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『ハロー、100年前』さざ波模様のエボナイト製万年筆、WATERMAN社のNo.7で1920代に遊ぶ。

今から百年前。1920年代半ば。

イメージとしては(恐らく)、二つの世界大戦に挟まれた束の間の平和と繁栄の時代。

アール・デコ、フラッパー、ジャズ・エイジ。禁酒法に秘密酒場、パリオリンピック……。

小説や映画、あるいはインターネットで得た知識や映像が次々と浮かんでは消えていきますが、もちろん私はこの時代を体験してはおりません。

我が身と魂を1920年代へタイムリープするには、タイムマシンかコセイドン号※1 の開発を待つほかありませんが、右手だけを、ちょいと1920年代に遊ばせることはそれほど難しくないように思います。

1920年代に販売されていた筆記具(ペン)が、ほとんど劣化することなく、往時の性能を持ったまま、当時と同じように使用することができたとしたら……。

ペン本体はもとより、ペンを持った右手や、紙に書かれた文字も、1920年代のそれと何の違いも認められないはず(インクの成分は積極的に無視)です。

考えようによっては、文字を書いている間は、右手だけがペンと一緒に1920年代にタイムリープしているのと同じようなものではありませんか。

この『右手だけ100年前へタイムリープ』を味わうには、劣化の少ないエボナイト軸と金ペンを持った、当時の最高品質のペンが必要となります。

そう、例えば、さざ波模様のエボナイト軸を持ったWATERMAN社の万年筆、『NO.7』のように。


WATERMAN社のNo.7とは?

No.7は米国WATERMAN社が1927年に発売した、エボナイト軸の万年筆です。

この時代は、セルロイドが万年筆の軸素材として急速に普及し、従前のエボナイト軸では不可能だった鮮やかなカラー軸が注目を集めていた時期にあたります。

ところが、WATERMAN社はセルロイド軸への移行に消極的であったため、赤(茶色ですが)と黒のエボナイトが、さざ波のような模様を描く「レッドリップル」という独自の<カラー軸>で対抗します。※2

No.7は、このレッドリップルの軸に加え、キャップバンドに鉢巻きのようなカラーバンドが取り付けられているのが特徴です。

このカラーバンドの色は、ペン先の種類と連動している(例:ピンクは細軟)ため、キャップを外してペン先を確認せずとも、キャップを見ただけでペン先の種類が確認できる(色とペン先の組み合わせを暗記していれば)という寸法であったようです。

ペン先のバリエーションは、レッド、ブルー、グリーン、イエロー、ピンク、パープルそしてグレーの7色で、発売当初はグレーを除く6色だったようです。

後年、ブラウン、ブラック、ホワイトが追加され、全10色となったそうですが、ブラックとホワイトは極端にレアらしく、ホワイトに至っては画像すら見たことがありません。


No.7のスペック

全長:約14.2cm(実寸)
重さ:約19g(タニタのキッチンスケールで計測)
吸入方式:レバー式
当時価格:7ドル

<ペン先の種類>
Red:STANDARD(中字)
Green:RIGID(硬質)
Pink:FLEXIBLE FINE(細軟)
Purple :STIFF FINE (硬めの細字)
Yellow :ROUNDED (ボールニブ)
Blue :BLUNT(スタブ)
Brown:FINE(細字。かなり柔らかいです。)
Grey :OBLIQUE(オブリーク。傾斜したペン先)
※以上は当時のWATERMAN社のカタログ・広告より

<その他のペン先(公式資料の裏付けは取れていません)>
Black:中軟?(PINKの再パッケージ化との説もあり)
White:COARSE(幅広。当時のWATERMAN社の展示ケースの表示による。ペン先の画像は確認できず)


私のNo.7(BROWNニブ)について

私のNo.7は、2019年の秋に米国のセラーから購入したBROWNニブのものです。

ペン先の種類と連動したキャップバンドが付くのが特徴。白い縁取りが入るのは後期モデル。
ペン先には「BROWN」の刻印が入る。
軸に取り付けられたレバーを起こしてインク瓶に浸し、レバーを戻せばインクを吸入する。

購入価格は8万円ちょっと。まだ1ドル110円程度の時代だったので比較的リーズナブルな価格で入手できました。

本当は柔らかくて穂先の長いPINKニブが欲しかったのですが、非常に高価で、かつ滅多に売りに出ないため、たまたま見かけたBROWNニブ(これはこれで珍しい)に飛びついたものです。

購入後、中部地区におけるヴィンテージ万年筆の駆け込み寺である「ペンランドカフェ」でオーバーホールしてもらい、実用を開始しました。


No.7に対する、私なりの感想

エボナイト製ということで、パーカーの初期デュオフォールド(1920年代前期)のようにズッシリとした肉厚な軸をイメージしていたのですが、届いたNo.7は非常に軽く、軸も華奢な印象でした。

