世界三大伝統医学はオカルトか否か? 現代医学との違いを比較してみた👽👽
現代の日本においても、体調を崩した際に漢方薬を服用したり、慢性的な不調に対してツボ治療を受けたりすることは日常的な光景です。
しかし、これらを含む世界三大伝統医学——中国伝統医学(中医学)、インド伝統医学(アーユルヴェーダ)、イスラム伝統医学(ユナニ医学)――の根底にある理論へ目を向けると、現代西洋医学とは大きく異なる世界観が広がっています。
これら伝統医学の最大の特徴は、現代科学の知見だけでは説明しきれない「天・地・人の万物一体」という自然観および人体観に基づいている点です。人間を単なる細胞や臓器の集合体として機械的にとらえるのではなく、宇宙や自然、精神が不可分に結びついた存在として理解します。
たとえば、漢方薬やツボ治療の理論とは、天地と人体を結ぶ「氣」の流れや、身体内部の均衡を整えることで、病を治そうとするものです。そこでは、病気は単に身体の一部分に生じた故障ではなく、大自然との調和が崩れた状態としてとらえられます。つまり、人体の働きや状態とは、環境と深く結びついるという考え方です。
このような考え方は、現代西洋医学の立場から見ると、いかにも非科学的に映るかもしれません。では、世界三大伝統医学はオカルトなのでしょうか??
この問いを考えるためには、現代科学とは異なる世界観に基づく知識を、わたしたちはどのように評価すべきなのかを考えてみる必要がありそうです。
1.三大伝統医学の世界観
1.)基本概念の比較――調和とバランスを巡るみっつのパラダイム
世界三大伝統医学を紐解くうえで不可欠なのが、それぞれの健康観を支える基本概念——中医学の「氣」、アーユルヴェーダの「ドーシャ」、ユナニ医学の「四体液説」です。起源となった地域や文化圏は異なるものの、これらみっつの概念には共通性する理論と、独自の理論的展開が存在します。
・中医学
人体活動の基本概念――天地人を循環する不可視の液体である「氣」、血液である「血」、血液以外の体液である「水」
根底にある自然観・元素論――陰陽五行説(木・火・土・金・水)
健康・病気のとらえ方――「氣」をはじめとする生命要素の巡りが滞りなく、陰陽の均衡が保たれている状態。
・アーユルヴェーダ
人体活動の基本概念――心身を動かすみっつの生命エネルギーである「トリ・ドーシャ」。ヴァータ(風・空)、ピッタ(火・水)、カファ(地・水)。
根底にある自然観・元素論――五体元素(空・風・火・水・地)
健康・病気のとらえ方――みっつのドーシャのバランスが各人の生まれもった体質(プラクリティ)に適合している状態。
・ユナニ医学
人体活動の基本概念――四体液説(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)
根底にある自然観・元素論 ――四元素説(火・気・水・地)
健康・病気のとらえ方――よっつの体液の質的・量的調和が保たれ、自然治癒力がはたらいている状態。
2.)三大伝統医学に共通するみっつの理論
一見するとまったく異なる理論に見えますが、その根底には古代の人々が導き出した共通の人間観察が横たわっています。
・ミクロコスモス(人間)とマクロコスモス(自然)の照応
すべての体系において、人体は自然界の法則の縮図として描かれます。自然界の構成要素(元素や季節の移り変わり)がそのまま体内の動態と連動していると考えます。
たとえば、中医学では春に「肝」の気が上がりやすく、アーユルヴェーダでは夏の熱で「ピッタ」が増大し、ユナニ医学では冬の冷湿で「粘液」が過剰になると考えます。そして、その天からの刺激によって乱れたバランスを「地(自然界の薬草や食材)」の力で整えるというように、マクロな自然の巡りとミクロな体内の状態がつねに連動しているととらえます。
・動的バランスとしての健康
健康とは絶対的な固定状態ではなく、つねに変化する要素の均衡を意味します。病気とは特定の物質やエネルギーの過不足、あるいは停滞によって引き起こされる「バランスの崩れ」と定義されます。
・体質(個体差)を重視するオーダーメイド観
症状そのものだけでなく、「だれがその病気にかかっているか」を重視します。患者の本来の体質や環境(気候・食事・生活習慣)を見極めたうえで治療方針を組み立てます。
3.)各体系の違い
一方で、生命現象をどのようなモデル化としたかというアプローチには、明確な差異が見られます。
・中医学――機能と「流れ」を重視する動態モデル
中医学の「氣」は、単なる物質というよりも「生命活動のエネルギーや機能そのもの」を指します。目に見える体液(血・水)と目に見えない機能(氣)が全身の「経絡」を循環する「流れ」に焦点を当てます。臓器そのものの解剖学的構造よりも、「肝」「心」「脾」「肺」「腎」という機能的なネットワークの相互作用を重視する点が特徴的です。
・アーユルヴェーダ――生体エネルギーの「性質」による分類
アーユルヴェーダの「ドーシャ」は、風の性質をもつ「ヴァータ」、火の性質をもつ「ピッタ」、水の性質を持つ「カファ」から構成されます。これらは生命を動かす「性質の複合体(生命エネルギー)」です。個々の人間がもつ独特のドーシャ比率(体質)を可視化し、食事やオイルトリートメント、ヨガなどを通じて性質の過不足を微調整していく点に独自性があります。
・ユナニ医学――物質性と質感を基盤とする解剖学・体液モデル
古代ギリシャのヒポクラテスやガラノスの医学を継承したユナニ医学は、もっとも「物質的・体液的」なアプローチをとります。よっつの体液(血液・粘液・黄胆汁・黒胆汁)に「温・冷・湿・乾」というよっつの自然の性質(気質)を結びつけ、生化学的な調和を追及しました。この「四体液説」は後の西洋医学の基盤となり、中世ヨーロッパやイスラム世界で解剖学や外科学の発展とも深く結びつきました。
