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【1分小説】夜の通話

夜、仕事帰り。
駅から家までの道を歩きながら、僕は毎日彼女に電話をかけた。

彼女の声は、落ち着いていてどこか温かみがある。夜の空気に溶けるようなやわらかな声だった。

電話をかけると、必ず三回鳴ってから出る。

「もしもし」

その言い方が好きだった。

まるで、僕の電話を待ちわびてたみたいだったから。

「今なにしてる?」

僕が聞くと、彼女はいつも少し考える。

「うーん」

短い沈黙の後、やさしく言う。

「あなたのこと、考えてた」

それが冗談なのか本当なのか、僕には分からなかった。
でも、その言い方も好きだった。

「なんで三回で出るの?」

彼女は少し笑った。

「すぐ出ると、待ってたみたいじゃない」

「待ってるんでしょ」

「どうかな」

そんなやり取りを、何度もした気がする。

ときどき、沈黙が続く。

足音と、電話の向こうの呼吸だけが聞こえる。





ふいに彼女が言った。

「ねえ」

「うん」

「もし私がいなくなったら、どうする?」

僕は笑った。

「急にどうしたの」

「いいから」

「探すよ」

「どこを?」

「まず電話する」

彼女は少し黙った。

それから言った。

「出なかったら?」

僕は少し考えた。

「じゃあ、またかける」

「それでも出なかったら?」

「何度でもかける」

彼女は、小さく笑った。

「しつこい人」

「そう?」

「うん」

少し沈黙があった。

僕は歩きながら、街灯を見上げた。

「でも」

僕は言った。

「出るまでかけるよ」

彼女は何も言わなかった。

その沈黙が、少し長かった。

「どうしたの」

僕が言うと、彼女は静かに言った。

「今も?」

「え?」

「今も、そうしてるの?」

僕は歩くのをやめた。

スマートフォンの画面を見ると、彼女の番号が並んでいた。

僕は言った。

「だって」

そしてまた、機械の音声が流れる。






『おかけになった電話番号は、現在使われておりません。』






僕は通話を切った。

発信履歴には同じ番号。

何十回も。

しばらく画面を見ていた。

それから、もう一度同じ番号を押した。

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