ってるし、作りそうだなって勝手ながら信じている笑。
私はそこへ微力ながら何かできないだろうか?
数年後、数十年後、はたまた、全くできないこともありえるだろう。ただ、挑戦はしてみたい。』
あのときは、本当に『夢』でした。
現実味なんてほとんどありませんでした。
でも、あの文章を書いたことで、自分の中で一つの覚悟が生まれていたのだと思います。
あれから1年。
その夢は、誰かの本気と、たくさんの人の想いによって、2026年2月21日についに現実になりました。
03|星七の地元で
2026年2月21日。
場所は 服部緑地の陸上競技場と公園内特設コース。
星七の地元・大阪で、「ななつぼしマラソン」が開催されました。

テントや多くのスポンサー様のバナーが並び、
受付があり、
参加者の列ができ、
スタッフが走り回る。
目の前に広がっていたのは、紛れもなく“大会”の風景でした。
1年前に「挑戦しよう」と書いた自分が、この光景を見たらどう思うでしょうか。
きっと、信じられないと言うでしょう。
でも同時に、「やっぱり」とも言う気がします。
夢は、口に出した瞬間から、誰かの現実になる可能性を持つのだと、この日強く感じました。
(下の写真は朝から準備している時の写真たちです)



04|まつこ、と呼ばれたトラック
私たち青学の同期やOBは、ゲストランナーとして参加し、私は中学生男子と一緒に3000mを走りました。
ラスト1周(2600m)までペースをつくる役目でした。


久しぶりに、あそこまでスピードを上げました。
膝も、肺も、心臓も、正直悲鳴をあげていました。
「きついな」と思う瞬間は、何度もありました。
でも、その苦しさの中に、不思議な温かさがありました。
外から聞こえる声援。
その中に、はっきりと聞こえる声がありました。
「まつこー!頑張れー!」
星七のお母さんと妹さんの声です。

トラックレースの中で「まつこ」という3文字を聞く日が来るなんて、思ってもいませんでした。
だからこそ、その言葉はまっすぐ耳に飛び込んできました。
苦しくて、足が重くなった瞬間。
その声が、確実にもう一歩を前へ出させてくれました。
応援とは、こんなにも人を動かすものなのだと、身体で感じました。
他にも同期や青学OBの人たちも久しぶりにトラックを走りました!みんないい表情で走っていましたね!(下の写真どうぞ〜↓)
















05|想いで繋いだ77分
その後はファンランで同期や田中さんと走りました。
笑いながら、時に思い出をふりかえりながら田中さんを先頭に2列に並んで走る時間は、どこか懐かしく、温かいものでした。
さらに『77分駅伝』では、OBも含めた青学のみんなで、1周約600mのコースを襷で繋ぎました。
順位も、タイムも、そこまで重要ではありません。
大切なのは、『誰のために走っているのか』ということでした。
襷を受け取るたびに、星七の名前が心に浮かびます。
走る人が変わっても、その想いは変わりませんでした。
あの77分間は、確かに一つの祈りの時間だったと思います。


06|勝負めし、ほうれん草鍋
星七の勝負めしは、ほうれん草鍋でした。


生姜がたっぷり効いていて、身体の芯から温まる味でした。
Nubの浩平さんが主体となり、約2000人分を用意してくださったと聞きました。
その数字だけでも、この大会がどれほど多くの人に支えられていたかが分かります。
湯気の立つ鍋を囲みながら、自然と笑顔がこぼれました。
美味しすぎて、私は2杯いただきました!
きっと星七は、「食べすぎやろ」と笑っていると思います。
そんな想像ができること自体が、少し嬉しかったです。
07|空へ
大会の最後、みんなで風船を空へ飛ばしました。
手に持った風船を見つめながら、『星七に届け』と心の中でつぶやきました。


