沖合の「見えない津波」と、平穏を演じる【第1層:在庫のゆとり】
前回、私たちは「見えない津波」の存在を知りました。海底では断層がずれ、津波は猛スピードで迫っている。それなのに海面は鏡のように静かだ、と。
では、その「静けさ」を生み出している正体は何でしょうか。今回は、五つの遅延装置のうち、最も単純で、最も強力な錯覚の源である 【第0層:在庫バッファー】 についてお話しします。
上図は、原油の供給が「止まった日」から、皆様の生活に関わる「部材」が不足するまでの、本当のリードタイムを示したものです。
図の見方はこうです。
一番上の「原油」 を見てください。ここに「95-115日」とあります。これは、原油の調達が停止してから、その影響が次の工程に出始めるまでに、最低でも3ヶ月以上かかることを意味します。開戦前に出航したタンカーが日本に着くまでの20-25日プラス民間備蓄70-90日2つの和です。
次に「精製」「石化」「化学」「部材」 と、上から下へとバケツリレーのように工程が続いていきます。それぞれに「○日〜○日」という数字が書かれているのがわかるでしょうか。
下から2番目の「部材」 を見てください。ここにたどり着くまでの合計が、最も短くて200日、長ければ400日以上 です。
つまり、「原油が止まった」という事実が、あなたの会社に「部品が届かない」という現実になるまで、半年から1年以上かかる ということです。
この「半年」が、あなたを騙すのです。
今、あなたが見ている「いつも通りの日常」や「企業の好調な決算」は、この図で言う「原油」がまだ届いていた頃の話です。サプライチェーンの川上で何が起きていても、その影響は長いパイプを通って、半年以上遅れてあなたの目の前に現れます。
これはちょうど、砂時計 のようなものです。
上の部分(原油)から砂が落ちるのを止められても、下の部分(あなたの日常)には、まだたくさんの砂が残っている。だから、砂時計をパッと見ただけでは「何も変わっていない」ように見える。
しかし、新しい砂はもう一滴も落ちてきていないのです。在庫という名の砂は、今この瞬間も、確実に減り続けています。
「まだ大丈夫」とあなたが感じているその平穏は、砂時計の最後の砂が落ちるまでの、限りある猶予に過ぎません。
最初の戦争開始から20-25日の洋上在庫や、70-90日の民間備蓄という備蓄を使って3か月は平穏に過ごせます。
さらに、在庫は何層にも積み重なっているため、最後の最後まで「平穏」が維持されてしまう。これが、今回の危機の最も恐ろしい「鈍感さ」の正体です。
次回、第3回では、企業やメディアが「知っているのに沈黙する」もう一つの遅延装置を解き明かします。
