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誰かの秘密は本の中に

メルカリで本を買った。新品ではもう手に入らない絶版で、ずっと探していた一冊。届いた封筒をハサミで切って、わくわくしながら本を開くと、ひらひら何かが床に落ちた。

栞かな、と思って拾い上げたのは細長くて白い紙だった。そこには緑色のペンで「お茶 花火 線香」と文字が書いてある。

前の持ち主の、買い物に行くときのメモが入っちゃったんだろうな。そう思って紙を裏返すと、もう一行書いてあった。

「ごめんなさい」
……ごめんなさい?

薄っぺらい紙に書かれた文字はとても綺麗な達筆で、だからなのか、その「ごめんなさい」は、こちら側になにかを伝えようとしている様に見える。

この持ち主は、誰に謝りたかったのだろう。買い物に一緒に行けない事を謝りたかったのか。そもそも、ここにメモがあると言うことは、買い物に行けたのだろうか。

いや、もしかして全然違う、もっと深い意味がありそうな気がしてきて、私は急いでアプリを開き、この本を出品した相手のアカウントを調べてみた。

履歴から辿ると、画面に表示されたのは、このユーザーは退会済みです。というメッセージだけだった。

早く読みたかったのに、完全に意識をそのメモに持っていかれてしまった。見ず知らずの他人の反省が、緑色の綺麗な文字を通してダイレクトに伝わってくる。

相手はどんな人なんだろう。どんな暮らしをしていて、なんでこの本の中にメモを挟んだまま手放したんだろう。

その夜、一気に本を読んだ。でも正直、物語を追いながらも、あの「ごめんなさい」が頭から離れてくれない。

読み終えた後、本棚には置かず、メルカリに出品した。なんだかこの本を自分のものにしてはいけないような気がした。驚いたことに、ものの数分で買い手がついた。

梱包するとき、あのメモをどうするかすごく悩んだ。だって、捨ててしまうのは、なんだかその人の想いを勝手に消してしまうみたいで。

結局、最初に挟まっていた辺りに戻してから、封をした。

次の持ち主は、本を開いてこのメモ書きを見つけた時、どう思うのだろう。私と同じように、見知らぬ誰かの暮らしや、ごめんなさい、の理由をあれこれ想像したりするのだろうか。

知らない誰かの記憶を乗せたまま、この本はまた次の人のところへと旅立っていく。

思えば、読書ってページを開いた瞬間に、今の自分がいるところから、ふうっと全く違う世界へ連れていかれる感覚がある。この本の場合は、開く前からすでに見知らぬ誰かの世界に足を踏み入れていたのだけれど。

古本を買うって、時には見ては行けない秘密に触れてしまうことがあるのかもしれない。手放したはずの「ごめんなさい」が、今も部屋の隅に漂っている気がしてならない。


……これは、本好きの想像から生まれた小さな創作でした。

そんな、生々しい誰かの秘密ではなく、鮮やかな物語の世界へ連れ去ってくれるのも、やっぱり本だ。

小説を愛するあなたへのプレゼント、だそう。

好きな人が集合している新潮文庫のアンソロジー。伊坂幸太郎さんに、恩田陸さんに、宮部みゆきさん……。

たった一冊で、まったく違う景色や、誰かの人生に飛び込んでいける。最高の贅沢!

ここには、七つの夏の秘密が詰まっている。この人にしか書けない言葉とか、この人にしか見えていない景色とか。その中に潜り込めるなんて。どれだけ深く迷い込んだって、ここなら全て物語のせいにしてしまえる。

明かりを少しだけ落として、最初のページに指をかける。今夜は誰の夏にお邪魔しようかな。

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