日本人はものを考えない民族である
中々刺激的なタイトルとなってしまった。しかし私は本気で日本人とは他国の民族、人種に比べてものを考えない民族だと思っているのである。我が三十四年の生涯の中で、そう強く思い至った契機もあるので、今回はそれを紹介する形で日本人の思考停止的な実態を暴いていけたら、と思っている。
まず第一に日本人のものを考えない特徴の一つが、無闇矢鱈に東大生を持て囃す、東大信仰だ。普段生活している中で、ヤフーニュースなどで東大Youtuberや東大生の起業家などのニュースを良く見かけるし、つい最近(2024年)まで、地上波テレビなどで「東大王」なるクイズ番組が放送されていたらしいが、何故そんなに東大生が人気なのかと云えば、単に偏差値で最高水準の大学だから、と云うだけである。詰まりは日本人の99%は東大と云うブランドだけに価値を感じ、東大でどの程度の成績で何を学んでいる学生なのか?と云う部分には一切の興味が無いのである。
ただ、抑々東大だけが知的な世界の王者ではないはずだし、生きていく上での知恵だとか、権謀術数も含めて金を稼ぐ戦略を組み立てる能力なんてのは偏差値化出来ないので、愚鈍な日本人は、そうした偏差値化出来ない、詰まりは可視化出来ない知的な分野を理解出来ないし、しないのだろう。しかし日本を含めた国際政治の舞台ではそうした可視化出来ない知的な能力が最終的には物を言い、外交での勝利に繋がるのだが。
そしてもう一つものを考えない日本人の特徴として挙げられるのが、タレントや政治家の二世信仰だ。日本はこれも無闇矢鱈に二世タレントや二世政治家が多い。私なりにその要因を考察してみると、要は「この親の息子や娘だったら、良い演技をしてくれるだろう、面白い事をするはずだ、良い政治をしてくれるはずだ」と云うような安易な思い込みがあるのではないか?詰まりは遺伝の力を信じ、その実力が親から子へ引き継がれているだろうと云う一種の妄信である。この物事を単純化して考え、疑う事をしない姿勢は他国に見られない傾向であり、延いてはそれが日本の失われた三十年を生み出した要因とも私は感じるのである。
