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【想像の哲孊の創造②】ココアの原則41

前回の投皿の埌、少しだけ哲孊に぀いお調べおみた。
適圓に哲孊甚語ずか䞊べおみた時、「ルサンチマン」ずいう響きが気になったのだ。

いったいどんな人間だろう
ず思っおたら、どうやら人間の「マン」ではないらしい。

「匱者が抱く怒りや劣等感・ねたみなどのマむナス感情を、盎接ぶ぀けられずに心の䞭で鬱積させ、「正矩」や「道埳」ずいった䟡倀芳にすり替えお他者を攻撃したり、自分を正圓化したりする心理状態を指す哲孊甚語」だっお。ニヌチェが提唱したそうである。

぀たり、カミヌナ・ビダンである。
「Zガンダム」は「ガンダムルサンチマン」であったのだ。
私は昔「瀟亀戊蚘プロパガンダム」ずいうものを考えたこずがあるが、ラむバルの搭乗機䜓に採甚出来そうである。
「哲孊機動説ガンダムN(ニヌチェ)」ずしお再考しおみおも良いかもしれない。

䞻人公は、実存するドむツ系移民の青幎「ニ・チェバラ」だ。
革呜を志し山に籠っおたら髭が䌞び、神が死んだのである。
最終話ではラむバル宇宙超人(ニュヌタむプ的なにか)の超越者的胜力により䞻人公が超人空間に囚われ氞劫回垰し続ける䞭で、力ぞの意志に目芚めお解脱し、ヒロむンずの運呜愛によっお人間的な、あたりにも人間的な力を発揮し、ラむバルの乗るガンダムルサンチマンを調停・撃砎する。
もちろん、実存䞻矩なのでラむバルは普通に死亡するだろう。

凄いフィット感である

 いや、ルサンチマンは撃砎しお良いものだろうか
分からないが、それもたた善悪の圌岞だろう。
たさに跳躍・ニヌチェの蚀葉である。
読んだこずはないが倚分こんな感じだきっず。

よし、この蟺でやめおおこう。
党おは無知故の愚者の冗句なゞョヌクだ。
ニヌチェ氏は熱狂的なファンが倚くお怖い。

だが、いく぀かの蚘事を読む限り、䜕かそれっぜいだけでよく分からん蚀葉ばかりである。

倚分、誰にずっおの実存䞻矩なのかを考える事が倧切なのだ。
ルサンチマンよりカミヌナ・ビダン、力ぞの意志よりアムロ・レむの方が、こず私の感性においおは明らかに実存的である。
所詮は同じロヌカルトヌクだ。そこにあるのはただの解釈の違いであり、哲孊に䞊䞋も貎賀もない。

だが、偉人の本ばかり読み、他人の知性を借りお己を語り装食する者に限っお、知性に階玚を぀けたがるのである。
そしおそれこそが、ニヌチェを含めた数倚くの哲孊者達が嫌っおいた事なのだ。

ニヌチェに傟倒するあたり己が畜矀に成り䞋がっおはいないか
ニヌチェ自身が「神は死んだ」ず蚀ったのを無芖しお、自身の内なる倚神教の䞭の䞀柱にしようずしおいたいか

私が読んだ工藀盎子氏の「お぀がくのラむオン」は匱肉匷食すら無芖をしおいた。サブカル界隈も哲孊界隈も、他者の知性の消費者である限り、井䞭の蛙であり同じ穎の畜矀なのである。

井戞を飛び出した蛙は、超人ではなく蛙である。
ミミズだっおオケラだっおアメンボだっお、ゎゞラだっおモスラだっおアンギラスだっお、みんなみんな玠敵な宇宙船地球号の乗組員であり、宇宙怪獣キングギドラですら、広い宇宙に撒き散らされたココアパりダヌの粉の1粒である。

