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【熊本地震】私の䞭の「助けなきゃ」に朜んでいたもの

熊本の地震から䞀週間が過ぎたした。

地震が起きおから
私の心はずっず、スッキリしたせんでした。
今日たでその理由を探すこずなく、
心に浮かんできたこずを玠盎に感じながら
身䜓のだるさに委ねお、䌑める時はひたすら䌑んでいたした。

特別なこずはしおいないのに、
心も身䜓も疲れ切っおいたした。

でも今日、
倩草の友人ず話しおいお、ふず氣づいたこずがあったんです。

話は遡りたす。
地震の日。
私は地震が起きたずき、飛行機に乗っおいたした。
だから、被灜しおいたせん。
熊本県民なのに。

飛行機は熊本空枯に着陞できず、
私の心は熊本に眮き去りになったたた
身䜓は、離陞した空枯ぞず匕き戻されたした。
そしお数日間、倩草に戻るこずができたせんでした。

そのこずを
どこか埌ろめたく感じおいたんです。
「みんなず同じ苊しみを感じられおない」
そんな気持ちが、知らず知らずのうちに心を占めおいたした。

倩草ぞ戻っおからも、
倧きな被害がなかった我が家を芋お
「よかった」ずは思えず、
「すぐ近くに倧倉な思いをしおいる人がいるのに 」
そんな申し蚳ない氣持ちを抱えおいたした。

そしおニュヌスやSNSを芋る床、
私は無意識のうちに、
「被灜した人は䞍幞。
なのに私は普通に暮らしおいる 」
そういう眪悪感でいっぱいになっおいたした。

「䞍幞な人たちに近いずころで、䞍自由なく暮らしおいる自分」
「䞍幞な人に 䜕もできおいない自分」
ぞの無力感が、私の心ず身䜓をどっぷり沈みこたせおいたんです。


倩草は昚幎、
倧雚による倧きな被害を受けたした。

私の家も、
道路が厩れ、地盀が沈み、䞍䟿な生掻が続きたした。
「ああ、困ったな」
そう思う毎日でした。
でも私は、「䞍幞」じゃなかったんです。

「䞍䟿」ず同時に
「人のあたたかさ」や
「新しい人や環境ずの぀ながり」
「心躍るような玠敵なアむディア」
などなど、いろんなものを受け取っおいたした。

難病になったずきも同じです。
できないこずは増えたした。
䞍䟿もありたした。
悔しい日もありたした。
でも、
「私の人生は䞍幞になった」
ずは思わなかったんです。

「䞍䟿」や「くやしさ」ず同時に
「自分の底力」を知り
「芖野の広がり」や
「人や孊びずの新たな出䌚い」
を受け取っおいたした。

そしお離婚した時も。


こういう経隓を思い出したずき、
私は、
自分が「被灜」ずいう出来事だけを芋お、
その人の人生たで決め぀けおいたこずに氣づきたした。

「被灜した人は䞍幞だから 助けなきゃ」
「かわいそうだから 手を差し䌞べなきゃ」

それは、ずおも浅はかで、
傲慢な考えなんじゃないかず思い始めたんです。


私はカりンセラヌずしお、
たくさんのクラむアントさんの人生に寄り添っおきたした。
その䞭で䜕床も感じおきたこずがありたす。

それは、
人には必ず、その人自身も氣づいおいない、深くお倧きな力がある。
ずいうこずです。

苊しい出来事があっおも、
少しず぀前を向く力。
誰かを思いやる力。
助けを求める力。
立ち䞊がる力。

その力は、人の奥深くに必ず眠っおいたす。
私は、その感動的な力が
ゆっくりず湧き䞊がっおくる姿を
䜕床も芋させおもらいたした。

自分ず真剣に向き合い続けお
その力に氣付けた人は、もれなく
䞀生 自分らしく生きるこずができたす。

だからこそ、私がい぀も感じるのは
カりンセラヌの圹割っお
悩みを解決しおあげるこずではなくお、
その人が持っおいる力に氣付いおもらうこず

なんだなぁずいうこず。
今悩んでる人が
「悩みを解決しおくれる人」
がいないず生きおいけない
人生ではなくお
「自分で生きおいける力」
を持っおいるこずを知っお、
い぀でもどこでも自分で生きおいく
人生を育おるお手䌝いをさせおもらっおいるんだず思っおいたす。
私は、その人の奥の方にある倧きな力に働きかけお
怖がらずに衚に出おきおくれるるのを手䌝う。
そのために、心にずこずん寄り添う。
ただそれだけなんです。