このように、概念の抽象度やアプローチの軸は異なるものの、いずれも「人間を自然の一部として統合的にとらえる」という普遍的な知恵に基づいています。
2.現代医学と伝統医学の考え方の違い
両者の根本的な違いは、生命現象をどのようにとらえるかという視点の違いにあります。
伝統医学が人体を自然環境や精神と不可分なものとしてとらえる「ホリスティック(全体的)な視点」をもつのに対し、現代医学は病気の原因を器官や組織、分子のレベルまで細分化して特定する「要素還元主義(局所的)な視点」を基礎としています。この観察眼の違いは、病気の定義や診断方法に明確に表れます。
現代医学が画像診断や血液検査などで数値化された「客観的な異常」を病気の根拠とし、同じ病名であればだれもが再現可能な「標準化された治療」を目指すのに対し、伝統医学は視診や脈診などを通じて患者個人の「体質の偏りや全体の調和」を観察し、検査数値に表れない未病や自覚症状までをも治療対象とする「オーダーメイドの治療」をおこないます。
治療のアプローチや得手不得手においても両者は対極的です。現代医学が得意とするのは、手術や合成医薬品を用いて病原因子や病変部を直接攻撃・排除する「局所的アプローチ」であり、急性期疾患や感染症、救急救命において目覚ましい成果を上げます。一方、伝統医学が得意とするのは、生薬やハーブ、鍼灸、食事療法などを通じて自己治癒力を引き出し、根底からバランスを整える「全身的調和のアプローチ」であり、慢性疾患や自律神経の不調、体質的な不調に対して高い効果を発揮します。
いわば、現代医学が「病気そのものを攻撃・除去する医療」であるならば、伝統医学は「病気を抱える人間の土台を底上げする医療」であり、双方の視点は互いの弱点を補い合う関係にあるのかもしれませんね。
3.現代医学と伝統医学の人体観や対処方法はなぜ違うのか??
両者の違いは、現代人と古代人が採用している認識と観察の方法論が根本から異なる点にあります。そもそも現代人と古代人とでは意識の構造が異なっていた可能性があります。
近代科学の代表的な特徴は以下の点といえる。
a. 等質性(普遍性、客観性、再現性)――個別の環境に左右されず、同一の事象や結果が確認できる。
a. 一義性(定量性、理論性、数理性)――事象を法則的、定式的、統一的に説明できる。
しかし、このふたつの特徴を成立させるには、以下の方法論が必要であり、自然界の有機体論的秩序(オカルト的自然観および人体観)がつかさどる全体性を理解することができない。
b. 二元性(対象系外部からの観測、外部観測、主客二元論)――観測系と対象系を明確に分ける。また、主観を排除して観察すること。
b. 部分性(局所的、還元的)――時空全体のあらゆるレベルの事象を、それぞれ独立した局所的な系として区別し、分析すること。
・オカルトはこれを回避するために、以下の特徴と方法論をもつ。
a. 異質性(特殊性、相互作用性、一回性)――事象は非可逆的かつ個別性をもち、同じ条件下での再現ができない。
a. 多義性(定性的、複雑性、象徴性) ――一事象が膨大で動的な諸因子と因果関係を含むために一義的、理論的な説明ができず、複雑多様な意味や性質を含む。その知識は、記号や図形、物語、動的な法則によって多義的・定性的・象徴的に説明される。
b. 一元性(対象系内部からの観測、内部観測、主客一元論)――観測系と対象系が分離できず、観測者自身がそれを構成する一部として関わること。
b. 全体性(大域的、統一的)――すべての事象は独立しておらず、全体として影響しあう一体の系としてあつかうこと。
近代科学や現代医学があつかうのは線形比例的な単純性のシステムであり、主体・主観を排した部分どうしの定量的な関係を本質的なものと考える態度。一方、伝統医学を含めたオカルト的知見(古代の呪術・宗教・哲学)があつかうのは非線形非比例的な複雑性のシステムであり、主体・主観を含めた全体の定性的な一体不可分性を本質的なものと考える態度なのです。
4.まとめ
近代科学の基準から見れば、近代科学では説明がつない理論展開、そして解剖学的に可視化・定量化できない「氣」や「ドーシャ」「四体液」といった概念は、たしかにオカルト(隠されたもの、目に見えない領域)の範疇にあります。
しかしそれは、伝統医学が非現実な迷信だからではなく、近代科学が得意とする「要素還元主義・局所分析」という単一的かつ機械的な物差しでは、大自然に統合された人体という「非線形・定性的・複雑な全体システム」を測りきれないからにすぎないからなのかもしれません(これは人体観や医学のみならず、現代と古代の自然観の違いにもいえることです)。
古代から継承されてきた伝統医学の叡智は、天・地・人の相互作用を膨大な歳月のなかで観察し、臨床のなかで洗練させてきた「患者の主体性や個別性を含めた高度な経験知の集積(複雑系の知)」です。
近代科学の「客観性と再現性」に基づいた、病変部を直接攻撃・排除する現代医学。オカルトの「全体性と個別性」に基づいた、環境と人間という土台全体の調和を取り戻す伝統医学。両者は決して排他的に対立するものではなく、採用する認識論が異なるからこそ、互いの死角を補い合える相補的な関係のようにもとらえられます。このふたつの視点を統合していくことこそが、人間の健康と医療の真の姿を解き明かす鍵になるのかもしれません。
引用、参考記事
「看護における全体性の概念」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jans1981/20/2/20_46/_pdf/-char/ja
