クールジャパン機構の540億円損失。せめて、考えたい。教訓として、官は、どこまで産業に関わるべきなのか?
クールジャパン機構の2025年度までの累積赤字が540億円にも達したことから、経済産業省は機構を廃止する方向で調整に入っているとのニュースが話題となっています。
実は、あちらには、自分がたいへんお世話になった諸先輩や、敬愛する民間の投資専門家も少なからず参画され、設立当初は、お話を聞く機会も少なくありませんでした。
この期に及んでは多くを語るつもりはありませんが、そういった方々をもってしても、ご活躍できるミッションや組織体制には程遠そうで、
逆に言うと、日本ってまだこんなに余裕があるのか、と思えるぐらいふわっとした組織が、政治主導で大々的に立ち上がったという印象を持っておりました。
この結果を見ると、「役所に投資をさせるからこうなる」「官民ファンドはやめた方がいい」という意見が出るのは理解できます。自分も役人や御用人材の口先だけの反省で終わらせるのはもう止めるべきとは思います。
ただこの機会に、もう少しだけ冷静に総括したほうがよろしいかなとも考えるわけです。
そもそも、何のために政府が民間企業へ出資するのか。官民協力とは、国と企業が一緒にお金を出して事業をすることなのか。
これはクールジャパンだけの話ではありません。農業、インフラ、液晶、半導体、航空機など、日本では長年「官民で成長産業を育てる」という大きな予算付きの政策が繰り返されてきました。その中には大きな損失や撤退に至ったものが、控えめにいって少なくありません。
一方で、台湾の半導体、韓国のコンテンツなどを見ると、あちらの政府は日本以上に、産業政策に深く関わっていながら、一定以上の成功を収めているようにみえます。
そうなると、問題は単純な「政府が民間へ関与することの是非」ではありません。
具体的に、どこに、どのような形で関与するのか。
ここに大きな問題があるのだと思います。
クールジャパン機構は、そもそも何をしようとしていたのか
クールジャパン機構は2013年、日本のコンテンツ、食、ファッション、ライフスタイルなどの海外展開を支援するために設立されました。
日本には海外で評価される商品や文化がある。しかし海外進出は不確実性が高く、金融機関や民間投資家だけでは十分なリスクマネーが出ない。そこで政府が「呼び水」となる資金を供給し、最終的には民間主導のエコシステムを作る。
これが当初の考え方でした。
方向そのものは理解できます。
実際、日本のコンテンツの海外売上は2022年の4.7兆円から2023年には5.8兆円へ拡大し、政府は2033年までに20兆円という目標を掲げています。
経済産業省「通商白書2025・製造業とコンテンツ産業のグローバル戦略」
「日本のコンテンツを世界へ」という方向が間違っていたわけではありません。
問題は、その実現手段として、政府が自ら大きな投資会社を持つ必要があったのかという点です。
「政策支援」と「投資」を同じ器に入れる難しさ
現在のクールジャパン機構の資本金等は1,513億円。そのうち政府出資が1,406億円、民間出資が107億円です。
その投資基準は、政策的な意味だけではなく、収益性、民間資金、適切なリスク・リターン、EXITの可能性などを求めて設計されていたそうです。
当然といえば当然ですが、ここに難しさがあります。
わざわざ、政府のお金を入れるのは、民間だけではリスクを取りたがらない対象だからです。
ところが民間の出資者はもちろん、納税者にも、きちんと利益を出してEXITできることも求められる。
それほど儲かる案件なら、民間企業や投資家だけでも資金が集まるわけです。
つまり官民ファンドは、
「民間任せでは成立しないが、政府が入れば十分な投資リターンが出る案件」
を継続的に探さなければなりません。
そもそも対象となる案件の幅がかなり狭いのです。
「自分の金ならやらない案件」が集まる構造
さらに厄介なのが、案件を持ち込む側のインセンティブです。
海外には出たいが、リスクが大きく自己資金では無理。周囲からの資金調達もままならないという、自信のない、あるいは人気のない案件ほど、公的資金との相性が良くなります。
もちろん、クールジャパン機構の案件がすべてそうだったという話ではありません。しかし制度上、民間企業が自分のお金だけではやりたくない案件が集まりやすいという構造で運用し、大方の予想どおり、大きな損出を出して終了となってしまいました。
資金提供や人的協力の打診に応えてくれたパートナー企業のメリットに応える資金の使い方が目立っていた。
リスクテイクして実績を上げている民間ファンドと比較して、そもそもの事業性の精査自体、そして、プロ経営者を送り込むなどの経営の監視・バックアップ体制で大きく見劣りしていた。
懸念していた以上2点も、大きなマイナス材料になったようです。
A-FIVEでも「市場が大きい」と「投資先が多い」が混同された
似たようなわかりやすい事例には、農林漁業の6次産業化を支援したA-FIVEもありました。各省庁で、同じような失敗を繰り返しているわけです。
設立時には官民合計4,000億円、A-FIVE自身で2,000億円規模の投資が想定されましたが、実際には、そもそも想定したほどの資金ニーズすら存在せず、こちらも2026年3月31日に解散しています。