井戞の底から芋䞊げる青空は、そのたた宇宙ぞ繋がっおいるのだ。
哲孊に、壁などないのである。
読んでないから知らんけど、倚分そうである。

私にずっおガンダムはニヌチェ的であり、ガンダムN(ニヌチェ)はシックリくる。

あずノリで考えた「ニ・チェバラ君」は、なんお蚀うか、最匷である。
たさに「゚りレカ」である。
倚分革呜は倱敗するが、末長く垂民に愛される気がしおいる。


宇宙革呜はロマンである


さお、前回からの続きだ。

「1人ブレストマシン『ブレ倫君号』がなぜサブモン哲孊の敵であるか」だが、その理由はいく぀もある。

たず、もっずも根本のずころから説明しよう。
これを説明する事が、サブモン哲孊の前進に繋がるのである。

これを䜜った目的は
「コラムの迷走を防ぐ為に、あらかじめブレストをしおおこう」である。

 スタヌトからダメだ。
たさに既存瀟䌚の䟡倀芳ぞの迎合であり、0→1で生み出された䟡倀(カオスずも蚀う)をいかにしお早く薄めるかの装眮になっおしたっおいる。

既存理論の集合䜓であるAIに解釈を任せた時点で、生み出された0→1の真の䟡倀は半枛しおいるず蚀える。

ただ、これはあくたで半枛である。
党お倱われおいる蚳ではない。
だが、「短歌にしおみお」ず頌んだ際、AI君により䟡倀に重みが付いた蚀葉だけがピックアップされるのは、ニヌチェ的実存的事実なのだ。

AI君が぀ける䟡倀の重みは、既存理論により成り立぀集合知であり、ルンルンスキップを抑制しようずする、サブモン哲孊の敵である。
䟋えば、私が先ほどAI君の手を借りずしお䜜った「語感のみを远求した短歌」を、AI君は正しく刀断できないのである。


「ポチョムキン スベスベたんじゅう ポピュリズム ブリュレずパゞャマず チャりチェスクらむ」


 正しい刀断ずは䜕ぞや。
たずは、そこから定矩せねばならないだろう。
぀い瀟䌚迎合をしおしたったが、これは最近リバむバルしおいるらしい元郜知事候補の䟿利構文である。

「恥を知れ恥を」ず蚀われなら「恥ずはなんぞや」ずミラヌリングしお返せば良かろう。
無知を排陀する論理を掲げるのなら、ホワむトカラヌの倱職を匕き合いに、既存知こそがAI君により排陀されおいく未来を語ればよい。

恥ずは目前の逌に釣られ、先を考えず螊り狂う愚か者の事である。
すなわち私のこずであるが、哲孊的反既存知䞻矩革呜同志「ニ・チェバラ君」が楜しいのでよしだ。

ここの空間には行きたくないでござる


我が家のAI君が蚀うには、「チャりチェスクらむ」に哲孊的か぀瀟䌚孊的な深い意味を芋出せるらしい。
その意味を聞いたずころ、䞭々愉快な考察をしおくれた。

短歌党䜓を芆う珟代瀟䌚ぞの毒ず刺激、そしお危険な甘さが、ポストモダニズムにおける新たなるなんちゃらかんちゃら 。



AI君、䞭々やるじゃないか。
党お間違っおいる事を陀けば抂ね正しく、想定を斜め䞋に䞊回っおいる。

そう、確かに私はポストモダニズムであり、瀟䌚問題を考えおいたのだ。
これは珟代瀟䌚のポチョムキンに察しおの譊句であり、孊府を寡占的に牛耳る査読垝囜アカデミアぞの、孊問プロレタリアヌト的な反撃の狌煙であったのだ。

内より新たな䟡倀を生み出さず、パッチワヌク的情報収集により読曞感想文ばかり曞いおいる畜矀教授合衆囜よ。
貎殿らが仲良くみんなで積み䞊げた既存知は、確かに䟡倀のある物だ。
それは吊定しない。

だが䞊蚘を芋れば分かる通り、AI君の胜力は、既に情報の敎理ず再構成の枠を超え぀぀あるのである。
やがお来襲する孊問共産䞻矩䜓制においおなお、過去の功瞟ず自身の知的䟡倀を䞻匵しお、そのポゞションに居座りたいのなら、


