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Netflixは映像で、Spotifyは音楽で最強の理由──マンガはどうか?

Netflixでは日本の『今際の国のアリス』や韓国の『イカゲーム』など、非英語作品が世界中で大ヒットするようになりました。Spotifyの「Discover Weekly」は世界中の音楽好きから「怖いくらい自分の好みをわかっている」と支持されています。

「AIの時代はデータが大事」とよく言われます。では、なぜNetflixは映像の配信で最強なのか。なぜSpotifyは音楽のレコメンドで最強なのか。調べてみると、両社の強さの源泉はデータの「量」だけではなく、データの「意味づけ」にありました。

Netflixが映像で「届ける」仕組み

Netflixの革新的な点は、視聴者を国別ではなく「嗜好コミュニティ(taste communities)」で分類していることです。数千あると言われるコミュニティでは、地理ではなく「好み」でクラスタリングされます。

その結果、近年のNetflixでは非英語作品の視聴が全体の3分の1超を占めるようになりました。ある国でつくられた作品が、別の国の「同じ嗜好コミュニティ」に届く。「市場が小さいからつくれない」を「同じ好みの人は世界中にいる」に変換できる。

しかもNetflixは「アルゴリズム万能」に見えて、実は人間の編集が深く入っています。作品に短いタグを付ける運用があり、人間が「こういう気分のときに見たい」と言語化してあげることで、アルゴリズムが「届け分け」をうまくできるようになる。

同じ作品でもカバー画像をユーザーごとに変えるのは有名な話です。アクション映画好きにはアクションシーンのサムネイルを、ロマンス好きにはラブシーンのサムネイルを見せる。作品は一つでも、入口は複数つくれる。

つまりNetflixでは「人間の判断を、機械が読める形に変換して、大規模に届ける」という構造がある。コピーしにくいのはAIモデルそのものよりも、こうした意味の層を設計し運用し続ける組織能力です。

Spotifyが音楽で「届ける」仕組み

Spotifyのレコメンドが高く評価される裏には、「世界中のユーザーが手作業でつくった膨大なプレイリスト」の存在があります。

Spotifyは、ユーザーがつくったプレイリストを「文章」、楽曲を「単語」とみなしてAIに読み込ませています。「一緒に使われることが多い単語は、意味が似ている」という自然言語処理の法則を音楽に当てはめ、「世界中のプレイリストで頻繁に一緒に入れられている曲同士は、音楽的な関連性が高い」とAIに学習させているのです。

Spotifyの検索・レコメンデーション研究|Spotify Research

AIが波形データだけを分析しても、「テンポが速いロック」「静かなピアノ曲」程度の分類しかできません。しかし人間はプレイリストをつくるとき、「雨の日の夜のドライブ」「集中して勉強したい時」「失恋して泣きたい時」と、ジャンルやテンポを超えた「ムード」や「文脈」で曲をまとめます。音響データだけでは絶対に導き出せない「感情のラベル」が、何億件ものプレイリストを通じて楽曲に付与されているのです。

Spotifyには「人間の編集×アルゴリズム」で運用されるプレイリストがあり、まず人間の編集者が「ドライブ向き」「口ずさめる曲」のようなコンセプトを定め、候補曲のプールをつくる。その後でアルゴリズムが各ユーザー向けに曲を選び、並べる。人間が仮説をつくり、機械がスケールさせる分業です。

「届ける」だけじゃない。事業の意思決定も変わる

意味づけされたデータが変えているのは「届け方」だけではありません。何に投資し、どの市場に出るかという事業者側の意思決定も変わっています。

Netflixはデータで作品を創りません。共同CEOのテッド・サランドスは意思決定の比率を「70%が直感、30%がデータ」と語っています。では30%のデータはどこに効くのか。完走率や28日視聴のような「満足の代理指標」をもとに、どの作品にどれだけ投資するか、続編をつくるか、打ち切るかを判断する。データは「つくる」ためではなく「何に投資するか」を決めるために使われているのです。

しかもNetflixの技術論文によると、パーソナライズされたレコメンドによって実質的なカタログサイズは約4倍になるといいます。レコメンドがカタログの「長い尾」を使える市場に変えることで、ニッチな企画にも予算がつく。データの構造化が、多様な作品への投資判断を可能にしているわけです。

