『幻のモンブラン』1960年代の万年筆No.23は、まるで書くミステリースポット。
人間の欲にはきりがない。
ーみんなが持っているものが欲しい。誰も持っていないものが欲しい。ー
古文の活用や漢詩の種類はまるで覚えていないのに、古典の授業で教師が口にしたこの言葉だけは、「言い得て妙」で今でも忘れることができません。
一般に、コレクターと呼ばれる人々(私もです)については、後者の欲望がいささか過剰なことが少なくなく、「幻の逸品」といった殺し文句に我を忘れて散財してしまう傾向があるように思います。
今回、私が「幻のモンブラン」の謳い文句にてもなく篭絡され、買い求めたのがこちらの万年筆。
1960年代製の<幻の>モンブラン「No.23」です。
モンブランの万年筆 No.23とは?

1960年代のモンブラン(二桁シリーズ)について
1960年代のモンブランの万年筆は、フードに覆われたウィングニブ(イカペン)を基本とした、直線的でシンプルなデザインが特徴です(フラッグシップモデルのNo.149を除く)。
品番が原則として二桁となったため、通称『二桁シリーズ』と呼ばれており、軸素材の脆さ(突然割れる)という致命的な弱点を有しながら、手に取った時のバランスの良さや柔らかな書き味(個体差あり)の魅力で、今なお愛好家を耽溺させる魔性のシリーズであります。
二桁の番号にはそれぞれ意味があり、その概要は以下のとおりです。
先頭の番号が示すもの(万年筆・ペンシル・ボールペン共通)
「1」は上級ライン(マイスターシュトゥック格)で山型リングの装飾付き。万年筆(勘合式)のペン先は18金。インク窓はイエロー。
「2」は普及ラインで二重リングの装飾付き。万年筆(勘合式)のペン先は14金。インク窓はブルー。
「3」は廉価ラインで一重の装飾リング付き。万年筆(ねじ込み式)のペン先は14金または金メッキの鉄ペン。
「7」は金貼りキャップ+樹脂軸のモデル。万年筆については、キャップ以外は「1」番台と同じ。
「8」は総金貼り
「9」は総金無垢
末尾の番号が示すもの
「2」は万年筆(小サイズ)
「4」は万年筆(大サイズ)
「5」はペンシル(0.92mm芯径)
「6」はペンシル(1.18mm芯径)
「7」はボールペン(ハンマートリガー式・レバーにギザギザ有)
「8」はボールペン(ハンマートリガー式・レバーにギザギザ無)
「9」はボールペン(ノック式)
No.23だけが素性不明の風来坊
理路整然とした付番に惚れ惚れしてしまう二桁シリーズにあって、No.23は異端児です。
まず、当時のカタログにはNo.23が掲載されたものはなく、ヴィンテージ・モンブラン愛好家のバイブルである「Collectible Stars」にさえ、No.23については一言も言及されていないのです。
公式資料にもコレクター本にも記載がなく、正式な発売時期、価格、生産数、等は一切不明。
この風来坊のような素性の不明さが、No.23が『幻』と呼ばれる所以であろうかと思われます。
No.23の仕様について
No.23は、平たく言ってしまえば、No.22に金貼りキャップを付けた万年筆です。
No.22は、グレードとしては普及品(マイスターシュトゥック格ではない)の万年筆(小)で、ペン先は14金。樹脂製の軸にブルーのインク窓という仕様です。
二桁シリーズの中でも最も「フツー」な万年筆なのですが、これに載せられたNo.23の金貼りキャップは普通ではありません。
上表のとおり、樹脂軸に金貼りキャップを装備した万年筆(小)にはNo.72という製品が用意されており、万年筆本体はNo.12と同一(18金のペン先にイエローのインク窓)という仕様となっています。※1
上級グレードのNo.1番台よりさらに高級なNo.7番台に、普及版たるNo.22の出る幕など無いはずなのです。
しかし、現実に、金貼りキャップを装備したNo.22、すなわちNo.23は、ここに炳として存在するのです。
謎だらけの専用金貼りキャップ
No.23が装備する金貼りキャップは、No.72のそれとはまったく異なる専用品です。
最大の違いは、キャップに刻まれた五本のストライプ。
No.72はじめモンブラン定番品の金属キャップのストライプは、上端から下端まで太さが変わらず平行なのに対し、No.23のストライプにはテーパーがかかっており、下にいくほど細くなり、最後は一本の線に収束するのです。
なぜ、普及品のNo.22に被せるキャップだけ、こんなに凝った仕様にしたのでしょうか?

