本当の幸せは土偶が教えてくれる|京都文化博物館「世界遺産縄文」展
約三千年前を遠いと見るか近いと見るか。
一万年も続いた縄文文化は、私のDNAレベルで受け継がれているように思う。いや、そうあって欲しい。
京都文化博物館で開催の「世界遺産縄文」展は、縄文時代の暮らしから、人間本来の豊かさや生きる力について考えるきっかけになりました。

でも何だか、日本っぽくない
本展覧会では、2021年に世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」をはじめとする遺跡から出土した土偶や装飾品など約250点が展示されています。
その中から私が特に気になった展示物を中心にご紹介します。
すごいぞ、三内丸山遺跡(青森市)
「安心してください、はいてますよ!」
展示室に入ってすぐに出会ったのが、青森県の山内丸山遺跡から出土した「大型板状土偶」(重要文化財)。いきなりの“大物”登場です。

十時の板に粘土や線で身体が表現されていて、口から脚にかけては孔が貫通しています。
大雑把に見えて結構細かい造形
顔はほぼ宇宙人
おヘソの下あたりがパンツに見えたりして(笑)
胸の特徴などから、女性をかたどったものとされていますが、何を表現しているのでしょう。
まぁ、あんまり楽しそうではないけれど…
かの有名なムンクの「叫び」にも例えられるこの土偶。
今のような医療の無かった当時、体の不調はさぞ辛かったでしょう。
悩みや苦しみ、不安の身代わりだったのかな?なんて思ってみたりします。

大型の集会建物や倉庫、道路など、「縄文」の概念がひっくりかえる。
紀元前1万5000年ころから約1万年以上続いた縄文時代は、土器の特徴の移り変わりなどから草創期、早期、前期、中期、後期、晩期の6つに分けられています。
そのうち青森県の三内丸山遺跡は、前期中頃から中期に栄えた縄文の集落遺跡です。
積雪と寒さなど住むには厳しいイメージの青森ですが、当時は栗をはじめクルミや豆類などいろいろな作物が栽培されていたことが分かっていて、1700年も続く集落が、この地に営まれたのは驚きです。

ヒノキ科の樹皮を紐状にして編んだもの
クルミの実などが入っていた
当時の人々は、結構おしゃれだったのかな
こちらは、同じく、三内丸山遺跡から出土した円筒土器。
粘土紐で造形した後に、縄文を押し付けて装飾。細かい手仕事とデザイン性に、豊かな文化性を感じさせます。

縄文時代の道具
今回の展覧会では、縄文時代の人々が生活に使用した道具類も展示されています。
釣針
こちらは北海道の貝塚から出土した釣針。
鹿の角を削って作ったもので、形は今のものと似ています。
ちゃんと獲物が逃げないよう“かえし”もついています。
こんなに細く削り出すのはすごく大変そうですが、これで本当に魚が釣れるんかな…引っかけるってイメージに近いのかもしれません。

(右)同貝塚出土の結合式釣針[複製]

装飾品
縄文人はファッションにもこだわります。
今も昔も宝石は人の心をガチッと掴みます。

古代の装身具で、私が好きなもののひとつがヒスイです。
艶やかな表面と深い青緑色。私もかつて発掘調査で何度か手にしましたが、その存在感は別格です。

でも、ヒスイってものすごく硬い石なので、鉄がなかった時代にどうやってこんなに綺麗に穴を開けたのか謎です。
宝石を身に付けたい!って執念の成せる技でしょうか。

やつらは絶対宇宙人だ!土偶
今回の展覧会で目玉となるのが土偶たち。
土偶とは、縄文時代を通じて制作され、弥生時代の到来とともに姿を消す謎多き素焼きの土人形。
東日本で多く見つかっていて、そのほとんどは女性を形どったものです。
土偶は割られた状態で発見されることが多く、呪術に使ったものなど諸説あり、まだ不明な点が多い遺物です。
神々しき「縄文の女神」さま
全国で2万点ほど出土している土偶の中でも、
最高峰とされる逸品がこちら
その名も「縄文の女神」です。

正面から
立像土偶では国内最大で、すらっとした造形の美しさは、考古遺物というよりアートです。
とりわけ横から見ると羨ましいほどにスリムで、芸術的な曲線は、思わずナデナデしたくなります。
凛とした立ち姿に、私もうっとり見惚れてしまいました。

さらに腰周りは、艶めかしさを感じさせるほど。
まさに「女神」と言われるに相応しく、
少し近寄りがたい神聖さを纏っています。
何か宗教的に特別な存在として扱われたのではないか、と思えてなりません。
しかし、数千年後の今もなお「美しい」と感じる逸品。
これを作った人の感性に驚くばかり。縄文の「人間国宝さん」。

個性的な土偶たちをご紹介!
祈る目線の先には?
国宝にも指定されている合掌土偶。
地面に座り込んで何かを拝んでいます。
見上げた目線の先にあるのは、太陽でしょうか。
縄文時代から今まで、祈りの仕草って変わらないんですね。
ってまさか、悪さをして謝ってるんじゃないよね…
ただ、この座り方は絶対、腰に悪い。

竪穴式住居の中から出土
ジェンダーフリーの先駆け?
こちらも国宝に指定されている中空土偶
中は空洞になっています。
この土偶、なんだか変じゃないですか?

