見出し画像

産後に会陰膿瘍ができた話

産前は臨月までノートラブルだったわたしですが、妊娠高血圧発症からはトラブル続きで産褥期もとても苦しんでいました。同じ症状が見られる人を少しでも救えたら嬉しいです。


退院までの状態

↑出産のときのエピソードはこちらに書いた通りです。

何とか無事出産しましたが、貧血がひどく、健康状態も微妙だったので、1日母子同室が延期されました。
キツかったからありがたかったけど、むすこに会いたくてしかたなかった。とにかくよく眠ることにしました。

1日遅れで母子同室が始まり、ドキドキわくわく。ほわほわの我が子はゆったりと動きながら眠っていて、目の前に自分から出てきた生命体がいるのが、何だか不思議でした。

さて、出産後の入院時期は結構ハードスケジュールであることを、実際に過ごすまで知らなかったわたしです(いまだにあのスケジュールは無理があると思う)。
退院指導が産後3日目に入っていて、やっとこさ痛みに耐えながらフラフラ歩き、円座クッションを抱えて会場へ行きました。
この時初めて、あれ?わたしって回復遅い?と気がつきました。
同じ日に出産した人たちで一緒に指導を受けたのですが、明らかにみなさん痛みの感じが軽そうなんです。後から知るのですが、そこにいた人たちは1人を除いて初産。全く同じ状況なのに、わたしだけ大ダメージなんです。。

(わたしって痛みにこんなに弱かった…?)

結局座って30分強の講義を受けたのですが、痛みに加えて貧血で目がくらんできてしまい、そのあとの沐浴指導が受けられませんでした。部屋に戻って、悔しさで大泣きしました(ミドサーがべそかいて本当に恥ずかしい……)。

1日産後ケアをつけて延泊させてもらい、無事回復して退院しましたが、その時もまだ会陰部に痛みがかなり残っていました。でもみんなまだ痛いから、と言われ、そんなものなのね、と退院できることを嬉しく思って実家に帰りました。

弱り果てていた産後

ついに始まった実家での里帰り育児。
母が家事全てをやってくれて、わたしは赤ちゃんのお世話だけ。楽させてもらいました。
でも経験しないと分からなかった。それだけでも本当にきつい。
産後体はボロボロ、回復したくても授乳でまとまって眠れない。3時間おきに授乳と思いきや、2時間くらいでギャン泣き。授乳は毎回15分くらいかかるからわたしが眠れるのは1時間くらい。なかなか回復したくても、できないと言うわけです、、、

健康が取り柄のわたしでしたが、産後は弱りまくっていて、2週間で声が出ないほどの喉風邪をひきました。むすこに移らないか心配で、ずっとマスクしながら授乳してました……

そんな時でも会陰部は痛みます。しかも、軽快する感じがなかった。おかしいなあと思い2週間検診で相談することにしました。

違和感を伝えたけど

迎えた2週間検診。むすこは健康そのもの!だけど色々心配で助産師さんに話を聞いてもらいました(吐き戻しが多い、夜間寝ている時に苦しそうな声を出し続けているなど)。
結果、大丈夫といわれて、安堵。一方体重の増えは緩やかだったので、様子を見ることになりました。
わたしの診察は、血圧メイン。まだ少し高かったので、高い時は降圧剤を飲むように言われました。そして会陰部の痛みについて伝えました。
『2週間だとまだ痛い人多いですよ〜そんなに痛いですか?一ヶ月検診まで様子みたほうが良いのでは?』
と言われ、、、まあ耐えれるか、と思い、分かりましたと返事をしました。
この時、もっと強引に診察をお願いすればよかったなと、後悔することになるとは………

限界を迎えた日

だんだんと痛みが増す中、義両親も遠くからいらしてお宮参りをしました。その日は何とか乗り越えたし、ちゃんとみんなでお祝いできて本当に良かった。足を引きずりながら神社も行けたし、ご飯も食べに行った。
(やっぱり痛いし、3日後の一ヶ月検診で診てもらおう……)
そう誓ったのも束の間、お宮参りを無事終えたその日の夜、38.5℃の発熱と頭痛、そして会陰部の燃えるような痛み。
これはおかしいと思い、産後のトラブルがあったらかけるようにいわれていた番号に、翌朝急遽電話をかけました。
『すぐに入院セットを持って休日外来で来てください』
(この日は日曜)
うわデジャヴ………と思いつつ、荷物を準備して(手慣れたもんです)病院へ。
すぐさま診察を受け、診察台に上がった時に、プチっと嫌な音が会陰部から聞こえ、恐る恐る見るとおそらく傷が破けて膿が流れ出したようでした。
『これは……血腫が大きく出来てて、その周りが膿んでしまったんだね……内部だからどこまで膿んでしまってるのかは、切らないとわからないね……』
その日は結局日曜で処置ができないとのことで、一旦帰宅して翌日の朝入院することが決まりました。
帰りの車の中で、頭の中をさまざまなことが駆け巡ります。

