「え? なにかおもろいこと言いましたか?」の強さ
大学のゼミに、シェイクスピアの喜劇を題材にするとやたら場を沸かせる親友がいた。
シェイクスピアというと悲劇の印象が強い。
もちろん『ハムレット』や『マクベス』のような作品は、重たくて、美しくて、いかにも「文学を読んでいる」という感じがする。
けれど、ゼミの発表で不思議と盛り上がったのは、むしろ喜劇のほうだった。
その中心にいたのが親友だった。
彼女は、狙って笑いを取りにいくタイプではない。
むしろ本人はいたって真面目で、発表のあと周りが笑っていても「え? なにかおもろいこと言いましたか?」と真顔で言う。
そこまでが毎回セットだった。
たぶん彼女は、作品の中の「おもしろいところ」を面白おかしく脚色していたわけじゃない。ただ、人間の変さとか、登場人物の見栄とか、すれ違いとか、「いや、何してるんだこの人たち」とツッコミたくなる部分を見つけるのがとてもうまかったのだと思う。
たとえばシェイクスピアの喜劇には、勘違い、噂、意地、恋の駆け引きのようなものがたくさん出てくる。
文学として読めばもちろん奥深いのに、少し視点を変えると急に「人間っておもしろいな」という顔を見せる。
その切り替えが、親友は抜群にうまかった。
先生がツボに入って爆笑していたこともあった。あの光景を思い出すたびに、いいゼミだったなと思う。
発表というのは、ただ真面目に聞かれるだけでなく、「わかる、それおもしろいよね」と場が動いたときに、急に生き物みたいになる。
親友はその空気をつくれる人だった。
先生から直々に「大学院に来ない?」と誘われていたし、ゼミにいた小説家の方も彼女のことを気に入っていた。
今思えば当然だと思う。
読みが深い人はたくさんいるし、発表がうまい人もいる。
でも、知性と観察眼があって、しかもそれを場の熱に変えられる人は、そんなに多くない。
わたしはそんな彼女を毎回「いいなあ」と思いながら見ていた。
あんなふうに、人の心に残る切り取り方ができたらいいのに、と。
でも最近になって思う。
わたしがあのとき羨ましかったのは、ただ「面白いことを言える才能」ではなく、人間の可笑しさをちゃんと見つけて、それを言葉に変える力だったのかもしれない。
そしてたぶん、笑いが起きる発表というのは、軽い発表ではない。
人間をよく見ている発表なのだ。
だから今でも、親友のあの真顔を思い出すたびに笑ってしまう。
「え? なにかおもろいこと言いましたか?」
いや、言ってたよ。
しかも、めちゃくちゃいいやつを。