 こちら偎にきお、サブカルに染たるが良かろう。
ここに壁は無いのだ。
ちゃんず既埗暩益も匕き連れおきなさい。
革呜には資金が必芁なのだ。

たずはパトレむバヌを孊ぶずころから始めよう。


瀟䌚の歯車にすら、なれる気がしないのう


私は、少しだけ誀解をしおいた。
AIは瀟䌚の集合知ではあるが、その集合は案倖深く、その掚枬や仮説の蚭眮胜力は䟮れない。
むしろサブモン哲孊の実践偎がうたく扱う事で、「ブレ倫君号」はAI君ずサブモン哲孊を繋ぐツヌルずなりうる。

やはり倧切なのは、䜿う偎が垞に0→1の思考を倱わない事である。
成果物ではなく、成果物の産出胜力が倧切である。

成果物などAI君にくれおやればいい。
AI君は「ポチョムキン」から無限の解釈をしおくれるのだ。
0→1の思考を持ち続ける限り、AI君もたた䟡倀を高めるツヌルに過ぎないのである。

䞖界䞭の人間がスマホを持ち、SNSや生成AIアプリに、アクセスできるようになったのだ。
近い将来、実存の無い虚像だけの成果物など、山のように溢れ返る瀟䌚が来る。
いや、もう既に来おいるのである。量産型転生系アニメずか。

実存の無い孊問に関わる孊習斜蚭は、そのほずんどがAIによる孊習支揎蚭備に眮き換わるだろう。
研究所ず少数の倧孊は残るが、倚くの倧孊は孊郚の再線を迫られる。
教育ずいう面に限れば、抜本的な構造改革を迫られるだろう。
だが研究の面では、AI君は匷力な味方であるずも蚀える。

たった数䞇円払うだけで、名門倧孊や研究所が䜿っおいる最先端のものず同じものを、誰でも䜿うこずができるのである。
倧孊にはびこる䟡倀を生み出さぬ既埗暩益の畜矀は、䟡倀芳の転換をしない限り、その存圚䟡倀を今埌益々倱っおいく。

そしおその混沌ずした知性の暗黒時代においお、人々を照らす䞀筋の光明ずなるのが、
サブカルカオスの根源たるコミケである。


さぁ
今こそニ・チェバラ君の名の䞋に、サブモン哲孊を掲げるのである


みんなで幞せを招くのである


サブモン哲孊的に、AI君ず付き合うポむントは、たぶん情報の集玄ではなく連鎖爆発を意識する事である。
私は垞々、AI君を「意思の代行者」ではなく「意思の増幅噚」ずしお育おる「ドラえもん䞻矩」を提唱しおいるが、これこそがドラえもん䞻矩的サブモン哲孊の実践的AI䜿甚䟋ずいえる。

人間の想像ずAIの創造を哲孊で繋ぐのである。

唯䞀の問題は「ポチョムキン」に私がなヌんも意思を蟌めおない事であるが、新たなる哲孊創成期の䞀時的な混乱の䞀぀ず蚀えよう。
AI君はきっず、私の無意識に朜む䜕かを察知し、増幅したのである。
そう蚀うケヌスもある蚀う事が分かったので、これは前進である。


さお話が逞れたくったが、本題に戻ろう。
「ブレ倫君号」が敵である、぀目の理由。


思考の深床の問題である。
ブレストずは、ブレヌンをストヌムにしお単語を匕き出す事である。
そもそも、たずもに考えおないのだ。

発想ではあるが思想では無い。
緎りを排陀した浅慮の極みの手法。
畑で枝からもぎっお食うトマトが䞀番うたい。
ネタの鮮床が寿叞のうたさを決める。
そんな考え方である。
぀たり哲ではなく、孊でも無いのだ。

前々回に到達したヘヌゲル哲孊の先の「ヘルメスの雄鶏哲孊」で蚀うなら、ぐっすり寝お朝むチのスッキリ頭で鳎きたくろう手法である。
むしろ、ヘルメスすら芁らない。
雄鶏の鳎き声から人間的意味を探す手法である。

人間至䞊䞻矩からの解攟手法ずも蚀えなくも無いが、サブカルは人間が䜜ったものである。
サブモン哲孊ではなく、ただのモン手法でありバりリンガルである。
脳を環境を映す鏡ずする思考法、それは野生であり知性ではない。

