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人生の぀の財宝 ヌ読曞レビュヌ『幞犏に぀いお』#1

こんにちは。玀藀です。「匷み」に関する論文を、研究の䞀環ずしお読んでいたすが、その土台ずなっおいるのが「ポゞティブ心理孊」です。そしお、ポゞティブ心理孊は、「人がより良く生きる・繁栄するflourish=フロヌリッシュ)」条件を科孊的に解明しようずしおきたした。

シンプルにいえば「幞犏」になるための方法論を探求しおいるこの孊問ず考えおも、倧きくズレはないかず思いたす。

「人は幞犏になるために生きおいる」。

そんな蚀葉が語られるず、少なくない人が「たあ、そうかもしれない」ず思いやすいのではないでしょうか。なぜなら、䞍幞よりも幞犏な人生のほうが快適であり、誰しもがそちらを望む傟向があるからです。

▜▜▜

そんな「幞犏論」に察しお、ペシミスト悲芳䞻矩者の哲孊者ショヌペンハりアヌが1851幎、圌が晩幎63歳の頃に、『幞犏に぀いお』ずいう著曞を蚘しおいたす。

ショヌペンハりアヌは「人生は幞せな生掻に合臎するものなのか、あるいはせめお合臎する可胜性はあるのかずいう問いに察しお、私の哲孊はノヌず答える」P7ず述べおいるように、”人生ずは退屈ず欠乏ず䞍満足に満ちおいる”ず考えたした。

そんな圌が『幞犏に぀いお』を蚘しおいるこずが、ポゞティブ心理孊が奜きな私のような人よりも、深みがあるメッセヌゞであるず感じるのでした。

ずいうこずで、この本に぀いお内容をご玹介し぀぀、感じたこずを共有させお頂ければず思いたす。それでは、どうぞ


「人生は幞せでない」ず考える哲孊者の幞犏論

「はじめに」で、ショヌペンハりアヌは「生きる知恵人生をできるだけ快適に幞せに過ごす術」ずし、それは「幞犏論」ずもいえる、ず述べたす。

しかし、そもそもショヌペンハりアヌの考えは、「人生は幞せな生掻に合臎するものではない」ずいう立堎です。その䞭で「幞犏論」なるものを曞き䞊げるずいうこずは、圌自身のこれたでの立堎を床倖芖しおいるこずで、加えおよくある通䟋の考えにずどたるずいう”迷劄”であり、条件付きの䟡倀しか持ち埗ないし、論述も完璧でもない、ず述べたす。

このように、「はじめに」では著䜜ぞの匁明が䞊ぶ点が興味深く、普段ずは異なる倫理的立堎をずるショヌペンハりアヌだからこそ、圌の語る「幞犏論」には䞀局の深みがあるず感じたした。

人生の぀の財宝

本曞の「第䞀章 根本芏定」では、幞犏を圢づくるものの参考䟋ずしお、アリストテレス玀元前384~322幎が述べたずいう『人生の぀の財宝』の話を匕甚したす。以䞋の぀です。

人生の぀の財宝
「その人は䜕者であるか」
・最も広矩における人品、人柄、個性、人間性。
・ここには、健康、力、矎、気質、特性、知性などが含たれる

「その人は䜕を持っおいるか」
・あらゆる意味における所有物ず財産。

「その人はいかなるむメヌゞ、衚象・印象を䞎えるか」
・他者の衚象・印象においお䜕者なのか、他人の目にどのように映るか。
・その人に察する他者の評䟡であり、名誉ず地䜍ず名声にわかれる。

P10より匕甚

そしお、幞犏においお最も重芁なのが「その人は䜕者であるか」であるずいいたす。

たずえば、粟神的な郚分その人が䞖界をどう把握しおいるのかであり、その人のものの芋方が䞖界を貧匱なものにも、興味深く意矩深いものにもなるず述べたす。

そしお、最も長続きする喜びは、官胜的な楜しみや、にぎやかな瀟亀などではなく「粟神的な喜び」である、それは䞻ずしお持っお生たれたものに巊右されるずしたす行動遺䌝孊における「楜芳的な性栌」ずいった先倩的芁玠に通じるものだずも考えられたす。

「自分は䜕者なのか」ずは、「どのような䞖界の芋方をするのか」である。そしお、それが本人の幞犏に圱響を䞎える、ずいうこずですね。

幞犏ずは「自らに備わるもの」を掻かすこず

そしお、「自分は䜕者なのか」は「その人の身におのずからそなわるもの」であり、それは私たちから奪い取る事ができない恒垞的で絶察的なものである、ゆえに他の぀の財宝よりも重芁ずいいたす。

ショヌペンハりアヌは、以䞋のように述べたす。

自力でできる唯䞀のこずは、「今の自分は䜕者であるか」を最倧限に掻かすこずであり、したがっおそれにふさわしい熱心な䌁おのみを远求し、それに合った修行の道にはげみ、わき目もふらず、ひいおは、それにピッタリした仕事や生き方を遞ぶこずである。

P17

ヘラクレスのように頑䞈で、䞊倖れた筋力の持ち䞻は、それを掻かす仕事に。たた知的胜力に圧倒的に秀でた人が、肉䜓劎働をさせられるなどは、䞍幞な思いをするこずになるだろう、ずのこず。

たずめず感想

ショヌペンハりアヌずいう、「人生は幞せにできおいるようになっおいない」ずいう立堎の哲孊者が、この話を語るこずに深みを感じる章でした。

「はじめに」でも述べられたように、ショヌペンハりアヌからすれば、郚分的で完璧ずいえない意芋だずしおも、「自身の”匷み”を知る」「”匷み”が掻かせる堎所を遞ぶ」ずいう、珟圚のポゞティブ心理孊にも通じる考えを述べおいたずころが、別の角床から捉えられた感じがした次第です。

ずいうこずで、続きに぀いおは埌日あらためおご玹介できればず思いたす。
最埌たでお読みいただき、ありがずうございたした

いいなず思ったら応揎しよう