第32回 失敗を記録する大切さ
【プロパン産業新聞 2021年8月10日】-三方ヶ原の戦い
元亀二年、室町将軍・足利義昭が、勢いを増す織田信長の討伐令を発し、甲斐の武田信玄がそれに応じて西上作戦を開始した。
信玄は隊を3つに分けて、美濃・三河・遠江に同時に侵攻、瞬く間に徳川の支城を抜いていった。
家康は信長の援軍を待ち、浜松城に籠城する作戦を取ったが、信玄は三方ヶ原台地を横断し、浜松を素通りするかの如く進軍を続けた。
これを見過ごせば家康にとっては恥辱以外の何物でもなく、追撃を決意し、武田勢を背後から突こうと織田の援軍と共に三方ヶ原へ陣を進めた。
が、そこに待ち受けていたのは、家康の動きを読み切り、魚鱗の陣で待ち構えていた信玄本隊だった。
当時、戦国最強と名高い武田騎馬隊が、短期決戦を目的とした弾丸のような隊形で突撃を敢行、戦力でも劣る織田・徳川連合軍は武田方の50に対して2千を超える死傷者を出す大敗を喫した。
ほうほうの体で浜松城に逃げ帰った家康は、その時の自らの様子を絵師に描かせ、この敗戦を決して忘れぬように自らの記憶に刻み込んだ。
以来、家康は信玄の戦法を徹底的に学び、類まれなる野戦上手の異名を取る武将となって、最後の最後に天下を獲るに至る。
人間、誰しも失敗は忘れたい。だからこそとは言わないが、同じような失敗をついつい繰り返してしまう。
仕入価格が上がる、危機感が高まってガス以外の新規事業に着手する、そのうち仕入価格が下がって本業収益が安定してくると、いつの間にか危機感とともに消えていく新規事業の芽。
こんなことを繰り返してはいまいか。
失敗は記録しなければならない。なぜ、そうなったのか、どうして出来なかったのか、どんな体制で臨んだのか、経営者なら、自分の本気度はどうだったか、従業員にはそれがどう伝わっていたか、大事なのはその時その時の失敗を記録し、次はその逆をいこうとする気概とリーダーシップであろう。
失敗の蓄積は未来への投資となる。家康は失敗を痛烈に刻み込んだばかりでなく、負けた相手を徹底的に分析し、その勝利の手法を遂に自らの中に取り込んだ。
時代は大きな転換点を迎えている。脱炭素化の大きな波は一時のブームではなく、もはや不可逆的な流れとなっている。
これからに備え、今までの失敗を振り返り、その失敗のもとに、成功の道筋を作ってもらいたい。
失敗を忘れる人も会社も弱いが、逆は強く、そして生き残る。苦い記憶をあえて呼び起こし、その轍を踏まぬよう心掛けたい。自戒も込めて。
誰でも失敗は忘れたい。しかし、その失敗を胸に刻み込まねば、また同じような失敗をしてしまう。失敗を胸に、次なる成長に繋げたい。家康は偉いなあと、この話でいつも思い返します。
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