これらから得られる教訓は極めてシンプルです。
産業の市場規模が大きいことと、投資できる会社がたくさん存在することは別。
ワールドマーケットが大きいからといって、その領域の事業会社へ何百億円でも投資できるわけではありません。ゲーム市場が巨大だからといって、有望な日本のゲーム会社が無限に存在するわけではないのです。
本来は、
投資できる案件がある
→採算を見る
→必要な資金を出す
という順番です。
ところが政策では、
大きな産業目標を作る
→大きな予算を用意する
→案件を探す
という順番になりやすい。
ここに官民ファンド特有の危うさがあります。
JOINでは「撤退」の難しさも表面化した
海外インフラ事業を支援する(株)海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)では、2023年度に約799億円の当期純損失を計上し、累積損失は約955億円まで膨らみました。
後になって、カントリーリスク、投資後のモニタリング、第三者評価、最大財務負担、撤退基準などが改めて議論されています。
官民ファンドでは、撤退も難しい問題です。
民間のVCやPEなら、一定数の失敗は前提です。ところが政府案件では、撤退すると「税金を無駄にした」と批判されやすい。
そのため、撤退を決めるより追加資金を入れ、計画を修正し、もう少し継続する方向へ流れやすくなります。まさにサンクコストの塊となり、中国の国営企業を対岸の火事と笑うことができない惨状となりがちです。
それだからこそ、せめて、撤退条件は損失が出てから考えるのではなく、投資する時点で決めておかなければならないのだと思います。
では、台湾はなぜ違って見えるのか
台湾の半導体産業も、決して「民間だけで育った産業」ではありません。
台湾政府は1970年代からITRI(工業技術研究院)を通じて半導体技術を蓄積し、1980年にはUMCをスピンアウト、1987年にTSMCを設立する際には、ITRIから設備、技術、人材を移しています。
台湾も、日本以上にめちゃくちゃ強力な産業政策を行ったわけです。
ただ、日本の問題事例との違いは、政府が何にお金を使ったかにあります。
台湾政府は、特定企業の赤字を延々と補填するよりも、技術、人材、研究施設、試作環境といった産業共通の基盤を作り、それを民間へ移していきました。
現在もITRIは、スタートアップや中小企業が自社だけでは持てない研究設備や先端半導体の検証環境を提供しています。
国が会社を経営するのではなく、民間企業が競争できる能力を作る。
この差は大きいと思います。翻って日本では、金儲けにつながらない、大学や研究機関への基礎研究支援など削減すべきという意見がまかり通り、技術立国の名声も今や過去のものになりつつります。
また、自民党がそもそもの支持基盤である、地方の自営業層や中小零細企業向けのアピールを第一に考えるため、
国策として新たな産業を起こし、事業シフトを起こす政策を換骨奪胎し、ゾンビ企業や地方経済救済目的に寄せる傾向があり、結果として、なんだかわからない税金の無駄使いとなるパターンが、もはやお家芸にみえます。
韓国も「どの作品がヒットするか」を政府が決めているわけではない
エンタメで比較しやすいのは韓国です。
BTSや『イカゲーム』、『パラサイト』は、韓国政府が作ったわけではありません。ヒットを作ったのは民間企業とクリエイターです。
一方で、韓国コンテンツ振興院KOCCAは、制作、人材育成、R&D、スタートアップ、翻訳、海外マーケティング、展示会、現地拠点などを幅広く支援しています。
例えば中小芸能事務所による新人アーティストの海外展開についても、輸出用コンテンツ制作や海外プロモーション、マーケティングなどが支援対象です。
つまり、
政府が勝つアーティストを選ぶのではなく、民間企業が海外へ挑戦するコストを下げる。
当然ながら、エンタメ産業ではこの方が合理的です。
米国も産業政策をしている。ただし支援と責任を分ける
あの米国も、産業支援は少なからず、どころか大々的に行っており、とりわけ重要な半導体企業へは、CHIPS法(CHIPS and Science Act)」によって巨額の公的資金を投入しています。
ただ、CHIPS支援では企業への支払いがプロジェクトの進捗やマイルストーンなどに連動しています。
U.S. GAO(米国政府説明責任院)によると、2026年4月時点で直接支援契約約312億ドルに対し、実際の支払額は約131億ドルに止まりました。
また国家安全保障上の条件などに違反した場合、資金返還を求める仕組みもあります
CHIPS政策が最終的に成功するのかは、まだわかりませんが、アメリカ流の支援と、日本流の無条件で企業のリスクを肩代わりする施策とは異なるという発想の違いは参考になります。
海外との違いは「政府の介入量」ではなく「介入場所」
台湾も政府が強く関わっています。韓国もそうです。言及しなかったシンガポールも国家主導色が強く、上記のとおり、あの米国も巨額の補助金を出しまくっております。
したがって、
「日本は政府が介入しすぎるから失敗する」
という説明では足りません。
先進国になる程、結果が出難くなるという意見には賛同しますが、