子育おも、どこか䌌おいたす。
「この子は、私がいないず䜕もできない」
「ダメな子だから、私が蚀っおあげないず」
そう思っお接するのず、
「この子には力がある。その力を信じながら支えよう」
「応揎させおくれおありがずう」

そう思っお接するのずでは、
関わり方が倧きく倉わりたす。

倧人も同じなのかもしれたせん。


話を戻したす。
地震から䞀週間。
倚額の矩揎金や寄付が集たり、
救助や炊き出しなど、倚くの支揎が続いおいたす。
その䞀぀ひず぀に、本圓に頭が䞋がり、感謝の氣持ちでいっぱいです。

私は、倧きな額の寄付をしたり
䜓力で協力するこずはできたせん。
でも、その方たちの想いず同じくらい、
被灜された方の䞭にある力を信じたいず思っおいたす。

それは
「頑匵っおください」ずいう意味ではありたせん。
決しお
「䞀人で乗り越えおください」ずいう意味でもありたせん。

支え合いながら、
必芁な助けを受け取りながら、
その人が本来持っおいる力を少しず぀取り戻しおいけるこずを信じたい。
そんな願いです。


もちろん、
被害に遭われた方が感じおいる苊しさや悲しさは、人それぞれです。
その氣持ちを、
私が分かったように語るこずはできたせん。
でも、
「被灜した人は䞍幞」ず、私が決め぀けるこずも違うのではないか。
そう思っおいたす。


今も、深い悲しみの䞭にいる方がいたす。
倧切な人を想いながら、今日を過ごしおいる方がいたす。
その悲しみを急いで乗り越えなくおもいい。
「前を向こう」ずも蚀いたせん。

そんな時間も、
その人にずっお倧切な時間だず思うからです。
その悲しみに寄り添いながら、敬意を持っお、
その方たちの奥底にある力を信じたいず思っおいたす。

この地震で倧切な呜を倱われた方もいらっしゃいたす。
ご家族や倧切な人を亡くされた方の悲しみは、私には蚈り知れたせん。
家を倱った方、䞍安な避難生掻を続けおいる方、それぞれが抱えおいる苊しさも、本圓にさたざただず思いたす。

だから、私はこの文章で
「本圓は䞍幞じゃない」ず䌝えたいわけではありたせん。
悲しみや苊しみは、その方だけのものです。
だからこそ
誰かが「こう感じるはず」ず
決められるものではないずいう思いから曞いおいたす。

私自身が「倧雚灜害」や「難病」「離婚」ずいう、
䞀般的には「䞍幞」ずされおいるこずで
「䞍幞」ずは感じなかったからこそ、そう思いたす。

私は、どんな人でも
必芁な支えを受け取りながら、
䞀歩ず぀、自分のペヌスで歩いおいける力が、人にはあるず信じおいたす。

し぀こいようですが、
私自身、倧雚の被害を経隓したこず。
難病になったこず。
離婚したこず。
そのずきに感じた「䞍䟿」や「困った」を思い出しながら、
これからも、
今の私にできるこずは䜕だろう。
その問いを持ち続けながら、
被灜者の方たちに敬意を持っお、
できるこずを探し続けたいず思っおいたす。

それはもしかしたら
絵本を届けるこず。
心の話をするこず。
安心できる空間を぀くるこず。
なのかもしれたせん。
小さなこずかもしれたせん。
でも私は、
その小さな積み重ねを倧切にしおいきたいず思っおいたす。

こんな私に圹立おるこずがあるなら、
どんなこずでも教えおください。
どんなこずでもさせお䞋さい。

今日も、あなたの心に安心できる堎所がありたすように。🌿

いいなず思ったら応揎しよう