痛みは終わりの理由にならない
見上げた瞬間、自分の呼吸が聞こえなくなった。
朽ちた幹の内側から、空を見上げる。 苔むした木肌の隙間に、緑の光がハート型に切り取られていた。

この木は、何百年、何千年をここで生きてきたんだろう。
自分が生まれるずっと前から 自分が死んだあとも、きっとここに立ち続ける。
そう思うと、目の前が少しにじんだ。
理由はわからない。 悲しいわけじゃないのに、涙腺が緩む。
たぶん、圧倒的な時間の前に立つと 人は勝手に、何かを差し出したくなるんだと思う。
自分の悩みも、焦りも この木の年輪の、ほんの薄皮一枚にも満たない。
それなのに、いつも自分の中では それが世界のすべてみたいに感じてしまう。
屋久島の森は、時間の流れ方が違う。
コケも、シダも、空気そのものが 何百年という単位で呼吸している。

木は、傷つきながら生きている。
幹には、裂けた跡や、朽ちた穴がいくつもあった。
それでも、上へ上へと伸び続けている。
人間だったら、とっくに諦めていたかもしれない傷を この木は、何百年も抱えたまま、生き続けている。
痛みは、終わりの理由にならない。
そう、木が教えてくれた気がした。
森を出るとき、もう一度だけ振り返った。
木は何も言わない。
ただそこに立って これからも、ずっとそこに立ち続けるだけだ。
その静かな強さに 少しだけ、勇気をもらった気がした。
自分の人生は、木に比べたら瞬きよりも短い。
だからこそ この一瞬を、ちゃんと生きようと思った。
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