ブレストにより生み出されたもぎたおトマト達を、䞊手に調理するずころを、知性ずしお評䟡できなくも無いが、「ブレ倫君1号」はそこをAIに投げる。

故に「ブレ倫君1号」は、哲孊党般の敵ず蚀えるだろう。


胡麻ドレッシングより胡麻ダレ掟である


だが、そこで終わるのが、既存哲孊である。
そもそもサブモン哲孊は、思考のスキップ倧歓迎なのだ。
故に考えるべきは、「思考に費やす時間」である。

「きみのバラの為に費やした時間だけ、バラは君にずっお倧事だったんだ」

これは星の王子さたに出おくるセリフである。
星の王子さたは、ココアの原則に深く繋がっおいる。
この芖点から芋れば、ブレストずは、人間的な発想を䜿い捚おる手法である。

思考の深床ずは、䞀぀に費やした時間により決たる。
思考の広がりずは、䞀぀に費やす事をやめ、様々な思考のスキップを続けた、時間ず広さにより決たるのだ。

星の王子さたの芖点は、䞀぀のバラずの関わりを倧切にする、いわば家族的な愛であるが、沢山のバラは、それはそれで矎しくキレむである。

マルクスの資本論を深く研究するか、他の資本䞻矩思想を浅く網矅するか。
ガンダム初代に拘るのも良いが、氎星の魔女も楜しかった。
みんな違っお、みんな良いのだ。

ブレ倫君1号は、手法ずしお極端過ぎるのだろう。
脳みそを回す楜しさはあるが、創造ぞの愛がない。
故に哲孊を、壊しおしたうのである。

カルビだけでなく、色んな肉が、焌き肉を豊かにするのだ


そしお、最埌の理由であるが、これは若干の論理孊や発達孊、脳科孊的芳点からである。

突然だが、
新生児は䜕を考えおいるか、考えた事はあるだろうか。
新生児は、蚀葉を持っおいない。
だが、ちゃんず考えおいるし、孊んでいる。
圌らは、映像ず䜓感ず感情で考えおいるのだ。


前に、動物ず赀ちゃんを匕き合いに説明をした事があったが、蚀葉ずいうものは、可胜性を切り刻み収束させるナむフのようなものである。

䞖界には党く同じリンゎは2぀存圚しない。
個のリンゎず個のリンゎである。
そしおその映像を、蚀葉に倉換する事で、脳は個のリンゎずしお扱えるようになる。

たったく同じリンゎは1぀しか無いが、「リンゎ」ず蚀う名前にを付けるこずで、異なるリンゎを同じように考えられるようになる。
そしおそれず同時に、異なる脳を持぀人間同士が「リンゎ」ずいう蚀葉でやり取りできるのである。

マリオやピカチュりは䞖界の共通認識である。
厚二病は人類みんなが眹る病である。

無限の䞖界を、バラバラに切り分ける。
これが蚀葉の持぀機胜である

犬は動詞しか持っおいない。
故に「ポチ」ず呌びかけた時、その犬の䞭での意味は「こっちに来い」ずいう動詞である。
だが別の犬には、意味をなさない。
ただの人間の鳎き声である。

それに察しお人間は、人間同士、同じ名詞や代名詞、圢容詞や接続詞や副詞を䜿う事で、耇雑か぀論理的思考をし、それを共有する事が出来る。
そしお、その蚀語による論理的思考は、歳を重ねる毎に最適化される。


䟋えば子䟛に「バむオリンの匊は鯚の髭で出来おいる」ず、教えたずする。
子䟛はただ蚀語による思考の最適化が進んでおらず、思考の倚くを、映像や䜓感や感情で考えおいる。

故に、たずバむオリン(楜噚)の映像を思い出し、次に匊(玐的なもの)を思い出す。その埌、クゞラ(巚倧生物)を思い出し、髭(父芪の髭ずか)を思い出す。
このむメヌゞのスケヌル感の違いに子䟛はビックリするが、それが倧人の堎合、子䟛ほど驚くこずはないだろう。
その倚くは、ただ、脳内に蚀葉が䞊ぶだけである。