胴部には赤く塗られた痕跡も
どこか筋肉感のある引き締まった体つき
あご髭やお腹周りの毛も表現されていて、男性を思わせます。
でも、胸の表現やお腹には縦に「妊娠線」と見られる表現も

男性?女性?
肝っ玉母ちゃん?
いや、それは女性
縄文の創造力はジェンダーを超越するのでしょうか
宇宙人の襲来?遮光器土偶
土偶と言えば、これ!ってぐらい有名な遮光器土偶

明治時代に田んぼの中から出現
つがる市 亀ヶ岡遺跡の重文・遮光器土偶[複製]
強調された目の表現が、イヌイットのスノーゴーグル(雪の照り返しから目を守るもの)に似ていることから、この名前が付きました。
どうやったら、人間の顔をこんな風にデフォルメできるのでしょうか…
もしやこれは宇宙人の襲来か!と思わせるレベルです。

足がみつかってないだけ
素敵な髪型。指先はもはやロボット
北秋田市 藤株遺跡の遮光器土偶
なんかタイの伝統舞踊にも見えてきた

(Photo by Jcomp)

宮城県大崎市 恵比須田遺跡の重文・遮光器土偶[複製]
いやはや、スティッチやん

青森県三戸市 八日町遺跡の遮光器土偶

頭の上から覗くと空洞になっているのがよく見える
盛岡市の手代森遺跡出土の遮光器土偶は、首を少し傾けているのが特徴
「なんか変?」
いえ、なんかトボけた顔が可愛いです。

盛岡市 手代森遺跡の重文・遮光器土偶
土偶それぞれに表情は違うし、体の紋様も千差万別です。
でも、青森、宮城、秋田など離れた土地で、同じ遮光器の表現が見られるのは面白いなって思います。
誰か一人の発想ではなく、この造形が土偶のカタチとして、集落を超えて共有されていたのでしょう。縄文時代の人々が、道なき道を歩いて、広い範囲で行き来していたことが分かります。
なんか土偶を見すぎて夢に出てきそう…

って、なんでみんな目を閉じてるの?
(正面から)
縄文は未来だと思う
厳しい環境の中で、1万年近く独自の文化を育んだ縄文人の暮らしには、急激な気候変動など、いろいろな危機に直面する今を生き抜くヒントが、隠されているように感じました。

粘土紐で描かれた紋様が神秘的
そして今回の展覧会では、縄文時代の人々の創造性と文化の豊かさに驚きました。岡本太郎をはじめとする多くの芸術家が、縄文の美に魅せられてきたことも納得です。

顔は水鳥で胴体はトド?
千歳市美々4遺跡出土の重要文化財
縄文時代の中期には地球が温暖化し、今より平均気温が2度ほど高く、海水面は2.5mも上昇しました。
当時、私の地元・大阪市は、大阪城がある上町台地以外、すっぽり海の底だったと考えられています。つまり、過去を見ることで、今より2℃高い未来はある程度、予見可能なのです。温暖化がちょっと怖くなってきます。

(水都大阪コンソーシアムHPから)
そんな状況にあっても、植物を栽培し、自然に感謝し、精巧な土偶を作り、芸術性の高い土器で暮らしを続けている。
そして土偶などからは、男女や身分の差はなく、共同体としてお互いを敬って暮らしていた様子が浮かび上がってきます。

内面には、煮炊きをした痕跡(炭化物)が残る
こんな手の込んだ土器を実際に使う文化的な豊かさ
私たちは今、熊などの野生動物や、地球上の自然とうまく付き合えなくなっています。猛暑を超える暑さで農作物も育ちにくくなるなど、人間はこの星で生き続けられるのかとすら感じます。

動物を形どったものも多い
獲物以上の愛着のようなものを感じる
そして、格差や貧困、孤立や孤独といった生きにくい社会になり、進歩と引き換えに失ったものも多い。
縄文時代は1万年
弥生時代の始まりから現代まで約3000年
私たちはあまりに進化を急ぎすぎたのかもしれません。

土器の両面全面に黒色の漆を塗って、その上に赤色の漆で紋様を描いている
とても美しい逸品
縄文の人々の“生きる”を支えたものは何か。
そこを考えることで、この先私たちが何を大切に生きていけば良いのかが、見えてくるように思えます。

私は長年の野帳ユーザーなので、これは使う
大学で考古学を専攻したけれど、
あまり触れることのなかった縄文時代
人と人が奪い合わない
自然から過度に奪わない
その祈りや生き方は、
私のDNAレベルで受け継がれている。
そう強く感じた展覧会でした。
ぜひ、縄文ワールドを自由な感性でお楽しみください。

世界遺産縄文
(会場)京都文化博物館
(会期)2025年10月4日−11月30日
(時間)10:00−18:00(金曜日は19:30まで)
*入場は閉室30分前まで
(休館)月曜日
*開館日あり要確認
