京都にある天下人までの500段。なんだか生き方を試された気がした。豊国廟と大仏餅
今年のNHK大河ドラマは「豊臣兄弟!」
豊臣秀吉と、戦国最強の補佐役と言われた弟の秀長が主役。
社会の先行きが見えない今の世に、兄弟の熱い絆を軸とした、眩いばかりのサクセスストーリーです。

実は「独眼竜政宗」以来の大河ドラマファン。私にとっての名作は「龍馬伝」
大阪城のすぐそばで育った私にとって、豊臣秀吉公は「近所のおっちゃん」みたいな存在。子どもの頃から親しみを込めて「太閤さん」とお呼びしてきました。
コネもカネもない私には、下剋上の世を勝ち抜いた秀吉公の姿に、どこか共感と憧れを感じながら、生きてきました。

と、言いながら、そんな秀吉公が京都に残した足跡を、訪ねたことがありませんでした。
ストレスからか脂肪ばかりがたまる今日この頃。
七条界隈を訪れてふと思い立ち、以前から気になっていた秀吉公の墓所「豊国廟(ほうこくびょう)」まで、足を延ばしてみる事にしました。
京都を作り直した豊臣秀吉が眠る阿弥陀ケ峯
1585(天正 13) 年、関白となった秀吉公は、応仁の乱で荒廃した京都の復興に着手します。
聚楽第を築いたほか、まちの区画を見直し、寺院の集約、さらには洛中洛外を仕切る本格的な土塁「御土居」を築造するなど、正に京都を一から作り直すような「大改造」でした。

その後、1598(慶長3)年に伏見城で逝去すると、翌年には朝廷から「正一位豊国大明神」の神階神号を受け、秀吉公の亡骸は京都・東山の阿弥陀ケ峯に埋葬されます。
秀吉公を祀る豊国神社を参拝
まず訪れたのは、秀吉公の墓所・阿弥陀ケ峯の麓にある豊国神社。
ここは、秀吉公をご祭神とする全国の豊国神社の総本社です。

境内に入るとまず目に飛び込んでくるのが、伏見城の遺構と伝わる国宝「唐門」。

西本願寺のものより装飾は控えめだが、雅やかさを感じる
西本願寺、大徳寺と並び「京の三唐門」と言われるもの。
徳川幕府によって廃祀されて後、明治に入って豊国神社が再興された時に南禅寺塔頭・金地院から移築されたものだそうです。
こうした類稀なる遺構は、時代を超えて受け継がれていくもんなんですね。

何かすごくご利益がありそう(笑)
阿弥陀ヶ峰の山頂にある豊国廟を目指す
参拝を終えると、豊臣家滅亡のきっかけとなった「方広寺(ほうこうじ)の鐘」の脇を抜け東大路通へ。

どっしりと大きくて迫力がある
智積院の横から京都女子大学を抜ける女坂に入ると急に坂の傾斜がきつくなってきます。
さらに進むと阿弥陀ヶ峰の山麓で、元々「豊国社」の社殿があった「太閤坦(たいこうだいら)」に到着。今は小さな社務所があるのみの広場です。

その奥には神聖な雰囲気が漂う
ここで登拝券(200円)を納めます。
受付の方が簡単な地図を手にここから先の案内をしてくださいました。
「初めてですか?」と聞かれたので「はい」と答えると、係の方がちょっとニヤリとしたような…
そして「ここから階段を往復30分ぐらいかかりますが、いいですか?」と。まるで試された気がして少し怯えながらも、元気よく「わかりました!」と答えていざ出発!
ふふふ、階段なことは知っているのだよ。
見くびってもらっちゃ困る。
やや衰えを感じながらも、これでも働き盛りのお年頃。
まだまだ若いもんには負けられへんと、駅や職場では階段を使うって決めているのだ。
ん?

マジか。この階段、「あの世」まで続いとるんちゃうか!
長い、長い、長い…計489段とな
ゼエゼエ言いながら1段ずつ登っていきます。
しかも、謎に2段ごとに段の幅が違うから、ペースを乱されて、めちゃくちゃ登りにくい!