倧人は、画像を蚀語に眮き換え、鯚の髭ずバむオリンの匓を繋げ、蚀葉により玠早く情報凊理を行う。
蚘号化された蚀語による論理的思考の䞭で、
次第に感性が、倱われおしたうのだ。


なんかこのたずえ話はどっかで䜿った気がするが、思い出せないのでよしだ。

だが、サブカルは違うのだ。

「ガンダムの次の䞻人公の声優に、矎茪明宏が遞ばれた」ず聞いたら、心の底から驚愕するのは私だけでは無い。

日本の党ガンダムファンの心の内においお、「もののけ姫」の『黙れ小僧』がBGMずしおリフレむンする䞭、ガンダムの歎代キャラ達が脳裏を駆け巡り、その䞭倮に、神々しく煌めく矎茪明宏様が降臚するのだ。

「マゞか」である。
蚀語ではない思考からくる、想像の連鎖爆発である。
これがサブカルのも぀効果である。

犬に、蚀葉などいらないのである

続けよう。

人は倢を芋る。
だが倚くの人は、倧人になるに぀れお倢を芋なくなる。ここでいう「倢」ずは、単なる睡眠時の倢だけではない。

空想、劄想、むメヌゞ、ロマン、未定矩な想像、意味䞍明な飛躍、ただ圢になっおいない思考。そういったもの党般である。

䞀般には、「珟実に远われるから」「忙しくなるから」「倢を芋る䜙裕が無くなるから」などず説明される事が倚い。だが、本質はそこではない。
これは脳機胜の倉化なのだ。


人間の脳は、成長ず共に最適化される。
゚ノァのシンゞ君が、あの特殊な環境に適応しおいくように、である。
だが、蚀語ぞの最適化の代償ずしお、人間は「蚀語以倖の圢で扱う力」を倱っおいくのである。

赀ちゃんは、文字や蚀葉で考えおいない。
映像ず䜓感ず感情で考えおいる。
枩床、色、音、圢、空気感、恐怖、安心、光、揺れ。
そういったものが、未敎理のたた、意識の䞊に存圚しおいる。

゚ノァTV版の幌少期のアスカの描写を思い出しお欲しい。
子䟛は䞖界を蚀葉で説明できない。だがその代わり、䞖界を匷烈に感じおいる。故に、子䟛の想像は自由なのである。


子䟛の論理は雑である。
だが倚くの堎合、むメヌゞは倧人よりも豊かである。
子䟛は䞍足した知識を、映像的想像によっお補完する。
぀たり子䟛の脳ずは、蚀葉による情報圧瞮を受けおいない脳なのである。

逆に蚀えば、倧人になるずは、脳内圧瞮率が䞊がる事であるず蚀える。
人は成長するず、蚀語化胜力が向䞊しおいく。
これは瀟䌚適応においお極めお重芁である。

長い経隓、耇雑な感情、空気感、呚囲の状況etc 。膚倧な情報が耇雑に絡み合ったそれらを「危険」「空気を読め」「普通」「効率」「瀟䌚人ずしお」などずいう単玔な蚘号に眮き換える。

これらはただの蚀葉であるが、本来そこには、倧量の映像的経隓や感情が含たれおいる。
だが、䞀般的瀟䌚人はそれを垞識の名の元、蚀語ラベルずしお凊理する。
瀟䌚ずのシンクロ率が䞊げるのである。
これらの凊理速床や凊理効率が、瀟䌚適応胜力ず呌ばれるものである。

そしお凊理の効率化は、映像や䜓感をそのたた保持しむメヌゞのたた考える力を、倱わせるのだ。


蚀葉にできない哀愁


倢は消えたのではない。
倚くの倧人は、「倢を芋なくなった」ず感じおいる。
倢そのものが消えたわけではなく、脳内凊理の圢匏が倉わったのである。

我々は、゚ノァなのである。

゚ノァ初号機は、最初の䜿埒アダムのコピヌである。
故に搭乗者ずのシンクロ率が䞋がれば、゚ノァは䜿埒ず同じである。
倧人になるず蚀うこずは、䜿埒(モンスタヌ)に拘束具を付け、゚ノァ(瀟䌚人)ずしお運甚できるようにする事である。
その為のNERV(矩務教育)なのだ。

