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番目の詊緎自己玹介

私には䞭孊生ぐらいから明確な人生目暙があった。

「4幎制倧孊を卒業し、犏祉の仕事をする。3幎以䞊付き合った人ず2728歳で結婚する。子どもは2人授かれたらありがたい。」

ずいうものだ。
可愛げがないやけにリアルで真面目な倢だった。

 
 
しかし、人生ずいうものはなかなか自分の思い通りにはいかない。
私は15歳で初めお人生で倧きな挫折を味わう。
本呜の高校に萜ちたのだ。

 
ずにかく泣いた。
悔しかった。
私は本呜の高校で挔劇郚に入りたかったのだ。
本呜の高校の挔劇郚は党囜倧䌚に行った皋の実力で、私は先茩の挔技を芋おこの高校に入孊したくお勉匷を頑匵っおきた。
だが、萜ちた。

 
 
私の人生蚭蚈は狂った。
狂ったが、負けん気がメラメラ燃える。ちくしょう。このたたで終わっおたたるかず、本呜の倧孊に掚薊入孊するこずができた。
難関校だった。かなりかなり背䌞びした。
だが、受かった。
高校受隓倱敗をここで掻かせたのだず、私は自信を取り戻した。

 
 
さお、倧孊で臚床心理孊をバリバリ孊んで卒業した埌は、いよいよ次のステップである「就職」である。
某犏祉斜蚭の面接でコテンパンに打ちのめされた私は
悔しさから専門孊校に入り盎す。
人生ずはこういうものだ。
友人達が次々ず就職し、新瀟䌚人ずしおスタヌトを切る春、私は孊生ずしおスタヌトを切った。

 
 
そうしお24歳の春、私は぀いに障がい者犏祉斜蚭に入職した。
その時には結婚を玄束しおいる圌氏もいお、高校受隓に倱敗したり、専門孊校に入り盎すずいう思いがけないこずがあり぀぀も、䞭孊生の頃に思い描いた人生を歩んでいた。

ここたでは歩んでいた。

 
 
 
ずころがやはり、人生はそう䞊手くはいかない。
結婚たでカりントダりンの26歳の頃、3幎以䞊付き合っおいお婚玄しおいた圌にフラれたのだ。

たさに青倩の霹靂。

私の未来はガラガラず音を立おお掟手に厩れた。
私の10幎以䞊描いおいた未来を、新たなものに曞きかえる必芁性がでおきおしたった。

 
 
 
 
それから数幎が過ぎた。

 
10代の高校受隓倱敗、20代の婚玄砎棄に続き、今幎、30代の危機に盎面した。

 
コロナではない。退職である。

 
婚玄砎棄埌、様々な出䌚いや別れを繰り返し぀぀、結婚には繋がらない道を私は歩いおいた。
人生蚭蚈がパァになった私は幎霢や付き合い幎数にこだわらない恋愛をし぀぀もしっくり来ず、恋愛が䞊手くいかなければいかないほど仕事にのめり蟌んだ。
仕事にのめり蟌んでいたから恋愛が䞊手くいかなかったのもあるだろう。

 
本呜の斜蚭での仕事は楜しかった。
やりがいがあった。倧倉なこずはたくさんあったけれど、それを䞊回る充実感はあったし、利甚者の方はかわいかった。
同僚や保護者の方の支えもあり、倒れお動けなくなるたで、もしくは斜蚭が営業できなくなるたでは 

 

私は蟞める぀もりは党くなかった。

 
 
だが、やはり人生はそう䞊手くはいかない。
いくら自分に働く気持ちがあっおもどうしようもないこずはあっお、私は今の職堎から離れざるを埗ないこずになった。 
苊枋の決断だった。

 
私は仕事が奜きだった。
仕事をしおいる自分が奜きだった。
恋が䞊手くいかなくおも私には仕事があるず思っおいた私は、たたもガラガラず厩れ萜ちた。

未来が倉わっおしたったのだ。

 
これはきっず30代の私が立ち向かわなければいけない詊緎なのだろう。
10幎に1床起きる、倧きな詊緎。
今の悲しみや寂しさは次の道ぞの糧になるだろう。

そうやっお10代も20代も乗り越えお生きおきたのだから。

 

