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高倉神社に初詣🎍

前回のブログの続きですが、翌日、初めて福岡県遠賀おんが郡岡垣町の高倉たかくら神社にお参りしました。この神社は、日本書紀にも記載された1800年もの歴史を誇る神社です。
第十四代仲哀ちゅうあい天皇は、熊襲くまそ征伐せいばつのために筑紫ちくしに向かいます。その途上、岡県主おかのあがたぬしの祖である熊鰐くまわにが、出迎え船を導きます。ところが岡浦おかうら遠賀郡おんがぐん芦屋町)に入ると船が進まなくなり、この浦にいる男女の二神に祈祷きとうをするとすぐに船が進んだそうです。その男神おとこがみ大倉主命おおくらぬしのみこと女神おんながみ菟夫羅姫命つぶらひめのみことであり、この二柱の神様が御祭神ごさいじんです。
別の船で南の航路から入った神功皇后じんぐうこうごうも熊鰐が出迎え、岡津おかのつに入りました。

入ってすぐ左側の大きな木にまず驚きます。

大木が多くて、歴史の古さを感じます。写真右端の鳥居は、稲荷神社へ続いていて、帰りにお参りしました。

正面に馬の像が見えます。まっすぐ進みます。

可愛い「あおばずく」の像もありました。この木に巣を作り、住み着いているそうです。

大楠

巨大なこのクスノキが、ご神木でした。

次は、見たかった「毘沙門天像びしゃもんてんぞう」です。

高さが分かりづらいですが、見上げる感じで大きいです。

毘沙門天像

室町時代後期(1491年)に作られました。当時、茶湯釜ちゃのゆがまの名品とされた芦屋釜あしやがまを制作していた鋳物師いもじ大江貞守おおえさだもりによって造られました。銅製で当時の芦屋釜の技術の高さが分かります。県指定文化財になっています。530年も前の作品ということに驚きます。

橋を渡って、いよいよお参りします。中世になって、天照大神あまてらすおおみかみも御祭神としてまつられました。

拝殿

厄除やくよけのおはらいが行われていました。
すぐ左手に大きな杉の木がありました。

神功皇后のお手植えとされる綾杉あやすぎです。綾杉も御神木です。
熊襲征伐、三韓征伐さんかんせいばつ帰還きかん後、神功皇后摂政せっしょう2年(202年)に勅令ちょくれいを下し、現在地に神田しんでん千町と神祠しんしを建て、三韓征伐からの凱旋がいせんを祝いました。その時のお手植えとされています。
神功皇后伝説は、福岡県の多くの地域で残されています。またいつか紹介できればと思います。

県指定天然記念物です。1559年に、大友宗麟おおともそうりん兵火へいかに遭いましたが、焼け残り、樹幹じゅかんの一部から枝が繫茂はんもしました。

1970年にも火災にあいましたが、黒焦げになりながらも、しっかりと根を張っていて、生命力のたくましさに驚きます。

大きすぎて、写真に入りきれません。パワーを感じました。

綾杉の奥には、五円玉のオブジェがありました。ご縁(五円)玉をくぐると、恋愛運や結婚運がアップすると言われています。

実際にくぐってみました。高さがあるので、降りるのがけっこう大変でした。
階段を降りてまた大きなクスノキを発見。

倒れそうな大木を、支柱6本で支えていました。

稲荷神社にもお参りしました。

高倉神社の駐車場から小川をはさんで反対側に、龍昌寺りゅうしょうじへ続く道が続いています。すぐ近くなので、歩いて行きました。

1490年ごろ、創建された曹洞宗そうとうしゅうのお寺です。

立派な仁王門がありました。

阿形あぎょう
吽形うんぎょう

門の天井には、色々な動物の絵が描かれていました。

龍昌寺は、黒田の二十四騎の一人である井上周防之房いのうえすおうゆきふさが再興し、菩提寺ぼだいじになっています。見づらいですが、写真の説明看板の右側に描かれているのが、井上周防之房像で、自筆の自画像があるそうです。左側は、黒田如水じょすい(黒田官兵衛)像です。2014年NHK大河ドラマ「軍師官兵衛ぐんしかんべえ」では、俳優の高橋一生さんが、井上之房役を演じました。その時は、通称の井上九郎右衛門くろうえもんという名前でした。井上之房は、当時の遠賀郡の黒崎城主で、黒田家4代藩主に仕え、享年きょうねん81歳でした。

残念ながら、改修工事中で、ブルーシートがかけられていて、立ち入り禁止でした。工事が終わった頃、また来たいと思います。
岡垣町には、たくさんの神社もあります。またゆっくり訪れたいと思います。




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