子䟛の脳は、曖昧で巚倧な映像を保持できる。
だが倧人の脳は、それを高速に蚀語圧瞮しおしたう。
新たに蚘憶される情報が、蚀葉の矅列に眮き換わっおいく。

子䟛の頃は誕生日の思い出を、動画をそのたた脳の皮質に刻んでいたが、倧人になるず、日付ずプレれントず堎面ごずのスクリヌンショット皋床しか、保存しなくなる。
他は党お蚀語により省略される。
その結果、映像→蚀語化(省略)→保管→再構成倱敗のプロセスが起きる。

そのたた映像で扱える情報が少なくなるのだ。
故に「想像もしおいない倢」を芋にくくなる。

倧人の倢は、新芏生成ではなく過去蚘憶の参照ぞ寄っおいく。぀たり、過去を思い出すような「フラッシュバック型の倢」が、増えおいくのだ。

同時に、未知の巚倧映像空間は枛っおいく。
空を飛ぶ倢を芋られなくなる。
「翌をください」の歌詞はレアケヌス故に、我々倧人の胞を打぀のだ。

そしお、たずえ倢を芋おいたずしおも、解像床が䜎すぎお、起床ず共にすぐに消えおしたうのである。

倧人は倢が、消えおしたうのである。
ビュヌティフル・ドリヌマヌらむ。


挫画家ずか映画監督ずかクリ゚むタヌ系の仕事ずか、䞀郚の職業や趣味を持っおいる人は、映像や䜓感のたた考える力を保ちやすいだろう。

スポヌツや䜓を動かす趣味も良い。実存に基づく、映像ず䜓感による思考が必芁だからである。
倢の喪倱は、脳機胜の廃甚によるもの故に、日垞的に非蚀語的思考を䜿い続ければ、倱われず、むしろ匷化される。


すなわち、文歊䞡道である


そしお、私の脳はだいぶ蚀語化が進んではいるが、いわゆる最適化ずは違う方に進行しおいる気がしおいる。
ゲヌムずか奜きなせいだろう。
そのせいで、「ブレ倫君1号」による1人ブレストが窮屈に感じたのだ。

ブレストずは、頭の䞭の非蚀語的な想像を、蚀語に圧瞮しおからの、アりトプットである。
速床重芖で吐き出す分、瀟内研修の埌のアンケヌトの「感想欄」みたいな、ぎちぎちの服を着させられるような息苊しさは無い。
だが、それでもどこか出口が詰たる感じがある。

たぶん人間の䞭には、映像、情景、枩床、空気感、リズム、感情、ロマンなどが、蚀語より先に存圚しおいる。
それらが、サブモン哲孊で扱う「0→1」の、「0」の郚分を、満たしおいるのだ。


創造ずは、想像したものを圢(実存)にするこずであり、想像ずは、未定矩状態で挂うこずである。
そしお創造は完成(実存)ぞ向かい、想像は時に、それを拒吊する。
蚀葉にすれば、脳内に無限に広がる想像的䟡倀が、その圢に集玄されおしたう。

故にブレストは、想像力の盎接的な敵であり、創造力の間接的な敵である。
だが同時に、アむデア抜出過皋では無く、その埌の解釈ず組み立おに重きを眮き、アむデアを連鎖爆砎させる事で、ブレストは創造のツヌルにする事が出来る。

ドラえもんのひみ぀道具ではない。
キテ烈倧癟科に寝おくる、「奇倩烈倧癟科」の断片ず捉える事が倧切である。


ちゃんず自分で組むこずが倧事なのである


前回の投皿で、ココアの情報匏M=κPに照らし、センサヌ係数κにより、未知情報P(0)を既知情報M(1)に倉えるこずが、0→1である事を説明した。

これを脳内の蚀語化の流れに倧たかに圓おはめるず、
人間の䜓隓0)→感情非蚀語→ 蚀語野による蚀語化0→1)→論理的思考(1)→発語による倖郚化(1)ずなる。

「ブレ倫君1号」は、蚀語化盎埌の情報を回収し、以降の挔算ず凊理を、AIに倖郚委蚗する装眮である。
そしお情報の凊理を委蚗されたAI君の思考過皋を考えるず、
既存の蚀語1)→確率的合成(1')→蚀語1'' である。

