ケースワーカーの職業病!? 休日もケースワークが始まってしまう悲しい性【ハトの止まり木🕊️】
こんにちは。ハトです。
いつもハトの思考整理室を読んでいただき、ありがとうござきます。
ハトの止まり木と題したこのシリーズ。
主であるハト自身のことを語っていきます。
今回は第4回。
ケースワーカーの職業病!? 休日もケースワークが始まってしまう悲しい性🕊️
ケースワーカーとして働き始めて、早十数年が経ちました。これだけの年数が経っていると、ケースワーク自体が、生活の一部というか、人生の一部になっていると思うときがあります。
もちろん、私生活と仕事は分けているつもりなのですが、どうしても、私生活で起きた場面と仕事を繋げてしまうことがあります。
おそらく、ケースワーカーだけでなく、対人援助職の方も共感いただけるのでは?
ぜひ、最後まで読んでみてください🕊️
親の言動がやけに気になる
私が30代ということもありますが、親がそれなりに高齢。
久しぶりに実家に帰ると、また白髪の割合が増えたなとか、少し小さくなった?とか、些細な変化を感じてしまうものです。
しかし、それ以上に過敏に反応してしまうのは…
「あれ、なんだっけ?」
「名前が思い出せない…」
こんな言葉。
"認知症じゃないだろうね…。"
そんなことが頭をよぎります。
"もし、認知症だったら、通院させて薬飲んでもらって…。いやでも、薬の管理できるのか?そもそも、父親が認知症になったら、すごいうろうろしちゃいそうだな…"
こんな、妄想が頭を駆け巡ります。
"認知症が進行したら、いよいよ施設入所か?そうなったら母親は…。あと、実家はどうするんだ…。"
いらぬ心配と、なぜか実家に対するケースワークを始める自分。
もちろん、認知症なんてことではないんですが、そういう些細な言動も、普段関わっている高齢者たちと重ねてしまうのです。
子どもの泣き声が気になる
私もプライベートでは立派な父親。
どうしても子どもが泣き叫んでしまうことがありますが、その泣き声に対して、ものすごく過敏になることが…。
というのも、児童相談所を経験すると分かるんですが、子どもの泣き声通告って、とっても多いんですよね。
決して虐待などなくても、周りから心配されて通告されてしまうのはよくあること。
だからこそ、"この泣き声だと、周りが心配しちゃうよなぁ。" なんてことを思いながら、子どもと相対しています。心なしか大きな声で優しい言葉をかけながら(笑)
でも、こういう実体験をすると、児童相談所に通告された側の人たちの気持ちってよく分かるんですよね。
「頑張って子どもをみているのに、なんで児童相談所の人に言われなきゃいけないんだ!!」
こんなことを言われたことがありますが、まさにその通りだと思います。
街中の心配な人たちが気になりすぎる
家の近所を散歩していたり、ショッピングモールを歩いていると、必ずといっていいほど、心配な人たちをみかけます。
ボロボロの服を着て、なぜか大量の荷物をもったおじいさん。
子どもに余裕なく子どもを怒鳴りつけているお母さん。
大声で独語を話しながら歩いている、おそらく知的障害の方。
などなど、普段仕事で関わるような人たちを、街中でも見かけることがあります。
当然といえば当然の光景なんですが、たぶんこういう人たちを見つけるセンサーが、普通の人より長けている(笑)
そしてそこでも、見える範囲でアセスメントをして、妄想ケースワークを始めてしまいます。
これ、あるあるですか?
私だけ変なのかな(笑)
とにかく、無意識に街中の人をアセスメントしたり、私生活も仕事の感覚でみてしまうことがあるんです。
人間観察とは、少し違う感覚なんですよね。
「あの人、変わった人だな。」ではなく、
「何があったんだろう。」が頭を駆け巡る。
でも昔は、この癖が嫌でした。
「仕事くらい忘れたい。」
そう思っていたんです。
でも最近は少し違います。
ケースワーカーになったから、人を見る目が変わった。
困っている人を見つける力。
その人の背景を想像する力。
これは職業病かもしれないけど、ケースワーカーとして働いてきた証でもあるのかな、と思っています。
皆さんはどうでしょう?
ケースワークと私生活を結びつけてしまうことはないですか?ぜひ、コメントで教えてくださいね🕊️
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