80年代の始まり、1980年の初頭のビルボードチャートは79年リリースの曲がまだ残っていて、それらの曲が1位になっていた。年を重ねるごとにチャートアクションが目まぐるしく速度を増してゆくのだが、この頃はチャートアクションが速くなかったしロングヒットも少なくなかったのだ。80年代リリースの曲で80年代最初に1位になったのは、ブロンディ(BLONDIE)の「コール・ミー(CALL ME)」だった。
「コール・ミー」は、1980年2月にリリースされ、4月19日付のチャートで首位に立っている。それまでのブロンディとは違ったこの曲、実はブロンディのために作られた曲ではなかったのだ。リチャード・ギア主演の映画「アメリカン・ジゴロ」の主題歌で、サントラのプロデューサーであるジョルジオ・モロダー(GIORGIO MORODER)の作曲。モロダーの最初の計画では、フリートウッド・マック(FLEETWOOD MAC)のスティーヴィー・ニックス(STEVIE NICKS)に歌わせるつもりだった。しかし新しいレコード会社との契約を控えていたことなど諸般の事情で断られてしまった。そこで白羽の矢が立ったのは、ブロンディのボーカリスト デビー・ハリー(DEBBIE HARRY)だ。モロダーは「MAN MACHINE」というインストルメンタルを提示し作詩も依頼、デビーは快く承諾、歌詞を作ることもも受け入れた。モロダーも映画の監督のポール・シュレーダーも口出しをせず自由に創作させることにし、映画のラフカットを観てデビーは数時間で作業を終えた。映像を観た時のイメージから、カリフォルニアの海岸をドライブするオープニング場面を想像して制作したそうで『家に帰ってすぐに書いたわ。』とこの時のことを回想している。
インストルメンタル・トラック(カラオケ)は映画と同期するように制作、モロダーと作曲家/キーボーディストのハロルド・フォルターメイヤー(HAROLD FALTERMEYER)の音楽スタッフがロサンゼルスのスタジオで既に録音してあったので、デビーのボーカルとコーラスを入れるのみだった。しかしここでブロンディのメンバーが、自分たちで演奏すると言い出し、モロダーを唖然とさせた。
場所をニューヨークに移し、既に録音されていたインストルメンタルを基にブロンディの収録セッションが行われた。デビーが歌い、ブロンディのギタリスト クリス・シュタイン(CHRIS STEIN)がギターを弾く。フォルターメイヤーはエンジニアリングを務めたが、クリスのギターとアンプはノイズが多く、クリアな音源を得るために何度もセットアップが修正されるなど、バンドが同期に苦労していたため、モロダーは時間の節約のために未完成状態のセッションを中止した。モロダーはロサンゼルスに戻り、フォルターメイヤーによるキーボードのソロなど、自身が選出したミュージシャンと共に迅速に最終的なパートを追加、オケが完成、それに合わせたデビーのボーカルとコーラスのレコーディングはわずか2時間で終わったという。
意中の人に断られ代役を立て、それに伴いオケの制作過程で余計な時間を要し、逆に短時間で順調にボーカル入れが完了という変わった経緯で作られた曲は、6週連続の1位を記録、1980年の年間チャートNo.1に輝き、その後のブロンディの快進撃をもたらした。
ブロンディ名義の曲ではあるが、サウンドトラック・アルバムの中のクレジットは、ブロンディのメンバーからはデビーの名前のみが記載されていて、他のメンバーはセッション・ミュージシャンに代られたことを怒っていたという話があるが、曲が大成功を収めたために彼らはそれを受け入れざるを得なかったようだ。
昨年80歳になったデビー、勇者ライディーンのフィギュアと一緒に写った謎の写真が公開された。クリスの持ち物のようだが、入手の経緯も謎である。誰か知っている方がいたら電話して・・・おかしな締め方ですみません。

