【短編小説】冷蔵庫のお葬式
ある朝、冷蔵庫が動かなくなった。
電源を入れ直しても、うんともすんとも言わない。
中の食材ははすでに温かくなっていた。
「長い間ありがとう」と私は声をかけた。
すると、父が言い出した。
「せっかくだから葬式しようか」
その日の夜、いったい何処からこさえてきたのか、父は大きな棺と遺影、さらには位牌まで抱えて帰ってきた。位牌には、金文字で「冷光院清白静蔵居士」と刻まれている。
居間の真ん中に置かれた棺桶に、私たちは冷蔵庫を慎重に納めた。
その四角い白い躯体は、少し窮屈そうに横たわった。
母が花屋から買ってきた菊やカーネーションを次々と棺に投げ入れ、やがて冷蔵庫は花で埋め尽くされた。
その姿は、もはや家電というよりも立派な死者だった。
私たちは喪服を正し、線香に火を灯した。
静かに読経アプリをスマホで流すと、ちょっと機械的な僧侶の声が部屋に響く。
「南無……冷光院清白静蔵居士……」
厳かな声に合わせ、私たちは合掌した。
葬儀は粛々と執り行われた。
母は腕によりをかけて、夕食をこしらえた。今夜は皆んなの好物ばかりだ。
親戚には連絡しなかったが、近所の猫が三匹ほど集まってきた。魚の匂いに釣られて。
「長年の功労に感謝します」
「冷たい心を持ちながらも、私たちの食を守ってくれました」
「磁石が付くからとても便利でした」
順番に弔辞を述べる。
最後に私が頭を下げた。
だが、不思議なことに——その瞬間、冷蔵庫が「ブウゥン」と低く唸ったのだ。
誰もが息をのむ。
「……蘇った?」
歓声が上がる。まるで奇跡だ。
けれど翌朝、私は冷蔵庫のドアを開けると中は真っ暗だった。
「まっ、そうだよね……」
私は呟きながら、生ぬるい牛乳をコップに注いだ。優しい味がした。
