見つけてしまった。|ある夏の、奇妙な観測記録
Parodyect MOON No.08
Original inspiration :Nyanchiisan
「ぬるぬる動く」
世の中には、
見てはいけないものがあります。
そして、恐ろしいのは、
覚えがないのに、
すでに向こうから
見つけられていること。
今夜ご紹介するのは、
一枚の画像を開いてしまった、
ある女性の物語です。
👁️
午前二時十三分。
彼女は薄暗いリビングで、
ソファの背もたれに深く身体を沈め、
片手でスマートフォンの画面を滑らせていた。
テーブルの上には、
飲みかけのペットボトルと、
読みかけの本。
窓の外では街灯が濡れた道路を照らし、
遠くを走る車の音が、
時折、夜の静けさを裂く。
部屋に響いているのは、
冷蔵庫の低い駆動音と、
壁掛け時計の針が進む音だけだった。
そのとき、
見知らぬアカウントから通知が届いた。
メッセージはない。
添付されていたのは、
一枚の画像だけだった。
白く細長い身体。
人形のように無表情な顔。
背中には、
金属とも髪とも
判別できない無数の輪が絡まり、
巨大な渦をつくっている。
画像の下には、6文字だけ。
ぬるぬる動く。
彼女は眉をひそめ、
画面へ顔を近づけた。
「何、これ……」
小さくつぶやき、
親指で画像を閉じる。
その瞬間、
部屋の隅に置かれたテレビの黒い画面へ、
白い何かが一瞬だけ映った。
彼女は息を止めた。
ゆっくりと振り返る。
カーテンがわずかに揺れている。
けれど、
そこには誰もいなかった。
👁️
翌朝から、
あらゆる場所に絡みつくような螺旋が現れた。
会社の机に置かれたクリップ。
紙コップのコーヒーに浮かぶ渦。
駅のつり革。
コピー機から吐き出される紙の端。
洗面台の排水口。
昨日まで気にも留めなかったものが、
今日はすべて、
彼女を呼んでいるように見える。
資料を読んでいても、
視線は文字から外れ、
ホチキスの丸みに吸い寄せられる。
会議中、上司に名前を呼ばれ、
彼女は肩を跳ねさせた。
「大丈夫?」
周囲の視線が集まる。
彼女は慌てて笑い、
両手で資料の端を押さえた。
「すみません。少し寝不足で」
けれど、
机の下では指先が小刻みに震えていた。
夜になると、
背後から金属を床へ
引きずるような音が聞こえた。
ギィ……。
ギィ……。
音は廊下の奥から、
少しずつ近づいてくる。
彼女は歯ブラシを握ったまま、
洗面台の鏡を見つめた。
…背後には誰もいない。
胸をなで下ろし、
水で口をすすぐ。
顔を伏せた。
そして、
もう一度目を上げた。
鏡の奥に、
白い頭が浮かんでいた。
細い首を傾け、
こちらを見ている。
彼女の手から歯ブラシが落ちた。
乾いた音が、
狭い洗面所に響く。
振り返る。
何もいない。
恐る恐る鏡へ目を戻すと、
白い頭も消えていた。
ただし、
鏡の表面には、
濡れた指でなぞったような螺旋が残っていた。
ここで彼女は気づく。
あれが近づいているのではない。
自分のほうが、
向こう側へ引き込まれている。
👁️
逃げても、螺旋はついてくる。
そして、
逃げようとするたびに増えていった。
彼女は会社を休み、
カーテンを閉め切った部屋で
画像を解析した。
パソコンの青白い光が、
やつれた頬と、
充血した目を照らしている。
画面を拡大すると、
背中の渦の内部に細かな線が見えてきた。
それは装飾ではなかった。
人間の脳波と、
ほとんど同じ形を描く
無数の螺旋だった。
後悔。
怒り。
羞恥。
言えなかった言葉。
忘れたふりをしてきた記憶。
終わったはずなのに、
何度も同じ場所へ戻ってしまう思考。
それらが一本ずつ絡まり、
あの背中の輪を形づくっている。
彼女は画面を見つめたまま、
自分の肩を抱いた。
怪異ではない。
呪いでもない。
これは、
考えることで増殖する感染だった。
画像を見た者の脳内には、
同じ螺旋が生まれる。
考えれば考えるほど深く刻まれ、
やがて神経も、骨も、
その螺旋の形へ変わっていく。
「違う……」
彼女は首を振り、
震える指で画像を削除した。
パソコンの電源を抜き、
スマートフォンを床へ叩きつける。
一度。
二度。
三度。
画面は粉々に割れ、
部屋は静寂に包まれた。
彼女は荒い息を吐き、
壁へ背中を預けた。
終わったーーーー
そう思った瞬間、
消していたはずのテレビが勝手についた。
暗い部屋に、
ニュース番組の明るい音声が響く。
画面には、
例の画像が映し出されていた。
ただし、
中央に立っていたのは、
白い怪物ではなかった。
彼女自身だった。

画像の撮影日時は、
明日の午前二時十三分。
撮影者の欄には、
彼女の名前が記されていた。
調べ続けた結果、
彼女自身が感染源になっていた。
明日の自分が画像を撮り、
昨日の自分へ送りつける。
始まりも終わりもない。
逃げようとした行動も、
すでに巨大な螺旋の一部だった。
背中で、
硬い針金のような金属が
皮膚を押し上げる感覚がした。
彼女は目を見開き、
ゆっくりと鏡の前へ立つ。
肩甲骨の間から、
黒い線が一本、
また一本と伸びていく。
皮膚を突き破り、
絡まり、
渦をつくり始める。
彼女は口元を両手で覆えた。
声にならない息だけが漏れる。
その隣で、
白く細長い身体が、
ぬるりと腰を落とした。
悲しそうな顔で首を傾け、
彼女と同じ輪を背負っている。
そして、
初めて口を開いた。
「ガラリーン」
それは名前なのか。
鳴き声なのか。
あるいは、
彼女の成れの果ての呼び名なのか。
👁️
翌朝。
一枚の画像が、
ある女性のスマートフォンへ届いた。
白く細長い身体。
背中には、
ほどけることのない巨大な渦。
そしてその隣には、
黒い輪を背負った女性が立っていた。
画像の下には、六文字。
ぬるぬる動く。
👁️
世の中には、
見てはいけないものがあります。
もっとも、
あなたがすでに
この話を読み終えているのなら——
画面を閉じる前に、
一度だけ背後を
確認したほうがいいでしょう。
先ほどから、
あなたの後ろで回っているその螺旋は、
本当に、
最初からそこにありましたか。
了
🌙観測note
ガラリーンを書く前に、
貞子先輩へご挨拶してきました。
読み終わる頃には、
テレビよりスマホのほうが少し怖くなります。
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🌙初めてMOONへ来られた方へ
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