そして田中さんの合図で手を離すと、色とりどりの風船が一斉に空へ舞い上がります。

あの瞬間、会場全体がより一層ひとつになったと思います。
みんなが同じ方向を見上げていました。
あんな光景は、きっと忘れません。
悲しみだけではない。
寂しさだけでもない。
温かさと、強さと、前を向く力が混ざった時間でした。
08|誕生日プレゼントの約束
今回、星七のお母さんや祖母、叔母の方々、妹さんやいとこ達とも、色んな話をしました。
私と星七の思い出を、笑いながら話せたことが、とても嬉しかったです。
星七とのエピソードが自然に交わされる時間は、悲しみの時間というよりも、星七が確かに『そこにいる』時間のように感じました。
そして大会を無事終えたあと、ふと星七の祖母と目が合いました。
その瞬間、胸の奥がきゅっとなりました。
今日という日を、誰よりも強い想いで見つめていたのは、きっとご家族です。
私はゲストランナーとして走らせてもらいましたが、本当の意味でこの大会を受け止めているのは、ご家族なのだと思いました。
気づけば私は、小走りで彼女のもとへ向かっていました。
「楽しかったです」「走れてよかったです」
そんな言葉では足りない気がしていました。
彼女は、私を見るなり、優しく笑ってくださいました。
「今日は星七に会いに来てくれてありがとうなあ。星七も喜んでる。」
その言葉を聞いたとき、
なぜか、私の方が救われた気持ちになりました。
しばらく星七の話をしました。
小さい頃の話、家での様子、今日の大会のこと。
そして、最後に
私はどうしても伝えたいことがありました。
「毎年、星七に『誕生日プレゼント』を渡しに来ます。
お供え物ではなく、誕生日プレゼントとして。毎年、彼に会いに来ます!」
少しだけ声が震えていたかもしれません。
それは、『約束』というよりも、『決意』に近いものでした。
亡くなったから終わり、ではなく。
思い出になったから過去、でもなく。
私は、これからも星七と関わり続けたい。
形は変わっても、関係は続いていくのだと、自分自身に言い聞かせるような言葉でした。
星七の祖母は、ゆっくりとうなずきながら、
「星七も喜ぶわ。きっと喜ぶ」
そう言ってくださいました。
その一言で、胸の奥にあった何かが、すっと軽くなりました。
ご家族の皆さんは本当に星七のことを誰よりも大切に想っていました。
今回、元気をもらったのは、間違いなく私の方です。
悲しみは消えません。
でも、悲しみの中でも笑える時間はつくれるのだと、この日教えてもらいました。
そして私は、これからも毎年、誕生日プレゼントを持って会いに行きます。
それは弔いではなく、
生き続ける関係の証として。

09|Difference = Value
今大会の数ヶ月前に、星七のお母さんからLINEが届きました。
「松ちゃん、パーカーいる?」
クラウドファンディングで制作された大会パーカー。
左胸には大会ロゴ。
背中には、星七が育てていた盆栽と
『Difference = Value』
の文字。


そして彼がある朝のスピーチで話した言葉、
「変人にこそ、価値がある」。
そのパーカーを着てる人たちをみながら1日を過ごし、私は何度も思いました。
本当に、ひとりひとりが価値のある存在だな
ということを。
速さも、立場も、肩書きも関係ありません。
この日ここに集まった全員が、それぞれの形で星七を想い、それぞれの形で走っていました。
違いがあるからこそ、価値がある。
その言葉は、確かにこの大会の中で生きていました。
そしてきっと、これからも生き続けていくのだと思います。
さいごに
この『ななつぼしマラソン』は、決して偶然に生まれた大会ではありません。
1年前のひと言を、本気で受け取り、
何度も話し合い、動き続け、形にしてくださった
田中さんをはじめ、星七のお母さん、志野コーチ、ななつぼしマラソン実行委員の皆さまの存在があったからこそ、実現しました。



きっと、簡単な道のりではなかったはずです。
会場の調整、
協賛のお願い、
クラウドファンディング、
準備、当日の運営。
目に見える部分の何倍もの時間と労力が、その裏側にはあったと思います。
それでも、『やろう』と決めて、
本当に『やり遂げた』。
その行動力と覚悟に、心からの敬意を抱いています。
この大会は、星七を想う気持ちが集まった場所でした。
でも同時に、実行委員の皆さまの本気があったからこそ、生まれた空間でもあります。
夢は、願うだけでは形になりません。
動く人がいて、支える人がいて、信じる人がいて、初めて現実になると思います。
その中心で動き続けてくださった皆さまに、
心から「ありがとうございました」と伝えたいです!
本当にありがとうございました!
そして1年前、私は
『ななつぼしマラソンの実現』を
とnoteで夢として書きました。
あのときは、ただ悲しみの中で必死に掴んだ未来でした。
でも今は違います。
この大会は、
星七がいないことを証明する場ではなく、
星七が今も生き続けていることを証明する場でした。
人の想いは、消えません。
行動になり、形になり、誰かの背中を押します。
『Difference = Value』
違いがあるからこそ、価値がある。
星七が残してくれた言葉と共に、
私はこれからも、自分の走り方で前へ進んでいきます。
そして来年も、再来年も、
誕生日プレゼントを持って会いに行きます。
それが、私なりの走り続ける理由です。
私もまた新たな夢を掲げ、そこへむけて挑戦しようと思います!
その私の夢は、近々報告します。
幸せな一日でした!
ありがとうございました!!