(やっぱりあの痛みはおかしかったんだ)
(産後の酷い貧血はこのせいだったわけだ)
(なんで検診で見てくれなかったんだ)
(1週間も会わなかったら私のこと忘れるよ)
(最近やっと夜寝るリズムできてきたのに)
(直母できなくなったらどうしよう)
(乳腺炎にもなったらどうしよう)
(実母にもかなりの負担をかけちゃうな)
(私本当に治るの?)

産後のホルモンも相まって、涙が止まりませんでした。。。
その日は全力でむすこを抱っこできる限りして、授乳もいつも以上にきちんと向き合いながら行いました。

再手術へ

再手術は翌日速やかに行われました。
麻酔医がお産の時の美女先生で、しかも私のことを覚えていてくれたので、ファンです!的なことを伝えた気がします(はずかしい)。
手術は下半身のみの麻酔で行われましたが、だんだん眠くなってしまって笑気麻酔で途中から眠らせてくれたようでした。
手術自体は気づいたら終わっていたのですが、その日の夜がもう、、、激痛。。
正直言って、陣痛や出産より痛かったと思う。辛かった。。痛すぎて、大部屋なのに泣き叫び(恥ずかしいけどそれどころじゃなかった)同じ部屋の方がナースコール押してくれる始末😅
やっと痛み止めの点滴を入れてもらい何とか耐え切ることができました。
泣きすぎて酸欠になり、全身が痺れ、気付いたら眠っていました、、、本当に辛かった。。。

5日間の入院

痛み止めを使いながらの入院生活。
痛みのコントロールができてきたのでせっかくだから夜間寝ようと思っていましたが、胸が張って眠れない!!!!!!
盲点でした。。。。結局3時間毎に起きて搾乳器で地道に張りを取ることに。。結果この母乳も冷凍して届けてもらえたので無駄にはならずに済みましたが、無情な時間でしたね。しかも搾乳だと詰まるみたいで、早くむすこに上手に吸ってほしいと願うばかりでした。
 入院3日目に産院にてむすこの一ヶ月検診があったので、夫と合流して入院着のまま参戦!!久々にむすこに会えて涙が出てしまいました。久々の授乳も何だか嬉しくて、一生懸命飲む姿を見て、早く治して退院しないと!!!と気持ちは強くなりました。
 入院4日目の内診で抜糸してもらいましたが、まだなんと切ったところが塞がっておらず、また開くという事態に身震い。でもとりあえず洗浄を続けていけばくっ付くとのことで、予定通り退院しました。

再発は続く

退院しても、膿のようなものが付着しているのがかれこれその後も一ヶ月続き、そのたびに受診しました。抗生剤が出て、まだ湯船も許可が出ず、里帰りも延長し続けました。もう一生治らないのでは?と焦る中、不正出血まで起きてしまい、もう病院に不信感が募りまくりだったところで、最後の受診。ついに院長自ら診察、経過観察までしてくれることを約束してもらいました。結局再発しなくなったのは、産後4ヶ月が経った頃でした。

おかしいなと思ったら、産後は絶対に大事にして良い。

出産はやはり大変なことなのだと身をもって知った産前産後。このあとも、痛い経験は続きました。乳腺炎のうたがいがあり、不安に思って病院を変えたら、穿刺するところまで膿んでいたり。やっとトラブルがなくなったと思った矢先に、両手指計6本がバネ指になってしまって抱っこが辛すぎたり。。
もう少し我慢しないで早めに受診しておけば、と思うことが多々ありました。おそらく産後って、何もかも不安だし大袈裟に考えがちなのかもしれませんが、自分でおかしいと思った時は大事にしていいと思う。それで何もなければ良かった、で済むわけだから。出産は大事です。この読みづらい文章を読んでくださった方が妊娠出産で、もし同じように悩んでいるようでしたら、私が背中を押してあげたい。自分の体を労ることが出産後の女性たちには必要です。パートナーにしっかり伝えて、サポートを受けて、まずは自分の体を治してほしいです。私のように我慢しすぎて、しなくて良い経験をする人が、少しでも減りますように。

いいなと思ったら応援しよう!

あいみー 応援が励みになります!