「高いから売れない」は本当でしょうか? ― 値下げの前に確かめたい、安くない商品の売り方
「ちょっと高いですね」で、つい値下げを考えてしまう
スタートアップやスモールビジネスを経営していると、いいムードの商談でも、終盤で、こんな風に言われることがあります。「ちょっと高いですね」「もう少し安ければ検討できます」。
この一言を聞くと、反射的に、価格を下げれば決まるのではないか、と考えたくなります。もちろん、本当に予算が合っていないこともあります。
ただ、B2Bサービス、コンサルティング、SaaS、採用支援、制作、研修のように単価が高めの商品では、実は足りていないのは値引きではなく、その価格を払っても大丈夫だと顧客が判断するための材料だった、というケースがかなりあるようです。
ここを見誤って値下げを重ねると、利益率が下がり、営業やサポートに人とお金を回せなくなり、さらに売りにくくなります。
かくいう自分なども、このプライシング周りは不得手なほうであり、偉そうなことは申せませんので、この機会に、是非ご一緒に検証してみたく思います。
日本の中小企業は、希望価格をどれくらい通せているのか
中小企業庁が2026年6月26日に公表した「価格交渉促進月間(2026年3月)フォローアップ調査」では、全国30万社に調査票を送り、69,625社から回答を得ています。
この調査によると、価格交渉が行われた割合は90.7%だったのに対し、実際にコスト増分を販売価格に反映できた価格転嫁率は54.2%止まりでした。交渉の席には座れても、上がったコストの半分ほどしか価格に乗せられていないようです。
金額が上がると、欲しい気持ちと買う決断が離れていく
数千円の商品なら、「面白そう」「試してみよう」で買えちゃいますが、これが50万円、100万円、500万円となると、そうもいきません。
本当に成果が出るのか。自社でも使えるのか。もっと良い会社があるのではないか。この担当者を信用していいのか。うまくいかなかったとき、社内にどう説明するのか。
金額が上がるほど、こうした不安が増えてしまいます。欲しいという気持ちは変わっていないのに、買うという決断だけが遠のいていきます。
人は、得より損を強く感じる(損失回避)
行動経済学に損失回避(Loss Aversion)という考え方があります。同じ大きさの利益と損失を並べたとき、人は損失のほうを強く感じやすい、という心理の傾向です。
これはダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが1979年に発表したプロスペクト理論の中心にある考え方で、カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞しています。
だから高単価商品では、「これだけ儲かります」との期待だけでは足りません。何をするのか、どこまで支援するのか、どんな会社で成果が出ているのか、うまくいかなかったときにどう対応するのか。ここまで示したほうが、顧客は決めやすくなります。
「高いですね」には、何種類もの意味が混ざっている
営業の現場で大切なのは、「高い」という言葉をそのまま価格の問題として受け取らないことです。
本当に予算がないのであれば、ターゲットか商品の組み合わせを見直す話になります。
一方で、100万円の商品が30万円くらいの価値にしか見えていないのであれば、これは価格ではなく価値の伝え方の問題です。
ほかにも、成果が信用できない。他社では成功しても自社では難しそう。競合との違いが分からない。こうした理由が全部まとめて「高い」の一言として出てきます。
価格を動かす前に、その「高い」がどんな「高い」なのかを確かめる。まずはここからです。
顧客が買っているのは、機能ではなく自社に起きる変化(知覚価値)
マーケティングに知覚価値(Perceived Value)という言葉があります。顧客がその商品やサービスにどれだけの価値を感じているか、という意味です。
開発にいくらかけたか、どれだけ難しい技術を使ったかと、顧客が感じる価値は一致しません。
たとえば「AI分析システムを3か月かけて開発しました」より、「社員3人が毎月20時間かけている集計作業を、毎朝5分で終わらせます」のほうが伝わります。