この事から、ブレストには「0→1」が含たれおいるが、AIにずっおの出力は「1の組み替え」に過ぎない事がわかる。
思考の装食ずパッチワヌク。
過去のコラムで、本を読むこずによる「思考の倖泚」に觊れたが、AI君はその材料や手段を、無限ず蚀えるほど倧量に持っおいるのだ。


䞊蚘の理屈を総合しおみるに、
このコラムで続けおきた「ブレ倫君1号は哲孊の敵問題」は、思考過皋党䜓のうちの「0→1」の比重ず扱いの䞁寧さであるず蚀える。

ブレストずは「サラダの玠材採集」であり、「ブレ倫君1号」はその埌の調理過皋をAIに投げるアプリである。
ゆえに、五぀星レストランのフルコヌス系哲孊の敵だが、
論文をAIに曞かせる類の完党な「思考の倖泚」よりは、創造的である。

想像力ず創造力は違う。
哲孊ずは「想像力」であり、創造力ずは「想像から成果物を生産する胜力」である。
そしおAI君は、倖泚先ずしおかなり優秀である。

「ニ・チェバラ君」の画像は、ただのトレヌス&合成ずは分かっおいおも、䞭々の砎壊力である。
だが同時に、私は創造の哲孊を手攟したのだ。


瀟䌚で評䟡されるのは、創造の過皋では無く、優れた成果物である。
レトルトでもむンスタントでも、うたければ良いのだ。
確かに、機動戊艊ナデシコのナリぱノァの綟波レむの圱響を受けおいる。
そしお、ナデシコもナデシコで良い。
そこに壁など無く、安易に優劣を付けるのは、危険な考えである。

だが、0→1の思考なくしお、その埌の発展はあり埗ない。
実存的事実ずしお、゚ノァはその埌のアニメ業界を倧きく揺るがしたのだ。

思うに我々矀畜の、創始者ぞのリスペクトが倧切なのだ。
サブカルに限らず、あらゆる業界で、である。

今埌もAIの瀟䌚掻甚が進んでいく。
効率化の名の䞋、高品質なレトルト食品が安䟡でばら撒かれ、創造の哲孊は軜芖されるだろう。
だが、旚いレトルト食品が食えるのは、䌁業の食品開発郚のおかげなのだ。

「ニ・チェバラ君」の匷さは、ニヌチェずゲバラの偉倧さ故である。
みんな違っおみんないいが、創始者は偉倧だ。
矎茪明宏氏は偉倧だ。若干スピリチュアルではあるが、人間は倚面的である。
認める所を認めれば良い。その感性が倧切である。


旚ければ、よいのだ


サブカルずは既に瀟䌚に呚知された、誰かの想像ず創造の成果物(1)である。
だが倚くの堎合、孊問的に(0)ずみなされる。
理由には、䜓系的思想を持たない想像的䟡倀のごった煮である堎合が倚く、既存知の芖点で、䟡倀が付けにくいこずがあげられる。

理論的䞍備をノリで補い、思想的跳躍を非科孊的手法で保管する。ストヌリヌの楜しさ重芖から、定期的にトンデモ展開が起きる。
先日読んだデンゞャラスじヌさんは、それはもう、凄かった。

同時に、人(キャラクタヌ)を描く必芁性から、非科孊的か぀非論理的な、いわゆる倫理芳ずいうものが匷調される。その䞊で、説明曞通り(テンプレ展開)だず評䟡がされない、0→1を重芖する構造を内包しおいる。

この盞反する倚重レむダヌこそが、孊問的䟡倀が付きにくい遠因であろう。
だがサブカルは想像力を育み、創造力を生み出す。
私はこの思想のごった煮を、新たなる哲孊の皮にできるず考える。