秀吉公の没年に合わせて62段ごとに踊り場があるという。
もうそんなウンチクはどうでもよくなってくる。

やっと中門まで辿り着きました。
ここはなんだか空気の密度が違うような。
とても静謐で神聖な雰囲気に包まれています。

先に階段が見える…
そういえば…
社務所で言われたことを思い出す。
「中門から先は階段が急になりますしね。スキーのジャンプ台みたいに」と。
恐る恐る門を抜けると…

一旦、水を飲んで気持ちを沈めます。
いやいや、急すぎるやろ!
ハシゴか
もうこうなったら、覚悟を決めるしかない。
チンタラ歩くと余計に疲れる…
ならば、一目散にダッッシュや!!
苦手なもん食べる時に息とめて一気に食べるやつ
かつて飲めないビールを一気流し込んだやつ
辛いことは勢いで乗り切るんや!!
1・2・3で神社の石段を駆け上がる。
スタスタスタスタ
青春ドラマでありがちなシーン。
大人の階段登る♪
君はまだシンデレラさ♪

だかしかし、そんな甘酸っぱい爽やかさは幻想だった。
もう半分か?徐々に空が近づいてくる。
と思った瞬間
ゲッホゲホッ…オエッ
誰もいない静かな森で
ムセる、エズく、のたうち回る。
やはり、もう勢いだけでは、乗り越えられぬのか…無念
シンデレラどころか、死んでるやないか
息も絶え絶えにようやく辿り着いた阿弥陀ケ峯の頂。
そこには、高さ10メートルにも及ぶ威風堂々たる五輪塔が聳えていました。

まさに天下人の威厳そのもの。荒れた息を整え、そっと手を合わせる。
醍醐の花見など、派手好きなイメージがある秀吉公ですが、そのお墓は深い森の木々に抱かれ、ひっそりと佇んでいました。

明治になって、豊臣家に仕えた名家の子孫を中心に全国からの寄付で建立したというこの巨塔。
これほどの巨石を、どうやってこの険しい山道から運び上げたんだろう。
先人の知恵と情熱を思いながら塔の裏手に回ると、絶景が待っていました。

清水寺には多くの観光客の姿が見えます。

ここまで辿り着いたものだけが見られる景色です。
今もこの場所に埋葬されている秀吉公は、亡くなった後もこうして京都のまちを見守ってくれているのだろうか。
初夏の風を胸いっぱいに吸い込むと、登り坂の苦しさは消え、魂が洗われていくような心地よさに包まれました。

子どもの頃から親しみを感じていた「太閤さん」に、ようやくご挨拶ができた。そんな気がして、苦しい思いをしてでも訪れて良かったと思えた瞬間でした。
名物「大仏餅」の美味しさに癒される
急な階段を今度は慎重に下り、再び豊国神社の門前に。
1865(慶応元)年創業、京菓子の老舗「甘春堂(東店)」さんでは、名物の「大仏餅」がいただけます。

かつてここに秀吉公が建立(1586年)した方広寺の大仏は、奈良東大寺を凌ぐ大きさだったと言います。今も残っていたら、京都の景色も大きく違っていたでしょうね。
その門前で当時人気だったお菓子を復刻した「大仏餅」。

当時と同じ製法で、職人さんが臼と杵でついたお餅は、モッチモチで柔らかく、中には上品な甘さの餡が入っています。めちゃくちゃ美味しい!

江戸時代に刊行された京都本「都名所図会」にも紹介され、滝沢馬琴も褒め称えたと伝わる伝統の味は、登山で疲れた体をすっかり癒してくれました。
「白いから0カロリー」ですよね!!

京都で秀吉公の足跡を辿る散歩道。
約500段を登りながら、苦難を乗り越え天下人にまでなった秀吉公の人生に思いを馳せた時間でした。
都会の喧騒を忘れ、豊かな自然と静寂に抱かれる時間。
ぜひ一度、訪れてみてください。
