38歳で最年少部長になった元上司が、55歳で「骨を埋めるしかない」と言った理由
「君はまだまだ年齢的にもいろんな場所に動けるチャンスがあるからいいよな」
もう辞めてしまった会社の元上司と飲みに行くたびに、こう言われる。
いまだに定期的に飲みに誘ってくれて、ありがたい限りです。
けど、会うたびに口が増えてる気がするんですよね。
◼️血縁じゃないのに、頂上まで登り詰めた人
私が新卒で入った専門商社は、オーナー一族の会社でした。
基本的に、血縁者じゃないと経営層には行けない。
そんな会社で、血縁じゃないのに取締役まで登り詰めたのが、私の元直属の上司だった。
普通、その会社で部長になるのは45〜50歳くらい。それでも早い方。
でも彼は、38歳で部長になったらしいです。私が入社した時までの、最年少記録だったらしい。
その後は関連会社の取締役を兼務し、事業部長、執行役員、そして取締役へ。
今年で55歳。定年まで、あと10〜15年ある。
彼の実績は、並べれば並べるほどすごいなあ…と思わされます。
◼️「もう他社に行けない」と思った瞬間
彼は私のことをかわいがってくれた人で、転職を報告した時も、寂しがりながら応援してくれました。
今でもよく一緒に飲みに行きます。年1〜2回はお誘いいただいて、その時間は楽しく飲んでます。
その度に、冒頭の一言が出るんです。
「君はまだまだ年齢的にもいろんな場所に動けるチャンスがあるからいいよな」
なんで彼がそう思うのか、聞いてみたんです。そしたら、
38、39歳で部長になった時、「あ、もう他の会社に行けないかもしれない」と思ったらしいんですよね。
当時、彼の世代では転職が一般的じゃなかった。なんなら裏切り者扱いされるような空気の会社だったんです。
わたしも辞める時、この上司ではない方から
「(駐在までさせてもらって)そんなの許されない!」
と、言われました。
完全にその時に冷めましたが。
話を彼の話に戻しますと、その頃からじわじわと逃げ場がなくなっていったといいます。
「あの時、勇気を出して転職活動していたら」
そう思うこともあるらしいですが、55歳になった今は、この会社に骨を埋めるしかないと思っているそうです。
◼️「あそこの家庭、冷めきってるじゃん」
実は、彼の家庭はあまりうまくいっていないんです。
私の妻も、もともと同じ会社の同僚だったのでこの上司のことはよく知ってます。
一緒に飲みに行ったこともあるので、その都度いろんなお話を聞いてました。
ちょこちょここの元上司と飲んでは、いろんな話を聞いて帰るたびに、妻はこう言います。
「あそこの家庭、冷めきってるじゃん。絶対あんなの強がりだよ」
と、いうのも。
朝、出社前に奥さんが服を用意してくれるらしいんです。ワイシャツからネクタイ、下着や靴下まで。
一見、いい話に聞こえますよね。
でも、無言で渡されるんですって。
「今日も頑張ってね」じゃなくて、「とっとと仕事に行ってきてください」という空気ですよ。
私はどれだけ彼のキャリアがすごいなあと思っても、そうなるくらいならそんなキャリアはいらん。と思ってしまうんですよね。
妻とは二人で「ああはならなくて良かったね」と、いつも話してます。
◼️自分もあの道を歩んでいたかもしれない
実は私も、同じ会社にいたら、彼と同じ出世コースに乗っていたはずだったんです。
海外現地法人の立ち上げで2代目責任者を任された時、彼の最年少出世記録を更新していたんです。
ちいさな会社とはいえ、現地法人の責任者=社長な訳で、日本の組織図の中でも取締役のポジションにおりました。
正直、自分では最年少とかあまり気にしていなかったですし、日本の海外事業部の下にぶら下がってる現地法人だったので、冒頭から出てくるこの上司が実質上にいる形。
あんまり偉い感じはしなかったんですよね。全然考えてませんでした。
やりたいことができて、キャリアが積めたら、別の会社に行こう。その程度にしか考えていなかったです。
でも退職してから彼の話を聞くたびに、思うようになりました。
このまま会社にいたら、きっと自分もああなっていたんだな…。と。
それだけは、ガチで嫌でした。
◼️出世そのものが悪いわけじゃない
早く出世すること自体が悪いわけじゃないとは思います。
良くないなのは、逃げ場がなくなっていくことに、本人が気づけないこと。
私が31歳で転職を決めたあの一歩は、当時は不安だらけでした。
でも今、元上司を見ていると、あれは不安の中でも勇気を出せた一歩だったんだなと思います。
もし今、「ここまで来たらもう戻れない」と感じている環境にいるなら。
その感覚こそが、あなたを縛り付ける見えない鎖になる…そんなサインかもしれません。
いいなと思ったら応援しよう!
サポート頂けますと、あなたのページをご紹介させて戴きます。