No.23のキャップには、他にも謎めいた仕様が散見されます。
No.72の金貼りキャップでは、キャップ下部に
MONTBLANC - MEISTERSTUCK No.72
といった刻印を入れるため、キャップ下端から2mmくらいにスペースを空けています。
当然、5本のストライプも、この刻印スペースの上でストップしているのですが、No.23はというと……。
ー MONTBLANC 23 ー GERMANY
の刻印を、<5本線が収束されて一本になった太いストライプ>がぶっちぎっているのです。
正確には、(文字入れスペースなど全く無視して)テーパーストライプを刻んだキャップに、後からメーカー名や品番を刻印したものと思われます。※2
No.23だけに見られるこのテーパーストライプは、「後から文字を打刻しても、一本線の上なら(なんとか)識字可能」という効果を狙ったワイルドな仕様なのかもしれない、との妄想が頭をよぎりましたが、もちろん真偽のほどは不明です。
そもそもNo.23という品番が謎。
上述のとおり、末尾の番号は筆記具としての種類や形態を示しており、そこに「3」という番号は存在していないはずです。
「2」が万年筆(小)で「4」が万年筆(大)なのですから、「3」という番号があったとしても、<万年筆(中)>という位置づけが妥当だと思われますが、なぜかNo.22の本体に金貼りキャップという仕様に「3」という番号が振られており、しかもキャップに<23>の刻印まで入れている…。
この末尾の「3」こそが、理路整然としたナンバリング・システムを有する二桁シリーズの異端児、No.23の最大の謎であり魅力だと感じています。
実際にNo.23を手にして、矯めつ眇めつ眺めまわした挙句、私の頭に浮かんだ妄論(デタラメ)は以下のとおりです。
<妄論>
No.22をはじめとする樹脂製の勘合キャップには「クラックが入りやすい」という弱点があったため、これを克服するため金貼りキャップの特別仕様を生産することとした。
モンブランの付番ルールに従えばNo.72となってしまうが、これは既に使われているため使うことができない。
このため、かつて日本でゼロ戦などのサブタイプを、やはり二桁の数字で分類していたシステムを準用することを思いついた(そんな馬鹿な)。
当該ルールでは、先頭の数字は機体の改修を、末尾の数字はエンジンの変更を表しているらしい。
そこで、機体(万年筆本体)はNo.22と同一であるため先頭の番号は変更せず、キャップの変更を(エンジンの代わりに)表すため、末尾の番号を2から3へと繰り上げた結果、金貼りキャップの普及版万年筆(小)の品番はここにNo.23と命名された(大嘘)。
<妄想終わり>
『幻』の割には、けっこう見かける。
世に『幻』と呼ばれる製品の中には、人生を賭して探索を続けても、現物を目にすることさえできないようなブツが少なくありませんが、そうした観点ではNo.23はそれほど幻ではありません。
e-bayにヤフオク、メルカリなどで網を張れば、遠からず捕獲することができることでしょう。
冒頭の「誰も持っていないから欲しい」というコレクター的な視点からすれば、No.23の魅力はさほど大きくはないといえるかもしれません。
それでもNo.23が魅力的な『幻』であるわけ
No.23の最大の魅力は、いわゆる「レア度」ではなく、その謎めいた存在が、遠い1960年代の昔に、確かに存在したであろう開発目的や販売戦略などへの空想を掻き立て、「ああでもない、こうでもない」と決して答えの出ない問いを立てること自体を楽しめることにあるように思います。
付番ルールに馴染まない品番
なぜか一本に集約される五本のストライプ
刻印の上に刻印を重ねる荒っぽさ
普及品に金貼りキャップ(高級品)を取り付けるアンバランス
正式な記録が残っていないのに、モノだけが存在するというミステリアス
つまり、幻なのはNo.23の現物というよりは、むしろそこに存在する理由の不確かさであり、その魅力は、ナスカの地上絵やモアイ像に想いを馳せるような『不思議そのものを楽しむロマン』にあるのかもしれません。
『誰も持っていないもの』ばかりか『誰も答えを持っていないもの』まで欲しがるようでは、「なんと強欲な教え子か」と冒頭の古典教師を痛嘆させてしまいそうですが、私は「みんなが持っているものが欲しい」という欲望のほうは希薄(なつもり)なので、ご寛恕いただければ幸いであります。
脚注
※1 No.72は金貼りキャップ+樹脂軸というバランスの良さ(外観とキャップポストした時の重心)に定評があり、イエローのインク窓と金貼りキャップとの相性も良好。
※2 ルーペでストライプの刻印と文字の刻印が重なった箇所を観察すると、文字ではなくストライプが潰れているように見えることによる憶測。