日本の問題事例で繰り返されているのは、政策目的、資金提供、個別案件の選定、事業推進、評価と、対応領域を詰め込み過ぎていることではないでしょうか。
政策目標から先に大きな予算を作り、案件を探す。
民間企業にも少額を出してもらい「官民案件」にする。
政策的な意味と投資収益を同じ基準の中で評価する。
一度始めた案件から撤退しにくい。
そして事業を推進した組織自身が、その成果も評価する。
組織だけは、破綻することなく無責任に運営されていく。
公的資金が入ることで、通常の市場規律が弱くなってしまっています。
エンタメで国がやるべきことは、もっと別にある
では、これから先、日本のコンテンツ産業に国は関わらない方がいいのでしょうか。
私は逆だと思います。
これまでは、ほぼ民間の自助努力だけで成長してきましたが、今後は、半ば国策として、日本のソフトパワーに便乗、あわよくば取って代わろうとしている海外勢、絶大な影響力を誇示するメガプラットフォーマーと対峙しなくてはならないためです。
日本のコンテンツ産業は海外売上5兆円を超え、今後さらに重要な輸出産業となる可能性があり、政府がやるべきことは少なからず存在します。
一社では採算が合わないけれど、産業全体には利益がある。そうしたところこそ、公的資金との相性がいい。
また、例えば100億円あるとして、5社を政府が選んで20億円ずつ投資するのか、それとも1,000社が海外へ挑戦するコストを1,000万円ずつ下げるのか。
もちろん案件によりますが、何がヒットするか分からないエンタメでは、後者の方が向いている領域がかなり多いように思います。
「勝者を選ぶ」より、「挑戦者を増やす」
エンタメは、とりわけ国が勝者を選ぶのが難しい産業です。
どの漫画が世界で売れるか。どのゲームが突然ヒットするか。どのキャラクターやアーティストが海外で支持されるか。
専業の民間企業ですら予測できません。
だから国の役割は、勝者を選ぶことより、挑戦する企業やクリエイターを増やすことではないでしょうか。
政府は、海外へ出るための共通インフラを整える。人材を育てる。研究開発を支える。知財を守る。民間だけでは負えない限定されたリスクを引き受ける。
そして、何を作るか、誰に投資するか、どの商品を世界へ出すかは民間が決める。
成功すれば当然、民間が利益を得る。その代わり、失敗したときには民間がきちんと損失を負う。
この緊張関係がなければ、官民連携は簡単に「誰のお金か分からない事業」になってしまいます。
官民協力とは、一緒に会社を経営することではない
官民協力という言葉には、行政と企業が同じ方向を向き、一緒に事業を進めるイメージがあります。
ただ、本当に必要なのは、何でも共同でやることではありません。
むしろ、官と民がそれぞれ自分にしかできない仕事を、責任をもって分業することだと思います。
官は、市場の環境を作る。共通基盤を作る。ルールを整える。海外との交渉支援をする。民間だけでは取れないリスクを限定的に負う。そして公的資金を使う以上、厳しく監視する。
民間は商品を作り、投資先を選び、顧客を探し、価格を決め、競争する。成功すれば利益を得て、失敗すれば損失を負う。
台湾や韓国から学ぶべきことは、「低利な貸付金や補助金を増やすこと」ではありません。
介入する場所を間違えないことです。
クールジャパン機構を「540億円損した」で終わらせない
クールジャパン機構には成功した案件もあり、個々の投資にはそれぞれの事情があります。540億円という数字だけで、すべての案件を無駄だったと断じるのも適切ではありません。
ただ、これだけ大きな累積損失が生じた以上、個別案件の良し悪しはともかく、機構そのものの評価は、責任をもって検証すべきでしょう。明らかにミスリードした責任者がいれば、その実名も挙げた総括を残すべきです。
*せめて、一旦立ち止まって、冷静になりましょうよ…😅
政府が直接エクイティを持つ必要があったのか。
補助金や融資、保証、海外展開支援では駄目だったのか。
民間ファンドへ資金を出し、投資判断そのものは民間へ任せる方法はなかったのか。
それ以前に、「クールジャパン」と言い切った領域は、本当に、横並びでクールだったのか。誰が決めたのか。
舵取りを任せた人選に誤りはなかったのか。
そして何より、政策として支援すべきことと、投資として儲けることを同じビークルでやる必要があったのか。
日本のエンタメ産業への世界的な関心は、クールジャパン機構とは無関係な要因により、機構が作られた2013年当時より、圧倒的に大きくなっています。
いまや、我が国に残された、数少ない成長期待領域であります。
だから「国はもうコンテンツ産業に関わるな」ではなく、今こそ、関わり方を変えるべき時期なのです。
国が作るべきなのは「世界で勝つ会社」そのものではない。
世界へ挑戦する企業やクリエイターが増え、その中から勝つ会社が次々に生まれてくる環境。
そのために官は何を担い、何を民間に任せるのか。
クールジャパン機構の540億円という損出から反省すべきなのは、最低限、そこあたりなのかなと思います。
それでは、またこちら、はっちょんブログでお会いしましょう!
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