SaaSなら、AI搭載、API連携、リアルタイム分析という機能の列挙で終わらせず、それで仕事がどう変わるのかまでを説明する。コンサルティングなら、月2回面談、Slack相談、月次レポートと並べるのではなく、毎月の経営会議までに重要なKPIと次に打つ手を整理して渡します、と伝える。
顧客が買っているのは、時間の短縮、売上の増加、失敗する確率の低下、人手不足の解消、意思決定の改善なのです。
見えていない仕事を見せると、価格の理由が伝わる
高単価サービスでは、やっている仕事の大半が顧客からは見えません。
月額100万円のコンサルティングでも、顧客の目に映るのが「月2回の会議」だけなら、高く感じられて当然です。実際には、調査、競合分析、仮説づくり、経営者との議論、施策の立案、外部会社との調整、KPI分析、改善まで動いているはずです。
これら提供している工程を書き出して見せることは、努力のアピールではありません。この価格になる理由を、顧客が自分で確かめるための材料です。
コンサルティング、制作、広告運用、採用、システム開発、データ分析のように、完成品だけでは仕事量や専門性が分かりにくい商売ほど効きます。
チャルディーニの7原則は、判断材料をそろえるために使う
心理学者ロバート・チャルディーニが整理した影響力の原則は、人が迷っているときに何を手がかりにするかを考えるうえで参考になります。
1984年の著書『影響力の武器』で6つが示され、2016年の『PRE-SUASION』で7つ目が加わりました。
返報性(Reciprocity)は、先に価値を受け取ると相手に好意的に反応しやすくなる傾向です。市場レポート、無料診断、セミナーのように、買う前でも役に立つものを出すことが当てはまります。
コミットメントと一貫性(Commitment & Consistency)は、自分で口にした内容や選んだ行動とつじつまを合わせようとする傾向です。こちらから課題を指摘するより、診断やヒアリングで顧客自身に課題を言葉にしてもらうほうが、その後の提案につながります。
社会的証明(Social Proof)は、他の人の判断を参考にする傾向です。導入1,000社という数字より、社員数や業種や悩みが自社に近い1社の事例のほうが効く場面は多いのです。
権威(Authority)は、専門性や実績を手がかりにする傾向です。目的は自分がどれだけすごいかを見せることではなく、この人に任せて大丈夫そうだと感じてもらうことにあります。
残る3つは、親しみが判断に影響する好意(Liking)、手に入りにくいものを高く評価しやすい希少性(Scarcity)、同じ仲間だと感じる相手を受け入れやすい一体感(Unity)です。
7つとも、相手を動かす技術として乱用するのではなく、顧客が判断するための材料を揃えるために使ったほうがうまくいきそうです。
買わない理由は、商談が始まる前にも減らせる
高額商品の購入をためらわせる要素は、実務では8つくらいに分けると扱いやすくなります。
金額、成果への不安、他社と同じ結果が自社でも出るかという再現性、他社との比較、導入にかかる時間と手間、失敗への恐れ、社内の合意、購入するタイミング。
ここで大切なのは、商談の最後になって、営業担当者がこの8つ全部に反論しようとしないことです。
「うちの規模でも使えるのか」という不安が多いなら、同じ規模の会社の事例をWebサイトに置く。
「導入が大変そう」と言われるなら、契約から稼働までの工程を営業資料に入れる。
「社内を説得できない」と言われるなら、費用対効果をまとめた資料を、そのまま持ち帰れる形で渡す。
Webサイト、営業資料、導入事例、FAQ、ウェビナー。ここに答えを先に置いておければ、商談は売り手が懸命に説得する時間ではなく、本当に合っているかを双方で確認する時間に変わります。
知名度が低いうちは、いきなり売らない
ジェフ・ウォーカーのプロダクト・ローンチ・フォーミュラ(Product Launch Formula、PLF)は、販売の前に段階を踏んで情報を出し、顧客の理解と納得を育ててから売る進め方です。
2005年の公開以降、本人の公表では1万人以上が受講している手法です。
