映画 『アフター・ヤン』
2021年アメリカ映画、2022年日本公開
昨年末にみたまま、感想を書けなかった作品。
以前映画好きの方の記事を読んで、機会があればぜひ見たいと思っていたが、日本公開が3年前の映画なのでスクリーンで見る機会はないだろうと思っていた。
ところが、2025年の年末に期間限定で公開されているのを偶然見つけた。迷う理由もなく、さっそくクリスマスできらめく街に一人映画を見に行った。
人型ロボットと人間が一緒に暮らす近未来の物語
この物語は人型ロボットが一般家庭にも入り込んで普通に暮らす近未来を描いている。
茶葉店を営むジェイクと妻カイラと幼い中国系の養女ミカの3人家族とともに暮らす、”テクノ” と呼ばれる人型ロボットのヤン。ヤンはミカの面倒をみ、ミカはヤンを「哥哥(Gē ge)」と呼んで兄のように慕っていた。そんなヤンが、ある日突然故障して動かなくなってしまう。ヤンを突然失ったミカはふさぎ込み、ジェイクはヤンを修理しようと奔走する。
人型ロボットだけでなく、ジェイクの友人の家ではクローン人間も家族として暮らしていた。緑の多いのどかな雰囲気の場面がよく出てくるし、人々の服装や家のインテリアやデザインもゆったりとしたナチュラルな感じだった。近未来という言葉から私が連想する無機質で人工的な感じとはかなり違っていて、不思議な雰囲気の映画だと感じた。
他人の頭の中の記憶を覗く
何とかヤンを修理しようと奔走するジェイク。でも、どこに行っても修理は難しいと言われてしまう。
そして、あちこち回る中で、ヤンの頭の中に埋め込まれたメモリーバンクを見られると専門家から告げられる。一日に数秒だけ記録されたヤンの目から見た景色の動画。なぜその場面を選んで記録したのかは、何もわからないという。撮影される時間帯も決まっていない。
見てもいいし、見なくてもいい。
見ますか、見ませんか。
ジェイクは見ることを選択した。
ジェイクは自宅に帰り、メガネ型スクリーンでヤンのメモリーバンクに収められた記憶を見始める。ヤンの記憶の断片だ。風景、物、人、その時々映っているものは違う。ヤンの目線で撮影したいくつもの様々な短い動画が、解説や意味づけもないまま次々に再生される。
メモリーバンクを見るというのは、誰かの頭の中の一部をのぞくこと。許可なくプライベートな部分に踏み込むことだ。誰かのスマホの写真を見ることに少しだけ似ている気がした。好きなもの、心を動かされた景色、食べたもの、乗るつもりだった電車の時刻表、忘れてはいけない行事、うれしかったお知らせ・・・いろいろなことが切り取って収められているはずのスマホのアルバム。本人が見てネガティブな気持ちになるものは少ないだろうから、頭の記憶を直接すべて覗き見ることとは違う。
ヤンの短い動画と誰かのスマホのアルバムは人の記憶のほんの一部を切り取ったものであるというところがとても似ている。
ジェイクは、ヤンを新古品として買った。でも、実はヤンは中古品で、ジェイクの家に来る前に別の家で働いていたことが判明する。そしてジェイクはヤンがジェイクに家に来る前の昔の記憶の動画も見ることにする。ジェイクが知らなかった、ヤンの人生の一部が映し出されていく。
人には想像力がある
次々に再生されるヤンが撮影した数秒の短い動画を見続けながら、ジェイクはいつのまにか涙を流していた。私も、いつの間にかジェイクと同じ目線でその動画を見ていて、なぜか胸が締め付けられる気分になった。
ヤン、なぜこの場面を撮影したの?感情がないはずのロボットのあなたは、この場面に何を感じていたの?きれいだった?いとおしいと思った?面白いと感じたの?本当に感情がなかったの?
次々に映し出される動画に心が乱れた。
人には想像力があるから、その動画に何らかの意味を見出そうとする。何の意味もないなんてことが、あるはずがない、と考える。そして、ストーリを作り出す。
もしかしたら、ただの短い動画の連続以上の意味はないかもしれないのに。
ジェイクは時間を隔てて撮影された動画に収められていたある女性の存在を知り、そこにストーリを見出し、その女性とヤンとの関係を解き明かす。ヤンに感情がなかったと言われても少なくとも私は、おそらくジェイクと同じように、ヤンに何らかの想いがあったというストーリーにたどり着いた。本当はどうかわからないのに、人間とは勝手なものだ。「こんな風に動画をとっていたのだから、きっと・・・」とストーリーを作り上げる勝手な自分を、とても人間臭いと感じた。
ヤンのメモリーバンクを、これからのテクノの性能向上、人類の発展のために公開したいと専門家に言われるジェイクとカイラ。大事な家族だったヤンの記憶を本人の承諾もなく公にさらすことに躊躇していたはずの二人は、結局自分たちの気持ちより人類の発展を尊重する結論を選ぶ。
ジェイクもカイラも私も、人間だった。人間臭い。
この勝手で傲慢な生き物は、いつまで生き延びて、どこまで発展できるつもりなのだろう。
テクノにも、クローン人間にも、他の動物にも、植物にも呆れられる可哀そうな存在が、人間なのかな。
静かで、いい映画だった。
オリジナルテーマ曲を手掛けたのは坂本龍一。
