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羊毛の向こう側

先日、たくさんの羊毛をいただきました。

袋いっぱいの羊毛を前にして、
「こんなにもらっていいのかな?」
と思ってしまうほどの量です。

羊毛フェルトで作品を作っていると、大きな動物ほど土台にたくさんの羊毛を使います。
だからこそ、こうして羊毛を譲っていただけることは本当にありがたく、作品づくりを支えてくださる方々の存在を改めて感じます。

そういえば先日、羊毛のお仲間さんから、羊毛フェルトのために羊そのものを育てている方がいると聞きました。
羊を育て、毛を刈り、洗い、整え、糸や素材にし、そして作品へとつなげていく。
考えただけで気が遠くなるような作業ですが、とても豊かな営みだなと思います。

私自身も、昔、綿花を育てたことがあります。
収穫した綿は、フクロウのヒナのふわふわした羽毛を表現するために使いました。

(10年も前に作ったフクロウのヒナ作品)

作品のほんの一部分ではありますが、自分で育てた素材が作品の一部になるというのは不思議なものです。種を蒔き、育て、収穫し、素材にし、そして作品になるまでの時間が折り重なり、作品を前にすると、それらの過程が脳内でひとつの物語のように広がっていきます。それは作品づくりにとって、意外と大切なことなのかもしれません。

私の活動名である「森羊のクーシャ」には、実は物語の設定があります。

放牧されていた羊のクーシャは、何百匹もの仲間たちと草をはみながら暮らしていました。しかし、ある日その群れを離れ、森の中へと迷い込みます。

そこで出会った野生動物や鳥たちは、見知らぬ羊だったクーシャを助け、仲間として迎えてくれました。

優しいみんなに何か恩返しはできないだろうか。
クーシャは考えました。

そこで、自分の毛を刈り、草木で染め、その森で出会った鳥や動物たちの姿を形にすることを思いついたのでした。

もちろん架空の物語です。

けれど、野生動物を作り続けている私自身の憧れや願いが、この森羊のクーシャという存在です。

森の中で生き物たちを観察しながら暮らすこと。
季節の移ろいを感じながら手を動かすこと。
自然の恵みに感謝しながら作品を作ること。

そんな暮らしに惹かれる気持ちが、「森羊のクーシャ」という世界を生んだのかもしれません。

羊毛の入った袋を眺めながら、そんなことを考えていました。

いつかまた実家で畑仕事ができたら、一匹の羊を飼う。

羊の世話をして、季節の移ろいを感じながら手を動かして、その羊の毛から鳥や動物たちを生み出していく。

それはまだ妄想の段階ですが、少しだけクーシャの世界に近づける気がしています。


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