音楽の世界でも同じことが起きています。BABYMETALのプロデューサーKOBAMETAL氏は、リスナー層を分析するアナリティクスを「魚群探知機」に例えています。BABYMETALのリスナー数は1位が米国、2位が日本、3位がドイツ、4位がメキシコ。日本のアーティストなのにメインマーケットが米国なのです。2024年に初めて中南米ツアーを開催したのも、データから「多くのファンがいる」と判断したからでした。

K-POPの制作プロセスには、この構造がさらに色濃く表れています。K-POPでは「ソングキャンプ」と呼ばれる仕組みで、20〜25人の作曲家を集めて1週間缶詰めで曲をつくります。ただし、やみくもにつくるわけではない。A&R(Artist and Repertoire)と呼ばれる、アーティストの育成から楽曲制作・宣伝戦略までを統括する担当者が、曲のテンポ、引き出したい感情、音楽の方向性を明確に設定する。データで候補を絞り、A&Rがコンセプトを設計し、経営層が最終判断する。この分業構造こそが、K-POPがメガヒットを「量産」できる秘密です。

共通するのは「人間の判断 × データの構造化」という組み合わせ。意味づけされたデータがあるからこそ、「届ける」精度も、事業の意思決定の精度も上がるのです。

レゴブロックで考える「意味の地図」=オントロジー

ここまで見てきた「意味づけされたデータ構造」のことを、少し専門的に言うと「オントロジー」と呼びます。⋯⋯と書くと難しく聞こえますよね。レゴブロックで説明すると、きっと直感的にわかりやすくなります。

色も形もバラバラのレゴブロックが巨大な箱にごちゃ混ぜに入っている状態を想像してください。AIに「車をつくって」と指示しても、まず「車に使えそうなパーツ探し」から始めなければなりません。丸いだけの「お皿のパーツ」をタイヤと間違えるようなことも起きます。

一方、オントロジーが整った箱では、「これは『タイヤ』という概念」「『タイヤ』は『車軸』とつながる」「『車軸』は『車の土台』の下に配置される」という意味のネットワークが説明書として付いている。AIは論理的にパーツを集められるようになります。

オントロジーとは?

データがどれほど大量にあっても、「パーツの意味と正しいつなぎ方」が定義されていなければ、AIは本来の力を発揮できない。Netflixのタグ付けも、Spotifyのプレイリストも、K-POPのA&Rによるコンセプト設計も、まさに人間とAIがチカラを合わせて、この「説明書」をつくる作業だったのです。

マンガだったら、どうだろう?

私はマンガのプラットフォーム事業を展開するコミチのCEOですが、では、マンガ産業だったらどうでしょうか。

マンガには、ジャンル、連載媒体、作家名、巻数といった基本データはあります。しかし「少年マンガ」「バトル」「恋愛」といったジャンル分類は、レゴで言えば「色で仕分けしただけ」の状態です。「意味のネットワーク」にはなっていない。

しかも、マンガ産業で本当に「意味の地図」が必要なのは、読者に作品を「届ける」場面だけではありません。

出版社が「この作品をアニメ化すべきか」を判断する。アニメ制作会社が「次にどの原作を手がけるか」を選ぶ。グッズ会社が「どのキャラクターを商品化するか」を決める。マンガ・アニメ・グッズという三つの領域にまたがる、こうした事業者側の意思決定こそ、意味づけされたデータ構造が最も価値を発揮する場所です。

マンガ産業でも、作品の「体験としての意味」が構造化されていれば、「このマンガはどの国のどんな読者層に届くか」「アニメ化の市場ポテンシャルはどれくらいか」「どのキャラクターにグッズ需要があるか」といった判断の精度が変わるはずです。

マンガ産業における『意味の地図』の必要性

米国のマンガ市場は急拡大しており、2030年には約6,000億円規模になると見込まれています。問題は「どうやって届けるか」だけでなく、「何に投資するか」をどう判断するか、です。

AI時代に本当に大事なのは、データの量ではなく、データに意味を与える「地図」をつくること。マンガ産業におけるその地図づくりが、私たちコミチがやるべきことの一つだと考えています。

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