スタートアップがこの手法をそのまま導入する必要はありません。ただ、記事を読んでもらう、無料レポートを渡す、ウェビナーに来てもらう、無料診断を受けてもらう、事例を見せる、個別相談に進む、そこで提案する、という順番に関する考え方は間違いなく有効です。
ブランド力も導入実績もまだ弱い会社では、売る前の情報提供そのものが営業活動になります。
値下げの代わりに、小さく買える入口をつくる(価格階段)
100万円の商品を高いと言われたので80万円にする。これを繰り返すより、商品を段階に分けたほうが良い場面があります。
20万円の診断、60万円の戦略づくり、100万円の実行支援。この並べ方を価格階段(Price Ladder)と呼びます。安売りではなく、顧客が小さなリスクで取引を始められる入口をつくる方法です。
B2Bなら、簡易診断、PoC(Proof of Concept、小規模な実証)、本契約という流れも使いやすいでしょう。
最初から大型契約だけを狙うより、小さな案件で成果を作り、それを事例にして本契約や次の案件獲得につなげるほうが、小さな会社には現実的です。

売上より手前の数字を見る(セールスファネル)
売上が伸びないときは、問い合わせ、商談、提案、成約、継続のどこで顧客が離れているかを見ます。この流れをセールスファネル(Sales Funnel)と呼びます。
問い合わせが少ないなら、マーケティングの話です。
商談は多いのに提案まで進まないなら、ターゲットか商品の組み合わせを疑います。
提案しても決まらないなら、価格、説明、事例、競合との違いを見直します。
成約するのに続かないなら、営業ではなく商品そのものを疑う番です。
単価が高いビジネスほど、重要となる手法で、すでにほとんどの会社が意識していらっしゃるとは思います。
高単価商品は、売った後も営業を続けてくれる(LTV)
満足した顧客は、次の顧客を連れてきます。導入事例、口コミ、紹介、SNSでの発信が、そのまま次の営業材料になるからです。
だから、短期のCVR(Conversion Rate、成約率)だけを最大化しても、伸び方が細くなります。合わせて見るべきはLTV(Lifetime Value、顧客が取引期間全体でもたらす価値)です。
100万円で一度売って終わるより、50万円から始まって追加契約と更新と紹介につながる顧客のほうが、事業への貢献は大きくなります。
無理な説得や、事実とは異なる限定性で短期の売上を作る方法は、高単価ビジネスとなるほど、割に合いません。
小さい会社だからこそ、使える売り方がある
小さな会社には、大企業ほどの広告予算も、営業人数も、ブランド力もありません。
一方で、経営者本人が顧客と直接話せる、意思決定が速い、専門領域を絞れる、顧客ごとに深く対応できる、という強みがあります。
狭い顧客層に絞り、その人たちの困りごとを深く理解して、役に立つ情報を出し、小さく取引を始めて、成果を作って、事例にして、紹介を増やす。
ボリューム勝負のパワープレイではなく、この進め方のほうが小さな会社には向いており、逆に大企業は不得手だったりしがちです。
値下げを決める前に、この5つを確かめる
高単価商品が売れないとき、売れない=価格が高い、と指摘されると、すぐに値下げモードに入りがちです。
その前に、
誰に売っているのか。
価値が十分に伝わっているか。
何を不安に思われているか。
他社と何を比べられているか。
小さく試せる入口があるか。
この5つを確かめたほうが、たいていは早いものです。
高単価商品を売るうえで大切なのは、高いものを無理に買わせるやり方ではありません。顧客が価値とリスクを理解して、「この内容であれば、この価格は合理的だ」と自分で判断できるだけの材料をお渡しすることです。
知覚価値、損失回避、社会的証明、返報性、PLF、価格階段、セールスファネル、LTV。今回出てきた考え方は、全部そのための道具です。
私は、値下げの判断は最後の最後に回すべきだと考えています。
値段は一度下げると戻しにくいものですが、伝え方と入口は、いくらでも作り直せます。
それではまた、こちら「はっちょんブログ」でお会いしましょう!
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