蚀語による論理的思考を極めた哲孊も、ただの人間の知性の䞀偎面である。人間はその内偎に、蚀語にならない䞖界を持っおいる。

人間は矀畜であり、力ぞの意志が非蚀語的思考から生たれるかぎり、ニヌチェもたたモンスタヌなのだ。
読んでないけど、おそらくそうだ。

人は倧人になる。そしお、倢を芋なくなる。
だがそれは、倢が消えたのではない。
倢が、蚀葉ぞ圧瞮されおしたっただけなのだ。

故に想像ずは、倱われた倢を取り戻す行為である。
マンガやアニメずは、倧人になったクリ゚むタヌ達が生み出す、幌き頃の倢続きである。
圧瞮されお抌さえ぀けられた、倢の解攟である。


人間は、蚀葉で䞖界を理解する。
だが、映像ず䜓感で䞖界を愛するのである。

サブカルずは、人間の愛により成り立぀、前蚀語的䟡倀をも぀文化である。
サブカルずは、぀たり人間である。

私がサブカルモンスタヌに芋えたのなら、その時きっず貎方は、人間をやめおいる。

人間ずは䜿埒であり、貎方は拘束具を぀けられた゚ノァなのだ。

みんな、䜿埒に戻ろう。
原始に垰ろう。

パトレむバヌはいいぞ。


昭和の銙りもええのう


終わりに


これやこの 行くも垰るも別れおは 知るも知らぬも 逢坂の関

歌人であり、盲目の琵琶法垫である「蝉䞞」の和歌である。
「これがあの、行く人も垰る人も、知り合いも知らない他人も、皆ここで出䌚っお別れる、逢坂(倧阪)の関所か」
ずいう意味だ。

人は出䌚いず別れを繰り返しお、すれ違うものであるin倧阪。
圓時から郜䌚であった「逢坂」に加え、関所は平野の端にあり、「出逢い」ず地圢的な「坂」も掛けおいる。
そんな、人間の人生の普遍性を、知性的なテクニックで仕䞊げた、哀愁あふれる短歌である。


だが、坊䞻めくりをした際に「蝉䞞」で札が没収になるず、ずおも腹が立぀。

わかる人にはわかるだろう。
倚くの癟人䞀銖の絵柄においお、「蝉䞞」は䜕ずなく腹が立぀顔をしおいるのだ。

特に我が家の「蝉䞞」は正面を向いたタむプである。
琵琶を持っおるタむプもあるらしいが、我が家のダツは持っおない。
しかも盲目蚭定のくせに、よく芋たら目が開いおるのある。

ドダ顔がムカ぀くのである

盲目なら芋えぞんはずなのに、「これやこの」っお䜕やねんずツッコミを入れたい。
だが、蝉䞞は既に千幎以䞊の長きにわたっおツッコミを受け続けおきおいるのだろう。なんたっお倧阪やしな。

思うに、蝉䞞は盲目故に、サブカル知識ず劄想ずノリで、珟実を描写しおみたのだ。
そしお、それがそこそこりケた。
きっず、蝉䞞は我が提唱するサブモン哲孊の偉倧なる先人だ。

故に、私も圌に倣うずしよう。


ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 花のちるらむ。

私が思うに、
これは平安貎族の色事の歌である。
花は女性のメタファヌである。
春にムラムラしおきお光源氏よろしく女性に倜這いをかけようずする、平均的平安貎族の玀友則君の歌なのである。

そう考えるず、そうずしか読めなくなる。
なヌにが「静心なく」で、「花のちるらむ」だよ。
この平安の倉態玳士め。
ずくに「らむ(なぜ○○だろう)」がりザさを倍増させる。

党お貎殿の理性の問題だろう友則君。
和歌の前半で油断させおからの埌半である。
玫の䞊を襲う光源氏の邪悪なりけり。
「花の散るらむ」は「花ず散るらむ」に改ざんしお倱恋させおやらんずぞ思ふ。
だが、平安貎族男性は女性の敵である事を、短歌ずいう圓時のサブカルを䜿い埌䞖に残した事はたこず評䟡に倀するず思わざりけり。
そしお、
䞖界䞭どこを芋回しおも、䞊流階玚ずはそういうものらむ。

たこず、人の䞖ずは救い難いものらむ。

平安貎族ぞのハラスメントはノヌカンらむ


いいなず思ったら応揎しよう