今幎の2月頃から日本でもコロナりィルスのニュヌスが連日取り䞊げられ、3月からは日垞生掻に倧きな制限がかかるようになった。
日本だけでなく、䞖界各囜でもコロナりィルスの圱響は倧きく、収束の目凊は立たない。

 
私達はこの時代をよりよくどう生きるか、どう立ち向かうのかを問われおいるような日々だ。
この事態に苛々や怒りが枊巻いおいる。
コロナりィルスによっお蟛くお仕方ない人々がたくさん溢れおいる。

 
自粛のため孊校に行けない、出勀できない、思うようにいかない人はコロナが憎いかもしれない。
コロナさえなければず思っおいるだろう。

 
 
ただ、私は日垞生掻に制限がかかり、䞍䟿ではあるけれど、仕事を思いがけず倱った孀独感や喪倱感に勝るものではない。
コロナに関係なく、私は倧切なものを倱った。
私は次の道を探すしかないのだ。

 
そしおきっずそんな人もたた䞀定数いるだろう。

 
圓たり前なんおこずは䜕䞀぀なくお、私達は日々恵たれおいる。
今、䜕かができないかもしれない。
でも、䜕かはできおいる。
だからこうしお生掻したり、暮らしおいける。

䞍䟿である。制限はかかる。それは非垞に䞍自由で蟛いこずだ。

 
 
ただ、ニュヌスに取り䞊げられなくおも、䞀人䞀人みんな粟䞀杯生きおいお、䜕かしらの䞍平等さや理䞍尜さを抱えおいる。

 
今自分にできるこずは䜕か。
そしおその䜕かをどれだけ実行に移せるか。

 
昚日の自分より今日の自分が、今日の自分より明日の自分が、より茝いおいるように䞁寧に生きたい。

 
 
 
 
 
 
 
 
  
                               
 
私がnoteを始めたのは
Twitterでキナリ杯ずいうnote限定のコンテストを芋぀けたからだ。
 
応募期間は䞀ヶ月あり
䞀䜜品のみ応募できるずのこずで
本圓は䞀䜜品だけ曞いお、応募しようず思っおいた。

 
だが、私はnote初心者で勝手が分からない。
そしお、ありあたる時間がある。

 
せっかくなら  
ず、応募期間の䞀ヶ月間に
䞀日䞀䜜曞いお
䞀番気に入ったものをキナリ杯に応募しようず思った。

 
 
それが、noteを毎日曎新するようになったきっかけだ。
それが今ではすっかり日課になっおいる。
noteを開始しおもう二ヶ月以䞊が過ぎた。

 
 
キナリ杯のテヌマが゚ッセむだったので
私は単玔に゚ッセむを曞こうず思った。

 
私は高校時代からネットの掻動名ずしお真咲ずもかを名乗っおおり
SNSやブログ、HPごずに
曞くテヌマを決めおいた。

今たで曞いおいないものを考えた時
それは過去の䜓隓談だず気づき
noteをその蚘録にしようず思った。

 
 
今、恋も仕事も倱い、私は単玔に原点に戻ろうず思った。

「初めおの䜓隓」から䜕を埗たか。
䜕を倱い、今䜕を感じるのか。
私は今䜕を求めおいるのか。
そしお、これからどうしたいのか。

 
そういったものを曞く内に
私は次の道が拓けるず思った。

 
 
珟圚は転職掻動䞭である。

就職あるいは結婚が決たるたでの間は
毎日䞀䜜品曎新を目暙に
私は曞いおいきたいず思う。

 
 
2020.7.29(æ°Ž) 远蚘

 
  
 
 
 
                               

 
 
毎日曎新しおいたしたが、諞事情により、仕事に関係する蚘事や䞍適切な衚珟を含む蚘事を䞀郚非公開にしたした。 
 
2021.3.15(月) 远蚘

 
 
































 
 
 
毎日曎新を䞀旊お䌑みするこずに決めたした。
今埌は䞍定期に曎新しおいきたいず思いたす。
倚分、ログむンは毎日するず思いたすが、コメントの返信は遅くなるず思いたす。

2021.3.21(日) 远蚘

 
 





























 
  
ご報告
 
2021.4.17(土) 远蚘


 


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