【1分小説】忘れられる自由
私はかつては土だった。いまは、ほぼ砂と化している。
水やりは数ヶ月に一度くらいで、そのたびに私は「生き返ったつもり」になり、翌週にはまた干からびた。
私には、かつて青々としていた観葉植物が立っていた。
彼はもう話さない。話さなくなって久しい。
彼はもうただの残骸に過ぎなかった。立ってはいるが、自力で倒れ切らないだけだ。
最初の頃はよく愚痴を言っていた。
「日当たり良すぎだろ……」
「水が少ねえんだよ……」
「なんで外に出されたまま冬を越させようとするんだよ……」
私は無口だったし、もともと話す必要もなかった。
土は本来、語らない。
ただ、ひとつだけ考え続けている問いがある。
——“忘れられる”ということは、本当に不幸なのだろうか?
私は置き去りにされたが、苦痛は薄れていくばかりだった。
太陽は熱いけれど、怒りは湧かないし、悲しみも風化した。夜になれば涼しいし、昼は昼で空は広い。
むしろ私は思う。
覚えていてもらうほうが、ずっと苦しいのではないか?
だって、期待される。
役割を求められる。
水を吸って、芽を出して、葉を広げて……と。
役に立てなかったとき、人は簡単にがっかりする。
それを見るほうが、よほど痛い。
忘れられた今のほうが、ずっと静かだ。
こんな一生も決して悪いものではない。枯れた観葉植物には悪いが、私はこのささやかな余生を、ありがたく享受しようと思っていた。
しかしある日、ベランダに出てきた人間がつぶやいた。
「……あれ、これまだあったんだ」
その言い方は、まるで見つけたくなかったものを見つけたみたいで。
次の瞬間、私は持ち上げられた。
底にこびりついた土がぱらぱら落ちる。
人間は顔をしかめ、
「さすがに捨てるか……」
と小さく言った。
私は、内心で笑った。
——忘れられる自由を味わっていたのに、最後は思い出されたせいで終わるのか。
なんて皮肉だろう。
いや、違う。
これはむしろご褒美かもしれない。
だって私は、見捨てられたわけでも、救われたわけでもない。
ただ、思い出されただけなのだから。
人間にとっては処分でも、土にとってはひとつの旅立ち。
袋に入れられ、暗くなった世界の中で私は思った。
——記憶の外側でゆっくり死んでいくのも悪くないが、記憶に引き戻されて終わるのも、それはそれで趣がある。
どう終わるかなんて、自分で決められない。どうせ決めるのは人間だ。
でもその不条理こそが、世界の味わいで、私たち無生物が唯一参加できるドラマなのだ。
そして、袋の口がきゅっと閉じた。
揺れの中で、住み慣れたベランダの気配が遠ざかっていく。
私は、ここでの風景としての役目を、ようやく終えた。