「まさかニセモノなんじゃ……」

と一抹の不安を感じたものの、ペンランドカフェで売られていた別のNo.7(パープルだったと記憶)も同様の質感だったので、OHを受けながら安堵のため息をついたものです。

ペン先は、パイロットのフォルカンニブ(15号)より、もう少しフレックス度が高いかな、という印象です。

ペンランドカフェの店長さんによれば「柔らかいけれど、それほどフレックス度が高いわけではない(うろ覚えです)」とのことで、ウェット・ヌードルと形容されるPINKニブほどのフレックス度は持ち合わせていないようです。

それでも、ほんの少し筆圧をかけるだけで、容易にスリットが開き、細字からBBくらいの字幅に変化させることができます。

ただし、筆圧のかけ過ぎはペン先破壊につながりますし、筆圧のかけ方にもコツがあるらしい(会得していません)ので、普段はなるべく筆圧をかけず、ゆっくりとソフトに文字を書くように心がけています。

意識的に筆圧をかけなくとも、ある程度スリットは開きますので、おのずと抑揚のついた文字(汚文字であっても)に仕上がりはします。


インクのボタ落ちとの戦い

No.7のペン芯は、クシ溝など一切設けられていない、シンプルなマーブル模様のエボナイト製です。

見惚れてしまうくらい美しくはありますが、インクの保持能力は至って普通(1920年代基準で)だったらしく、要するにボタ落ちの危険性をはらんでいます。

No.7より古い(恐らく1920年代前期の)パーカー・デュオフォールドが一度もボタ落ちを起こしたことがなかったので、「1920年代後期の品なら大丈夫だろう」とたかをくくっていたため、これは想定外でした。

パーカーお得意のラッキーカーブ(ペン芯の後部を歪曲させてボタ落ちを防ぐ機構)は伊達ではなかった、と思い知らされたものです。

書いているときにボタ落ちするのはまだ良いのですが、寝かせて保管しているだけでインクが漏れることがあり、No.7の列だけ収納箱が青黒く染まるという仕儀に至ったため、No.7だけは「一本挿しの安いペンケースに入れて、立てて保管する」という特別待遇を余儀なくされています。


それでも、No.7を使いたい時はある。

実用性だけを考えれば、No.7の出番はほとんどありません。

フレックス気味の書き味を楽しみたいときは、パイロットのフォルカンという現行のニブがありますし、単に古い万年筆を使いたいだけならラッキーカーブを搭載したパーカー・デュオフォールドでストレスフリーに楽しむことができます。

それでも私がNo.7にインクを入れるのは、インクのボタ落ちリスクや筆圧のかけ過ぎ防止なども含めた、<1920年代ならではの書き心地>を味わいたい時です。

「一つ書いては(ペン)芯眺め、二つ書いては芯眺め……」と賽の河原のごとく、こまめにペン芯のインク保持キャパを確認することも、100年近く前の万年筆を楽しむ上での作法だと思えば、これもまた楽しからずや、と思えなくもありません。

そして、しばらく書き続けているうちに、次第に興が乗ってきて、ペンの弾力と筆記のリズムが一体化してきたような高揚感が生まれてくることがあります。

私はこうしたたびに、

「あぁ、まるで右手だけ1920年代に遊びに行っているようだ」

と感じ、No.7を操ることに全神経を集中させた挙句、監視を怠ったペン芯から盛大なボタ落ちを食らい、すごすごと現世に引き返してくるということを繰り返しております。


No.7と迎える『ハロー100年前』

これまで「100年前」を連呼してきましたが、先述のとおり、No.7の発売は1927年ですので、正確には100年を経過しておりません。

このため、2027年の元旦を迎えたら、「たなくじ」を引いた後に遅滞なく、このNo.7で『ハロー100年前』と書き初めをして、この名作の紀寿を言祝ぐことにしようと思い至りましたが……。

久しぶりにインクを入れたところ、どうもインクサックが少し硬化しているようなので、このままでは<破れたサックがインクをまき散らす>という、往年の惨劇まで味わうことになるかもしれません。


脚注

※1 コセイドン号は、1978年~79年に放送された特撮「恐竜戦隊コセイドン」に登場するタイムマシン。光のレール上を(敷設しながら)走行する。

※2 WATERMANのエボナイト製カラー軸には、レッドリップルのほか、オリーブやブルーなどもあり(No.7では未見)。ただしセルロイド化の波を押し戻すことはできず、同社もセルロイドへの移行に踏み切ることとなる。